市役所妖怪返送担当『怪し課』
Win-CL
天蜘蛛
天蜘蛛
それは骨まで凍りつくような寒さの、一月の話。
天気は快晴で、日の光を浴びているにも関わらず――
街は冬特有の、カラッとした寒さに包まれていた。
――仕事場、事務所の中。
私はスーツ姿で、這い寄ってくる寒さに耐えていた。
他でもない先輩が、コタツで暖まりながら蕎麦を啜っているのを眺めながら。
初めて見た時も思ったけど……この異様な空間は何なんだろう。
デスクの並んだその部屋の一角には、なぜか畳が設置されていて――
こたつだけではなく、テレビ、ストーブまで完備している。
室内の一部が完全に
青いジャージを着てコタツでそばを啜っている先輩にも。異を唱える者は誰もいない。
少なくとも、ここで立っている私以外には、誰も。
「もう少し待っとってね。すぐ食べ終わるけぇ」
なぜなら、この部署にいるのは先輩と私の二人だけだから。
……寒い。そして羨ましい。
暖房が効いている室内とはいえ、ドアの周りにはまだ冷気が残っていた。
先輩はぬくぬくと、コタツの中でそばを堪能している。
まるで幸福度がそのまま可視化されているかのようだった。
この何とも表しがたい温度差に、呟かずにはいられない。
「……なにやってんだろ私――」
私の仕事は公務員だ。
公務員だったはず、なのだが。
一体どうして、こんなことになったのだろう。
「寒いなぁ……」
今年の初め、一月は――
珍しいことに、雨も雪も降らないまま、月の半分を迎えようとしていた。
事の発端は、年が明けた直後。昨日のお昼前のことで。
入って一年の時が経ち、職場でのコミュニケーションの取り方にも慣れて――
互いに趣味について話せる程度には場に馴染んだ中での、上司からの下知だった。
「異動!? ……あやしか?」
「うん、そう。『怪し課』」
いきなり聞いたことのない部署へと、配属を変えられたのだ。
市民課や、生活課なら分かる。
だけど、怪し課とは。怪しってなんだ。
「怪し課なんて部署、聞いた事がないんですけど……」
「一応は、ちゃんとした部署なんだけどね」
“一応は”と補足が入っている時点で、ちゃんとしてないのでは。
しかも、その部署の業務内容は――妖怪を元の住処へと返すことらしい。
――唖然とした。悪い冗談だと思った。
年度途中の異動は無いと聞いていたから尚更だった。
「“一応は”って……」
そんな訳のわからない課へと異動だなんて。
これが俗に言う、職場いじめというやつだろうか。
悲観している私に、上司は無情にも説明を再開する。
異動の宣告を下した上司が言うには――
どうやら私には、少しだが妖怪を見る力があるらしい。
そんな馬鹿な……。
「私、妖怪なんて見たことないんですけど」
「そうは言っても、健康診断の検査結果で出ていてだね……」
……健康診断? なんで健康診断?
確かに、奉職直後に再度検査を受けさせられた覚えはある。
事前に結果を提出した後なので、おかしいとは思ったけど――
「つまりは、その『妖怪を見るための力』みたいなのに引っかかったんですか?」
一体、どの検査で? 血液検査だろうか?
「引っかかったって言い方も、人聞きが悪いけどねぇ」
そんなことを言われましても。
本人である私が把握していなかった以上、病気のようなものである。
「今ではそんな力を持っている人も珍しくてねぇ」
「と、言うことは――」
嫌な予感がする。とっても嫌な予感が。
“妖怪が見えるから”という奇異な理由で挙げられた部署なら――
「うん、前々からいる一人と君を合わせて、その部署は二人になるね」
「そ、そんなぁ……」
……二人。私を含めて二人。
予想したよりも更に少ない。
これはもう、間違いない。飛ばされた。
なんで? どうして?
務めて無難に過ごしてきたはずなのに。
気付かない所で、なにか致命的なミスをしていたのだろうか。
「でも、そこまで悪い話じゃないと思うよ」
暇な時が多くて、それでも給料はしっかり振り込まれる。
大きい声では言えないけど、こんな楽な仕事もない。
正直な話、君はとても運がいい。
そんな甘い言葉をかけてくるけど――
突然そんなことを言われて、納得できるわけがない。
むしろ怪しさしか感じない。
落ち込んでいる私へのフォローだとしたら最悪だ。
『百万人のうちの一人の確率に当選しました!』系の迷惑メールと変わらない。
いや、壺を売りつける人だって、もっとマシな言い方をするだろう。
「更に追加で、手当もつくからさ」
「て、手当って……」
資格手当のようなものだろうか。
今度から履歴書の資格欄には、
・『漢字検定〇級』
・『危険物取扱者〇種』
・『妖怪が見える』
とでも書けばいいのか。
……絶対、一次選考で落とされる気がする。
むしろ精神病棟を進められるのでは。
頭が痛いことこの上ない。悪い話にしか聞こえない。
――が、幾ら信じられないような話でも、これは上司の命令なのだ。
「あとは向こうに任せているから。しっかりとね」
「……はい」
既に決定事項のようだし、下手に反抗して役所内での評判が悪くなるのも面倒だし――
ここで頷かないわけにはいかなかった。
「『怪し課』……どこよ……」
上司のざっくりとした説明でも、行けるだろうと思っていたのが間違いだった。
この役所の部屋数は、自分の思っていたよりも大分多い。
おまけに、半分以上が立ち寄ったことのない場所である。
軽く一周して、役所の入り口へと戻ったけど、八方ふさがりのまま。
ふりだしに戻されたかと思ったら、スタートラインにも立っていなかった。
諦めて案内板を確認したが、『怪し課』なんて表示はどこにもない。
そもそも、初めて入ったときに一通りの説明を受けたはずなのだけれど……。
そんな課について説明をされたかどうかも、今となってはあやふやである。
やっぱり、これは悪質な職場いじめなんじゃなかろうか。
そんなことを考えながらため息を吐いていると――
「――新人さん? こんな時間にどうしたん? 迷っとるんかいね」
……そんなに挙動不審だったのだろうか。
わざわざ心配して声をかけてくれるなんて。
やっぱり、最初から誰かに聞いておけばよかった。
「いえ、ちょっと……『怪し課』って部署に用事があって――」
少し申し訳ない気分になりながら、声のかけられた方へと向くと――
「……あぁ! 例の!」
青いジャージ姿の――
自分よりも少し年上の
……真冬なのにそんなラフな格好で。寒くないのだろうか。
謝罪の言葉よりも先に、そんな心配が浮かんできた。
「こっちよ。ついてきんさい」
「え――?」
「新しく入るんじゃろ?『怪し課』に」
スーツ姿の私が、ジャージ姿の彼女に案内されている。
はたから見れば、職員が利用者の方に案内されているような――
そんな珍妙な一コマである。
居心地の悪さが尋常ではない。
――かと言って、他の誰かに頼れるでもなく。
私は終始俯いたまま、『怪し課』へと付いて行くしかなかった。
失礼な話、半分ぐらいは不審者ではないかと疑っていたのだけれど――
こうして案内された以上、これが現実なのだろう。
この人が例の――同じ職場の先輩だった。
「これからよろしくお願いします、今日からお世話になる――」
半ば思考停止に陥りかけながらも、事前に頭の中で用意していた自己紹介を済ませる。
「今日は何も無いけど、明日は仕事があるけぇね。ロッカーも用意しとくー」
何もないからジャージ姿なのか。
いや、意味が分からないのだけれど。
仕事が無いということも。
仕事も無いのに職場でジャージ姿でうろついていることも。
困惑している私を置いて、先輩がおもむろにロッカーの扉を開くと――
なぜかザラザラと、大量のカップ麺が雪崩れてきた。
「やーやぁ……」
どうやら、中で積んでいたものが倒れていたらしい。
……どれだけ買いだめしているのだろうか。
見たところ、電気ポットも用意してある。
デスクの上にもいくつか転がっているところを見ると――
これらが先輩の主食であるのは間違いなかった。
「あー、整理しとくの忘れとった……。ははは……」
「と、突然の異動でしたし……。対応しきれないですよねぇ、普通……」
流石に、『何やってんだお前』とは言えない立場なのでフォローしておく。
「いや、一週間ぐらい前に連絡来てたけど?」
「…………」
あっさりと
何やってんだ、この人。
「まー、今日中には一通り整理しとくけぇ。とりあえず解散!」
床に散らばったカップ麺を机の上に移しながら――
そんな身もふたもないことを言っていた。
……まだお昼過ぎなんですけど。
「今日は、場所の案内だけ済ませました、ということでね。
出勤の管理は全部ウチに任されとるけぇ、安心してええよー」
「……わかりました」
……どう安心すればいいのか分からない。
聞きたいこと、言いたいことは山ほどあったのだが――
この状況では、ただただ頷くしかなかった。
そして、話は今朝へと戻る。
昨日は、出鼻を挫かれ散々な一日だった。
今日こそはと意気込んだ、私の記念すべき初仕事は――
「ちょっと待ってくれる? これから朝飯食べるけぇ」
「……は?」
先輩の食事タイムによって、再び蹴っ躓いた。
こたつの中で、昨日と同じジャージを着て。
カップそばのふたを、ペリペリと剥がす先輩。
入ってすぐの部署で、どう動けばいいのかも分からず――
私はこうして立ったまま、先輩がそばを啜り終わるのを待っていたのだった。
「――ふぅ、ごちそうさま」
先輩が満足そうに、空になった器を置く。
どうやら、汁まで全部飲み干すタイプらしい。
「――で、私の初仕事は?」
ちょっとイライラしているためか、自然と口調が雑になってしまった。
いけない、これでは社会人として失格だ。
「ン、
……蜘蛛?
……ちょっと待った。
「そ、それは……
妖怪の中でも、トップクラスの知名度と危険性を持つやつではないだろうか。
妖怪なんて信じてはいない。
信じてはいないけども……。
転属初の仕事で――
そんな墓場の誰かさん並の冒険をさせられるのは勘弁してほしい。
いち公務員、それも新人の私には荷が重すぎる。
いや、ベテランでも対処できないでしょ。そんなの。陰陽師じゃないんだから。
今すぐ辞職願を書いてこようと、
「いんや。
今となっては、そんな
私らの仕事の対象は――」
先輩がそう言って、指差したのは天井。
――ではなく、空だった。
「――
駄洒落かよ、と突っ込むと――
昔の人のネーミングセンスはそんなもんだ、とのこと。
むしろ、洒落で名前を付けるのは文化だと。
「そりゃあ、土蜘蛛もおるんじゃけぇ、天蜘蛛もおってもおかしくないじゃろ」
もう一つ付け加えるならば、海蜘蛛という妖怪もいるのだと言う。
あっちは九州の方に伝わる妖怪で、土蜘蛛のように人を襲うらしいのだが――
やはり今となっては、殆ど見かけることもないそうで。
「なんだか無理やりな気が……」
このジャージ姿の先輩が言うには――
古来から、天候に関係する妖怪は多く存在するということだった。
「“虹”にも“風”にも、“虫”の字が入っとる。」
天道――すなわち太陽のことだ。
「虫の形をとった妖怪が関わっていたからじゃろうねぇ」
だからといって、蜘蛛と雲を結びつけるのは……。
あまりにも、ストレート過ぎやしませんかね。
そもそも私自身、妖怪自体を見たことが無いため、にわかには信じられない。
仕舞いには、こう言っている先輩本人でさえ――
この蜘蛛以外で天候に関係する妖怪を、実際に見たことは無いと言う始末。
真偽が定かではない以上、胡散臭さが一気に増した。
「まぁ、兎にも角にも、ここ最近になって雨が降らんようになったじゃろ」
「確かに、言われてみればそんな気がしますけど……」
雨が降らないのも、その天蜘蛛が地上に降りているせい。
だから、“送り返す”必要があるのだと。
その仕事を担っているのが、この『怪し課』なのだと。
車のキーをクルクルと回している先輩は――
「さ、行くとするかね」
そう言って、ニヤリと笑った。
「――で、その蜘蛛はここにおる」
夜でもないのに松明を掲げている先輩。
私はその横で、中腰になり肩で息をしていた。
「し、死ぬかと思った……」
連れてこられたのは、山の開けた空き地にある廃家。
もともと、そう離れた場所ではなかった、ということもある。
車でもそう時間はかからなかったのだが――
恐らく、他と比べても圧倒的に早く着いているだろう。
適当に纏めただけの髪の毛と、青いジャージ。
その外見と同等かそれ以上に――先輩の運転は雑だった。
二十分間。
途中で警察に捕まらないだろうかと、ヒヤヒヤしながら。
助手席で、仰け反りながら座っていた時間である。
「前に何も走ってないんなら、さっさとアクセル踏まんかいね!
公道では流れに合わせろって教習所で習わんかったんか? あ゛あん?」
無理やりに車線変更して、ぐいぐいと前の方に出てゆく。
街中でも冷や汗ものだったのに――
山道になると、更に滝のような汗が出てきた。
他の車も少なくなってきたにも関わらず、である。
ただの軽自動車で、なんでこの人は峠を攻めているのだろうか。
曲がる度に受けるGは、遊園地のアトラクションさながら。
当然シートベルトはしているが、落ちたら大怪我、悪くて即死である。
安全が保障されていないため、快適なドライブどころか絶叫マシーンと化したのは言わずもがなだった。
「そろそろ落ち着いたかねー?」
「まだ……足が……」
気分は悪くないのだが、足がプルプルしている。
さしずめ、生まれたての小鹿のようだった。
そうして、完全に回復するまでに十分弱。
ようやく私は、目の前の廃家へと目を向ける。
「蜘蛛なんて見えないですけど――」
「今は家の奥に入り込んどるけぇ。そうそう表には出てこんじゃろ」
もしかしたら、出てきたとしても妖怪としては位が高いため――
今の私では見えないかもしれないと言っていた。
――今回は見えない方がいい、とも言っていた。
「それで、どうやって送り返すんです……?」
「そりゃあ――こうやってよ!」
先輩はそう言うと――
おもむろに手に持っていた松明を、家の中へと投げ込んだ。
今は一月。季節は冬。
空気が乾燥している時期だ。
その小さかった炎は、みるみるうちにパチパチと音を立ててゆく。
壁へと、屋根へと、あっというまに燃え広がってゆく。
「な……」
――放火だった。現行犯だった。
初仕事で犯罪の片棒を担がされてしまった。
「こ、これ! 大丈夫なんですか!?」
「だいじょーぶだいじょーぶ。
担当の課には許可取っとるけぇ」
幸いというか、だからこそなのか――
周りに建物はない。人影もない。
――こんな山の中だ。
畑仕事でたまに人が訪れる程度なのだろう。
ちゃんと許可を取ってるなら、事前に説明してほしいところだ。
そんな恨みのこもった目で、先輩の背中を
「――!?」
次第にキィキィという耳を塞ぎたくなる鳴き声(?)と共に、ガタガタと家が振動しはじめた。
まるで、そこだけ地震が起きているかのように。
「こ、これ! 大丈夫なんですか!?」
「だいじょーぶだいじょーぶ。
担当の課には許可取っとるけぇ」
そうではない。
仮にも天気を司る妖怪を、焼き討ちにしていることについて言及しているのだ。
仕舞いには『あっはっは』と笑い声をあげ始めた。
はたから見てると、完全に愉快犯。放火魔だ。
「家に火を付けたかっただけなんじゃ……」
「いやいや、なにをそんな。人聞きの悪いことを言いんさんな」
「――“雨乞い”ってあるじゃろ。
迷信って言っとる人もおるけど、実際はあれで正しいことをしとったんよ」
自分達みたいな特別な力を持った人は、昔からいたらしい。
そしてその人たちは、雨が降らなくなると――
地上に降りた天蜘蛛を、焼いて空へと送り返していた。
それを見た普通の人が、
時代を経て、火を焚いて神様へと祈りをささげる“雨乞い”という儀式になったらしい。
「それに――とんどの時期も重なっとるし、昇って行き
キィキィという鳴き声よりも――
次第に炎が木材を焼くバチバチという音の方が大きくなり。
それに比例するように、出てくる煙も黒さを増していった。
「……あれ?」
――ふと、違和感を感じた。
出てくる黒煙が、なにかおかしい。
強いて言うなら、煙が広がりすぎと言えばいいのだろうか。
一定以上、空に上がっていった煙が――
途端に四方八方へと広がって消えてゆくのだ。
それこそ、蜘蛛の子を散らしたように。
――家は一時間も満たないうちに燃え尽きた。
鳴き声も振動も、煙と音が止むころには収まっていた。
壁という壁は崩れて焼け落ち、四隅の太い柱は真っ黒に炭化して。
表面は奇妙な凸凹になっている。
――ただそれだけ。
その骨組みだけになった家のどこを見ても――
私は蜘蛛の姿を確認することはできなかった。
「もうおらんね……。よし、“送り返し”終了!」
松明を投げ込んで、ただ見ていただけだというのに――
パンパンと手を叩いて一仕事終えたようなフリをしている。
「それじゃあ、帰ろっかね」
「……え? もう終わりですか?」
「後始末はまた別の課の仕事じゃけぇ」
と、焼け落ちた家をそのままに――
市役所へと戻り解散となった。
定時まで、だいぶ時間があるのだけれど……。
「あぁ、ええのええの」
あんまり働き過ぎると、明日の仕事がなくなるから。
そんなとんでもない理由が飛び出してきた。
……本当に同じ公務員なのだろうか。
「ううーん……?」
こうして、私の新しい部署での初仕事は――
なんとも拍子抜けするもので終わった。
「寒くない? こたつ入りんさいや」
「……はい」
…………
初仕事があった翌日。午前八時。
昨日の先輩と同じように。
二人でこたつに入りながら、そばを啜っている。
「はぁ……」
……自分の中で抵抗はあったものの、既に諦めていた。
いや、自身の名誉のために、“染められてしまった”と言うべきか。
『明日の仕事が無くなる』と言っていたが、そもそもの仕事が無いと言うのだから。
これはもうお手上げとしか言いようがないだろう。
私がため息を吐いている間に、先輩は一つ目のそばを食べ終え――
なんと、二つ目のそばへお湯を注ぎ始めている。
「……雨、降らなかったじゃないですか」
先輩の目には何か映っていたのかもしれないが――
自分から見れば、ただ廃家を焼いただけ。
少し様子が違うなとは思ったけど……。
未だに、昨日の出来事が“送り返し”の仕事だったとは信じられなかった。
妖怪というのはやっぱり嘘で。
どこかで上司の気に障ることをしたために――
こんな変な部署に飛ばされたに違いない。
そうとしか思えなかった。
「ああいうのは時間がかかるもんなんよ。その証拠に――ほら、雪が」
そう言って、先輩が持っていた箸で窓を指す。
「行儀が悪い……」
それでも言われた通りに、窓に目を向けると――
先輩の言うように、確かに外では雪が降り始めていた。
――今年初めての雪ではないだろうか。
「あぁ、確か……に……」
そもそも雨が降っていなかったのだ。
もちろん、雪もこれまで降っていない。
だけど、これがなんの証拠になるのだろう。
ただ雪が降ったからと言って、ただの偶然かもしれない。
到底、蜘蛛を送り返した証拠には――
「――――っ!」
それは昔の――
小学校の図書館での記憶。
窓際にあった、図鑑の棚の。
一冊の分厚い本の表紙。
一度しか読んでいないけど、よく覚えている。
黒い背景に、いくつも並んで写っていた“あれ”。
昨日の出来事が、すとんと落ちる。
そうだった――
当時の自分は、その自然の神秘に息をのんだものだ。
「なんで忘れていたんだろ……」
雪の結晶は。
時間をかけ、丁寧に樹枝を伸ばしたその姿は――
――確かに、蜘蛛の巣の形をしているのだ。
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