♯10

『ユカリコ、悪いが僕の前に出てくれ』

「はい? 構いませんけど、そりゃまたなん――」

 私が尋ね終わるのを待たずに、私のヴァリスの後ろに回り込んできだセナ・ジン機が、バシャリと人型形態に変形させ急接近してくる姿が、HMDの後方映像に映し出された。

「ちょ……待っ……ひゃ!」

 直後、ドスンという衝撃がコックピットの上部から襲ってきた。

 続いてHMDの前方視界の上から、棒状の物体がにゅっと飛び出してきた。セナ・ジン機が持つ対デブリ・ライフルの銃身だ。

『ユカリコ、アクティブサスを最大にして、あんまり揺らさないでくれ。的が外れる!』

「なんですとぉ!?」

 このガキ、私のヴァリスをライフルの台座にするつもりだっ!

 今、セナジン君の人型形態ヴァリスは、私のリフト形態のヴァリスの紙飛行機みたいな三角形のコックピットに、両肱を乗っけるようにしてライフルを構えているのだ。

 アクティブサスとは、人型形態時のヴァリスの脚部であり、リフト形態では前後両輪と車体を繋ぐアームである衝撃吸収機構のことだ。

 ヴァリスのこの機構は、高速移動中にピラー壁面上の僅かな段差に対し、コンピュータ制御で、自ら積極的に上下に動くことにより、高速移動中の車体の振動を極限まで抑えることを可能にしている……のだそうだ。

 私は、セナ・ジン君の仰せの通りにした。

 今の速度では、僅かなピラー上の段差で、ヴァリスが吹っ飛びかねない。

「ああ~もう!!」

〔それからだなユカリコ、すまないがそっちのミサイル誘導用プログラムを作るのに手一杯で、自動発射プログラムまでは手が回らなかった〕

「隊長それってどういう意味ですか?」

〔ミサイルのリリースはマニュアルで実行してくれ。大丈夫だ、速度は今の加速度で問題無い。タイミングも発射位置高度もそっちのHMDに転送済みだ。だが0.9秒以上の発射タイミングの誤差は、ミサイルの誘導でもカバーしきれないから絶対に違えないでくれよ!〕

「ああ~もう! チッキショォ~メェィッ!」

 ヒュー隊長の言葉に、私はそろそろ自分に、自棄になっても良い許可を与えてやりたかった。

 前方、地上方向の彼方にキラキラと輝く光が見えた。高度一二〇キロにあるという、移送中のレーザー用ソーラーパネルが、ヴァリスのヘッドライトに照らされているのだ。

 ……ってことは、発射タイミングまであと僅かじゃん!

 私は、デブリが来ると言う北西の空に視線を向けた。が、そこは夜の闇があるだけだった。

 ただでさえ自ら光を発してるわけでもないデブリを、この暗闇のなかで見つけて撃てってか!?

〔もうすぐヴァリスのセンサーレンジ内にデブリが入る。アイコンで表示されるが、慌てて撃つなよ〕

 私の思考を読んだかのようにヒュー隊長が言って来た。

『出たぞ』

 セナ・ジン君のその声と共に、HMD視界の左上方に、ビープ音と共に目標UD018を示すアイコンが点滅しだす。暗闇の中なので肉眼では見えやしないが、そこにUD018があるよと機械が親切に教えてくれているのだ。

 さらにそのアイコンからは親切にも、予測コースのラインが進行方向に伸びており、OEVピラーへと続き交わっている。その予測コースをピラーから反らさなければ、結構なカタストロフが待っているってことだ。

「はわわわ……」

 この状況下にあって、私の緊張は最高潮に達しようとしていた。操縦グリップを握る手が震えている。グローブの中が汗で気持ち悪い。

 ヘルメットの中に、自分の荒い呼吸音が反響してやかましいくらいだった。

 こんなの絶対、配属一週間でやる仕事じゃないよ!

 しかも私の所業に、人の命がかかっているのだ。それもゼルラ氏の!

 HMDの隅に、ミサイル発射までのカウントダウンが表示された。発射まで90秒も無い!

 だが、私の頭はフリーズ寸前だった。

 ……え~とこれから何をすれば良いんだっけ? こんな私に、出来る事なんてあるわけないじゃん! ね?

『お~いユカリコ、聞こえてるかい?』

「な、ゼルラさんっ!?」

 突然、今、まさに心に思い描いていた人の声が届き、私は超ビクリとした。

『悪ぃ、驚かせちゃった? ごめんごめん。いやぁ、この仕事始めたばっかなのに無茶なこと頼んじゃってさぁ』

「だ、だだだだ大丈夫です!」

 ちっとも大丈夫ではなかったのだが、何故か私は彼女に心配されると、自動的に心配無いと答えてしまう。

『そうか、大丈夫ならべつに良いんだけど、その、伝えておきたいことがあったもんでさ』

「な、何をですか?」

『前に訊かれたことの返事さ。なんでこの仕事に就いたんだ? って訊いてきただろ?』

「ゼ、ゼルラさん? それって、あの今じゃなきゃ……」

『あ~、その上手い事言えないけど、オレはさ、このパシフィカ軌道エレベーターが好きなんだ。この場所はとても面白くて素晴らしいし、素敵だ。そりゃ基本的に人や物を早く沢山宇宙へと運べるってだけかもしれないけどさ…………つまり、何が言いたいかっていうとだな。ここは守る価値があるって思うんだよ。多少危ないことには目を瞑ってもな』

「……」

『それがお前さんとなら出来るって思えたんだ。だって実際問題、お前さんは一年前あんな目に会ったってのに、ヴァリスに乗りたいってここへ戻って来たじゃないか。そんな奴となら、一緒に仕事がしたいと思ったんだよ。だから……オレの信じているお前を信じろ。訓練でならったろ? 目の前の事に集中するんだ。一年前、俺と一緒にここを落っこちて来た時みたいに。何かあった時ゃフォローすっからさ』

 なぜ今、このタイミングでゼルラ氏は、突然私にそんな通信をしてきたのだろうか?

 ……そんなことはどうでも良い。

 彼女の声を聞きながら、私は一年前、このパシフィカOEVから落下している最中に味わった、あの感覚が蘇って来るのを感じた。

 同時に、ヴァリス・パイロットになってから、このOEVピラー上で過ごした日々が、脳裏に蘇る。


 ――何故、人はこんな巨大な柱を作り、何故、その柱を必死になって守るのだろう?――


 心拍数の急上昇、アドレナリンの大量分泌。それに伴い、私の時間感覚がコマ送りのように急減速していくのを感じた。

 今まで1秒につき24コマがだった視認能力が、1秒48コマ、1秒96コマへと分割されていったような感覚だ。

 視界の両サイドを、前方から後方へ駆け抜けていた赤い一筋のラインが、急激に幾つもの赤いラインへと分割され、やがて赤い旗をなびかせたような一本一本の航空障害灯へと視認できるように変わっていった。

 視覚の情報処理速度が、心拍数の上昇で爆上げされたのだ。

 今まで気づかなかった微かなコオゥ~という風の音に気づいた。ヴァリスが猛烈な降下スピードで、ごく薄い大気の上層部に突入し始めたからだ。

 目標を囲むアイコンのその点滅スピードとビープ音もまた、まるでスロー再生のように遅くなっていく。

 私はそのアイコンに、ミサイルのレティクル・サークルを重ね合わすと、発射タイミングを待った。

 驚いたことに、私には目標を囲んでいるアイコンの中に、実際に回転しながらOEVのピラーへと突き進む、UD018その物が見えたような気がした。

 ……気がしたというか、見えた。

 それは先刻私が撃ち落としたデブリとはどう見ても違う、只の石っころだった。つまりは隕石だった。直径1メートルくらいの岩の塊が、回転する度に表面にあたる光の反射位置が変わり、歪なミラーボールみたいにキラキラ輝いている。

 本来は夜の暗闇に覆われ、見えるはずもないはずなのだが、セナ・ジン君が、自機の持つライフルに取り付けられた強力なフラッシュライトで照らしてくれているのだ。

 秒速8キロ弱という高速で移動する物体を、同じく音速の何倍もの速度で降下中のヴァリスから、ライトで追尾して照らし出すなんて、ンな事できるものかとも思うのだが、いかに高速で移動中の物体であっても、それを遠方真上からならば捕らえられるものらしい。

 っていうか……単にセナ・ジン君が凄いだけなのかもしれない。

 視界前方では、さっきまでただの光点だったヘッドライトの反射によるソーラーパネルの光が、ピラーをぐるりと囲む下向きに欠けた輪っか状の光となって見えていた。

『ユカリコ準備は良いか!? 間も無く発射タイミングだぞ!』

「ユ……ユカリコ了解」

『カウント、T‐マイナス10、9、8……』

 そうカウントするセナ・ジン君の声音は、初めて聞く鋭さだった。さすがの少年も、こういう時はちゃんと緊張するのだと、私はちょっと可笑しく思った。

 私は一度大きく吸い込んだ息を、ゆっくりと吐き出した。

『3,2、1……』

 ――フォースと共にあれ!

 きっとあの人なら、このタイミングでそんなことをのたまうであろう。

 私は息を吐き続けながら、余計な思考を挟む前に、サクッと発射トリガーを引いた。

 リフト形態のヴァリスの両サイドから、微かな振動と共に、二筋の白い煙の柱が目標デブリに向かって稲光のごとく一瞬走る。

 先刻のように自動プログラムでの発射ではなく、あくまで私のタイミングと意思によってミサイルが放たれたのだ。

『落ちろーっ!』

 同時に、私の頭上でセナ・ジン君のヴァリスがライフルの発砲を開始した。視界右上に伸びるライフルの銃身から、細い花弁の花のような閃光が連続して瞬く。

 セナ・ジン君はライフルに装填されたありったけの弾を、目標UD018に追走する地上由来の対デブリミサイルの残骸に叩きこんだ。

 ミサイルは、ライフル弾は、目標に命中するか? 

 答はすぐに分かるはずだった。

 命中まで体感時間にして二秒もかからなかった。

 吐き切った息を、再び吸いこもうとしたその瞬間、視界に映るアイコン内でUD018が砕け散り、十数個はありそうなアイコンに分裂した。

 ほぼ同時にセナ・ジン君の撃ったライフル弾も命中したはずだが、分かるのは粉々になったデブリを示す幾つもののアイコンが、OEVのピラーはもちろん、ソーラーパネルに命中するコースからは反れたということだけだった。

 無数のアイコンは、いずれもソーラーパネルの下方、ピラーの横を通過する予測コースに変化しいてた。

『よし!』

 セナ・ジン機が頭上でガッツポーズした。

 つまりは、目標達成に成功したのだ。

 今回は意外とあっさり出来ただなんて思わなかった。こんな離れ業、そうそう出来てたまるものかい!

 超緊張した。超しんどかった。

 そして同時に結構な達成感を感じ…………



〔でかしたぞ二人とも! でも早く止まるかジャンプしないと、ソーラーパネルに……〕

『おっと!』

「ひいぃぃぃいいいいいやぁぁああ!!」

 私達の眼前には、高度120・4キロにある低軌道ステーション用ソーラーパネルが迫っていた。

 ついさっきまで、ヴァリスのヘッドライトの光が反射してているだけの存在だったはずなのに。それは今や、ステゴサウルスの背びれで作った手裏剣みたいな姿がハッキリ分かる程、前方に迫っていた。

 メタリックブルーに輝く五角形の太陽電池パネル、その一枚一枚が全長80メートルもあるという。低軌道とはいえ重力のある場所で自重を支える為、先端を細くデザインした結果、こんな形になったらしい。

 分かっていたはずなのに、なんでこうもギリギリになるまで思いだせなかったよ私!

 私達2機のヴァリスは大慌てでブレーキをかけた。耳をつんざくような甲高い摩擦音が、機体を通じてコックピット内に響く。

 しかし、今さら減速をかけたところで、到底間に合わない程の降下速度に、すでに私達は達していた。

『どうせ間に合わない! ユカリコ、飛べ!』

 セナ・ジン君に言われるまでも無く、背後はセナ・ジン君のヴァリスをくっつけたまま、私はリフト形態のヴァリスを人型形態に変形させ、その際の勢いで思いっきりピラー壁面を蹴ってジャンプした。

「おおおおおおおおおあぁぁああぁあ~…………」

 ピラー壁面が、蹴った勢いでみるみる脚元から遠ざかっていく。

 セナ・ジン君の機体は、私を踏み台にする形でより高くジャンプしたので、ソーラーパネルとの激突は回避できそうだった。だが私のヴァリスは微妙なところだ。

 理屈ではピラーから80メートル離れれば助かるはず。けれど、間に合うのぅ!?

 この速度でヴァリスがソーラーパネルに衝突したならば、別にデブリ程のスピードじゃなくっても普通に私ら死ぬるよねぇ?

 ついでに言えば、ヴァリスが衝突すれば、ソーラーパネルは真っ逆さまにOEV基部のパシフィカ・アイランドに落っこちていくわけで、それはそれは面倒で危険なことになるだろう……。ことによっては二人どころではない死人がでるかもしれない、せっかく成功したデブリの処理がまったくの無駄に終わるくらいには。

「ふんがぁ~!」

 私は人型形態となった我がヴァリスの手足をぶん回し、無理苦理機体の姿勢を変えた。

 例のあの人我が愚兄曰く、宇宙で人型ロボットが存在する利点は、手足をこうやって動かして、重心移動と慣性とで、燃料を使わずに機体の向きを変えられる事らしい。

 もちろん、そんなのはフィクション内の話だけどね! 

 きゃつのそんな言葉を思いだしてやったわけではないが、私のヴァリスは、そうやって無理矢理機体の向きを変え、閉まりかけの自動ドアに滑り込む人のように身体を横向きにした直後、山形になったソーラーパネルとソーラ―パネルの間を通り過ぎた。

「ひょぇえええええ~」

 一瞬、首元を通過した死神の鎌に、後になってから恐怖が襲ってくる。

『油断するなユカリコまだだ!』

 セナ・ジン君のどなり声。

 『まだ』って一体何が? と戸惑う間も無く、耳障りな警告アラームがヘルメット内の左前方から鳴り響いた。つまりにそっちに注意せよ! ってことだよね? と思考が追いつく間も無く、無数のデブリを示すアイコンが視界の左側から飛び込んできた。

 私達自らが撃ったUD018のなれの果てだ。

 ミサイルとライフルによってUD018を上方向から叩き落とし、ソーラーパネルの下方、ピラーに掠らないコースに偏向する作戦は成功した。

 私達はソーラーパネルを避ける為にピラーからジャンプしたことで、その変向したコースへと飛び込んでしまったのだ。

 デブリの群れと化したUD018が、ヴァリスの左から降下しつつ斜めに接近してくる。

『ユカリコ、機体正面をデブリに向けてコックピットを守るんだ!』

 私は即座にセナ・ジン君の言う通りにした。

 空力特性を考えてデザインされたヴァリスの前面は、とても尖がったフォルムをしており、正面から衝突してきたデブリを、上手い事反らしてくれるかもしれない。

 それに人型形態時のコックピットはヴァリスの背中にある。死にたくなければ、運とヴァリスの対デブリ装甲に賭けるしかない。私はさらに機体正面で両腕マニピュレイターをクロスさせた。

 迫るデブリ、その殆どは進行方向手前を通過して言った。が、私達のヴァリスは、デブリの群れの後端に、どうすることも出来ずに突っ込んでいった。

 本来宇宙では聞くはずのない、カンッだとかピシッだとかいう心臓に悪い音がコックピットに次々と響く。HMDの隅に投影された人型形態のヴァリスのCGモデルの一部が、ダメージ報告アラームと共に黄色に点滅し始め、さらに機体が外部からの力で回転を始めた。デブリは確実にこのヴァリスに命中し、影響を及ぼしている。

 私は悲鳴を上げながら、デブリの群れを通過するのを待った。

 幸い、ダメージは黄色で示す程度で済んだようだった。これが赤だったらえらいことになってたところだ。

 しかし、私に安堵することは許されなかった。

 〔セナ・ジン!〕という悲鳴に近いゼルラ氏の叫び声に振り返ると、私の後方、天空方向で、セナ・ジン君のヴァリスが、目で見て分かるサイズの部品をまき散らしながら、壊れた人形のように斜めに回転し続けていた。

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