彼女の罪は
昼近くはケープ大通りがもっとも賑わう一歩手前の時間帯である。昼になれば昼食を買う者、あるいは食べに来る者、そのついでに何かを買っていく人などが溢れ、その喧噪ぶりは町が豊かだという証拠に他ならなかった。
この市の夜に何が行われたか、彼らには一切関係はない。夜は別世界だ。その世界に足を踏み入れる者はいないし、自らしようとする者もいない。それがケープという町にある暗黙のルールだった。そして、だからこそ昼はこうして平和に過ごすことが出来るのだ。
目の前を母子が通り過ぎていく。子供の笑顔がとても眩しかった。
自分の勤め先に戻り、アンドレアフは割り当てられた椅子に座った。
途中まで書いた、今回の事件をまとめたものを読み直す。
『一週間前に起こったショパンズ家集団自殺の後に行方不明とされていたロハン・ショパンズは、数日間、元ショパンズ家召し使いであるレテーナ・ポテンテ氏の自宅にてかくまわれていたものと思われる──』
ロハンのことは、もうすでに見飽きていたといっても過言ではないぐらい調べていた。調べていたから一週間も経ってしまったのだ。
あの夜──アンドレアフの中からすっぱりと抜け落ちたあの夜、何があったのだろうか。
(……どうして記憶が無いんだろうなぁ)
行く場所が無くなったロハンは神官学校を辞め、レテーナの家に住むようになったらしい。つい昨日退院したレテーナの看病を一生懸命にやっている姿は、アンドレアフの眼によく焼き付いていた。
「あの夜のことはよく覚えてないんですけど、何か、取り憑かれていたものが取れて、肩が軽くなった感じなんですよ。……それもこれも、きっとレテーナのおかげだと思うんです」
少しだけ照れくさそうに笑った少年の顔は、もう二度と間違いは起こさないだろうという気にさせるには十分だった。
神教官府が直に手を回したらしい。ロハンが警察に捕まらなかったのは神官学校から犯罪者を出すなどという汚点を残したくなかったからだろう。事実、ロハンに刺された男子生徒の傷は改めて調査すると死因になる要因としては浅く、どちらかというと他の要因によるショック死のほうが可能性が高かった。しかし、未成年であり新教官府が色々と動いたした結果ロハンはこうして何のお咎めもなく日常を暮らしているのだが、その代わり学校は辞めさせられたということだ。
──今日は太陽が一層眩しく市に陽射しを注ぎ込む。
一仕事終えたら喫茶店に行きコーヒーを飲もうと思ったところで、やはり紅茶にしようと思い直した。幸せの赤の上品な香りを喫茶店の店員が出してくれるだろうかと思いつつ──
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
あーぁ、眠い眠い。
夕べは一体何時まで起きていたのかね。俺っちといえどもさすがに眠気がとれねぇってもんさ。彼女が一人を狩るのにあんなに時間を掛けたのも初めてだったし、それに狩らなかったのも初めてだ。さらにはあんなことまで、ねぇ。まさかと思ったね。あれは驚天動地って奴だ。死神の定義がひっくり返っちまう。
逆に、それが恐ろしいんだけどな。まぁ、俺っちにはどうでもいい話だし、ああいう連中にこちらから干渉するこたない。俺っちはお決まりの羽休めの場所として選んだ枝にちょんと乗って彼女が出てくるのを待つだけだ。あの聖堂からゆっくりと姿を現す彼女をな。
おっと、出てきたね。──黒い神様が。
「ファイリー」
俺っちを呼ぶ声だ。これを待っていたんだよ。彼女を見届ける役は俺っちしかいねぇし、彼女もまたそれを望んでいる。そうさ、世界で唯一の尊き神を見届けるのは人間じゃない、そりゃぁ黒雀の俺っちが背負った役目だ。何しろ空を飛べるからな。そうじゃなきゃ屋根の上を音もなく駆け抜ける死神に追い付けやしないだろう?
さて、今日の獲物は決まっているのかな。ま、決まっていなくても構わないけどね。けど、決まってないなんて馬鹿な話があると思うかい。彼女は死神として聖堂から出てきたんだぜ。ならば、死神の役目を全うするに決まってる。
「今日もまた、私を望む人がいる」
そうさ、ここはそういう町だ。おっと、今は市だっけ。俺っちは前々から知ってるんだぜ。彼女と一緒に人間って奴を間近で観察してるからな。よぉく知ってる。
「行こう、ファイリー」
死を望む人間ってのは何故か知らんけど絶えることがねぇ。
彼女はそんな死を望む人間の前に現れるんだ。
ところでよ、人は人を殺すのに罪を着せるだろ?
ならば、誰かに──神と崇めている存在に、自らの死を求めるのは、罪じゃないんかね。
人は生きたいと願いながら、全く別のことを願っちまいやがった。神はその愚かな願いを叶えた、だっけかな。なんでそんなことしちまったのかは知らないけれど、それを叶えるべく彼女は現世に生まれたんだろうねぇ。
彼女は人の魂を狩る。あの野郎はそれはいけないことだと言いやがった。
なら、俺っちが再びお前らに問うぜ。
彼女の罪は、なんの罪?
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