思い出せないと彼女は云った2
公園を出てまずはケープ大通りまで向かうと言い、スティーブは少しだけ遠回りをする。公園の出入り口からまっすぐ行けば大通りへ出られるというのに、一度だけ右に曲がり、そして左へ曲がった。しかも妙に人の通りが少なかったので、フォルカーは最初、目の前の男は人混みが嫌いなのだろう程度に考えていたのだ。
しかし、そうではなかった。
確かにあまり人混みが好きそうな感じはしない。人混みというよりも人と接するのが得意ではないのかもしれないが――彼の態度が職業上のもので、本当の休みなら全く違う顔になるというのなら大したものだと感心もするが、そうではないだろう。
右に曲がり、さらに細い通りを右に曲がった。かなり裏通りに近く、地元の人間ならあまり通らないような場所だ。昼間ならそこに潜む裏の業界で暗躍するような人間もそうそう顔を出すことはないだろうが、それでも居心地が良いものではない。
「何故こんなところへ?」
耐えられなくなり、フォルカーは質問をする。
しかしスティーブは黙ったままだった。また曲がって、その後をフォルカーが曲がりきったところでいきなり腕を引っ張られた。まるで投げられるようにスティーブの後ろへ引きずり倒され、その刑事は壁にぴったりと張り付く。
すると、ぬっと見知らぬ男が顔を出してきた。瞬間、若い刑事は鋭く動き、その男をフォルカーにやった時より手荒に引きずり込み、動きを拘束する。悲鳴の一つあげる暇さえその男に与えなかった。うつ伏せに倒し、相手の左手を捻りあげてその背中に乗っているのだ。
「動くな」
さらには拳銃まで突きつけている。こうまでされては素人目のフォルカーから見ても抵抗などもはや不可能だった。
「貴様、どうして後を追ってきた?」
「……」
思わず見ると、その男は痩せ気味の中年程度といったところだった。少しだけ髭を生やしているが、どこにでもいる男という印象だ。
「答えなければその耳を吹っ飛ばす」
ハッタリだと思ったのだろう。頑なに黙りを決め込む男に、スティーブは銃の口を男の左耳に突きつける。
「今から三秒数える」
「……」
「言わなければ、今後一生片耳だけの不自由な生活が待つことになるが、それでも構わんか。三、二……」
「──ま、待て」
「一……」
男の顔色が明らかに変わる。
「め、命令されたんだ!」
「命令だと? 命令したのは誰だ?」
「そ、それを言ったら殺される……!」
「じゃあ、命が数日縮まったと思え」
カチャリ、という生々しい金属音。
「ほ、本当の依頼主はわからねぇんだ! ただ、俺は代理と呼ばれる奴からあんたをつけろって頼まれたから……」
「代理とはどういう奴だった」
「それならわかる……ぼ、ボスの右腕だよ」
「ボス? どこの……いや、まさかあのボスか?」
どこのだ、という問いをフォルカーは飲み込んだ。割り込んではいけない空気が漂っているのを読んでしまったのだが、そもそも割り込むべきではないという警官心のほうが強いからだ。
「……そう、そうだ」
拘束されている男はスティーブの言葉をじっくりと熟考してから、そう頷いていた。
「馬鹿な……あのボスは雇っていた殺し屋の裏切りにあい、殺されたはずだ。右腕であるその男もその時に殺害された」
誰のことだ、と疑問に思いながらもフォルカーは口を挟むタイミングを掴めず、黙ったまま聞いていた。
「し、しかし! 確かに俺に依頼してきた男はそうだったぜ! 間違いねぇよ」
「首を折られて死んだはずだ。ボスは毒殺されたんだ。現場検証は行った。死体も見た。そもそも、あの殺し屋が殺し損なうなどあり得ない……いや、しかし殺し屋も死んだ。──他に何かないか?」
「どうなってるかなんて、俺が知るかよ。ただ、あんたともう一人、監視するように命令されてたんだ」
「もう一人?」
「学生だよ、神教官府の!」
「まさか」
スティーブの顔色が変わった。
「その学生の名は、ハンス・ハルトヴィッツか?」
名前を言い当てられて、男は目を見開いた。
「そ、そうだ」
「なぜ奴を狙う!」
フォルカーは最初にスティーブという男のことを人目見たとき、冷静な刑事だろうという印象を強くもっており、その通りに行動する男だと思っていたが、瞬間的に変化した彼の言動に驚き、声を失う。
メリという鈍い音が男の腕から聞こえてきた。
「どうしてハンス・ハルトヴィッツを狙う! 貴様らのバックにいるのは誰だ! 貴様に命令したのは本当に『右腕』なのか! 答えろ!」
「だ、だからわからねぇんだよ!」
「ハンスが失踪したのは貴様らのせいか! 誘拐したのか! いや、もしかしてもう殺したのか! 答えろ、答えなければ殺す!」
「わからねぇっていってんだろぉ!」
男は既に泣いていた。この場で殺されるかもしれないと思ってしまうほど、スティーブには迫力があった。フォルカーも今止めなければ取り返しのつかなくなる予感がしつつも、鬼気迫る刑事に近寄れない。
だがスティーブもここで殺しても何も意味がないというぐらいの理性は残していたのだろう。これ以上情報を引き出したくとも無駄だと悟り、首を振った。この男は本当にそれ以上のことを知らないのだ。
「くそっ」
毒づきながら、スティーブは男を解放した。
「行け」
そう言うと、男は千鳥足のようにふらつきながらその場を去っていく。
「ハンス・ハルトヴィッツ?……誰なんだ?」
いきなり飛び出したその名前を、フォルカーはとりあえず訊いてみた。しかしスティーブは何も答えず「気分が悪い、今日はここまでにしてくれ」と会話を打ち切り、フォルカーを残して大通りへと消えていった。
残されたフォルカーもまた、仕方なく自然と自分の家に向かって歩いていった。
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