Vier
七人の子供
広いかと問われれば、子供七人を閉じこめておくにはやや狭い、そういった部屋だった。病室にも似た無機質な白い壁に囲まれた部屋の中は、子供達の手が届く位置に窓すらない。窓があるとすれば、どうしてここまで高くしたのかと疑問ばかりが浮かぶ天井のほどよく近い位置に丸い窓が一つあるだけだ。これもどこかから開けるような仕組みになっており、子供達が自由に開けられるような構造になっていない。
ベッドはない。散らかった布団と散らばった玩具はまるで子供達の無邪気な性格をそのまま形と成したかの如く、無表情に騒ぐ七人を目上に睨め付けている。玩具である彼らには両目などない筈だが、七人もいる子供の一人はその両目を訳もなく畏れた。そう、その一人はつまり俺だ。──思い出す。何時からそうなったのだろう。少なくとも少し前まではそんなことなかった筈なのだ。
そこかしこに散らかっている玩具は片付けろと注意する大人がいないからだろう。この場において一番大人である自分が注意しなければならないのだろうか。放っておけば子供など好き勝手に行動してしまうものだ。かくいう俺もその時はそうで、散らかった玩具なぞどうとも思っていなかった。床に転がっている玩具が気になれば手にとって遊び、飽きれば投げ捨てる。そしてまた別の玩具を探す。暇ならば七人の子供が皆そういうことをしたし、そもそれが悪い行為だなんて思いもしなかった。ただそこに転がっている物なんだから当たり前といえば当たり前である。とはいえ、変わり映えのない光景に子供はやがて飽きてくる。我慢をしろと教えてもらったのは、ここにいる子供の何人目までだろうか。唯一そういった常識を教えられたのは俺一人だけではなかろうか。
俺は目を閉じて開くといった行為を何度も何度も繰り返していた。瞬き、とはいえない、緩慢な動作だ。ゆっくりとしたシャッター毎に子供達は移動し、手の位置足の位置、はては表情までもを変化させている。昔見たことのある紙芝居のような楽しみをそこに見出していた。ただ、紙芝居の後ろには姿を見せている大人がいくつもの声を使い分けて一つの物語を紡いでいくのに対し、目の前の物語は一つばかりとは限らず、そしていつも通りの日常を過ごしているに違いない無駄な結末を裏切ってくれることを、目を閉じる度に小さく願っていた。そう、だからそうとも限らないからこそ時折はっとした場面に出くわす場合もある。
それを密やかな楽しみにして目を開く。まだ六人の子供が輪になって遊んでいる。もう一度目を開く。今度は自分に一番近い男子が窓の外を眺めていた。更に目を閉じ、開く。今度は、下から数えて二番目の子供がボールを投げて遊んでいた。
そしてもう一回、同じように世界を暗闇にして閉じ、闇を壊すようにして目を開く。
すると、一番年下の少女が自分をじっと見ていた。
今日もまた、そういうことがあった。
こちらを見ている瞳は、青い色をしている割に底が見えず、暗かった。目を閉じた時よりもはるかに鮮明な闇が少女の瞳の先に措かれている。たかが目蓋という薄い皮膚だけがもたらす闇などとは違う、そこにあるのは世界の光や人々の笑顔など無縁の真実だった。完全なる闇とは裏腹に、少女は邪気のない笑みを自分に向けている。
その時、少女は何かを言ったのだが、何を言ったのかまでは覚えていない。
ただ忘れてはならない。
あの少女は自分を見ていたのだが、それは俺の表面だけを見ていたのではないということを。
もしかしたらと、今でも疑問に思うことがある。
あの少女はその先に起こる悲劇を全て承知した上で、俺達を哀れんでいたのかと。
俺達と一緒に部屋に閉じこめられたにも関わらずどうして俺達の知らないことを知っていたのかといった疑問もあるが、あの瞳を見れば不思議と納得してしまう。
そしてあの瞬間を目撃してしまえば――全ての不可思議な疑問は潰されてしまう。
おそらく。
その少女が死神に殺される瞬間を見させられた時に。
運良く生き残った三人は呪われてしまったのではなかろうか。
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