♯8

〔コンヴィニエンツ・エルカα・ヒューレットよりヴァリスαⅡ及びⅣへ、応答せよ〕

 このまま、ただ状況の推移を見守っているだけと思っていた私は、突然の自分達宛の通信にビクリとした。

『こちらヴァリスαⅡセナ・ジン、感度良好。ユカリコも聞いてます。どうぞ』

〔セナ・ジン、現在の装備を教えてくれ〕

『αⅡ、対メテオ・ライフル一丁、対デブリネット弾頭全弾装填済みのマガジンが二つ。ユカリコ、あんたのヴァリスⅣはミサイル残り二発か?』

「ひゃ、ひゃい! 対デブリ・ミサイルが二発です」

〔了解した。そのまま待機していてくれ〕

 そう答えると、こちらが何か質問する間もなく、ヒュー隊長の通信はプツリと途切れ再びコックピットに沈黙が訪れた。

 ……とはいっても解放された全OEV関係者向け無線チャンネルには、様々な立場の人間からの通信が忙しなく交わされていたのだけれど。

 ――一体なんだったのだろう……?

 ヒュー隊長は何故、私らの装備の残りなんて知りたかったのだろうか?

 全OEV関係者向けチャンネルでは、何やら『インディアOEV』だの『ミサイル』だの『護衛艦カーリ・ダーサ号』だのといった微妙に物騒な単語が交わされていた。

『どうやら、インド洋からのミサイルで処理するみたいだね。さすがに衝突確率がたった5%だからって、放置しておこうって気にはならないみたいだ』

 ヴァリス同士で交わす限定通信チャンネルでセナ・ジン君が話しかけてきた。

 なかなか聞き分けることの難しい全OEV関係者向け開放無線での会話から、UD018へどんな対策が決まったかを解説してくれたのだ。

「インド洋上からって!? そりゃまたどういう?」

『うむ、パシフィカ・アイランドの周囲の海には、ツァップ社で雇った民間軍事企業の護衛艦が常にパトロールして回ってるんだ。対テロ目的でね。それは今インド洋上で建造中のインディアOEVも同じでね。そこの艦からミサイルを撃って、件のデブリを処理する方針になったみたい』

 セナ・ジン君は事もなげに答えた。

 なんか凄いことさらっと言ったような気がするけど……。

 うちの会社って、艦隊までもっているんだ。しかもインド洋にまで軌道エレベーター《こんなもん》を作ってるなんて……。

「へ、へぇ~……そういう選択肢もあるんですねぇ」

『うん。基本的に対テロ用だけれどね。払い下げられた中古のイージス艦だから、けっこうな火力があるんだ』

「でも、地上からミサイルって、届くもんなんですか?」

『届くよ。ただコストがヴァリスでやるのの100倍くらいかかるらしいけどね』

「Oh……」

『上手くいけば良いんだけど……重力に従って落っことすより、重力に逆らって打ち上げるほうが面倒だからなぁ。大気もあるし……』

 セナ・ジン君はまるで他人事のようにぼやいた。

 わざわざインド洋からミサイルで撃つのは、太平洋上からではOEVに近すぎて間に合わないかららしい。今回のデブリは軌道が低めであることから、地上からのアプローチで処理できると判断したようだ。

「でもヒュー隊長、私達の装備確認してきましたよねぇ」

『うん、ヒューレットは信じてないのかもね。インド洋からのミサイル作戦が上手くいくって』

「それってどういう……」

『やっぱり僕らの出番かも……』

「……!」

 胸の奥で鼓動が跳ね上がるのを感じた。

 彼の言葉は、今、私が一番聞きたくないことベスト5に入るセリフだった。

『インド洋から発射されたデブリ処理ミサイルが、そろそろデブリに届くみたいだよ』

 無線通信に耳を澄ませていたセナ・ジン君が、私のぼやきを無視して言った。

 私はHMDに投影されたOEVを中心とした世界地図を拡大させた。

 そこにはデブリ・ウォッチャーから転送されてきたデブリUD018のコースと、インド洋から打ち上げられたデブリ処理ミサイルのコースが描き足されている。

 画面左上、北北東から画面右下、太平洋ど真ん中、パシフィカOEVへと下って来るデブリUD018に対し、後方より接近しているミサイルのアイコンが、今まさに追いつこうとしているところであった、そして……。

 誰が誰に対して言っているのか分かり辛い開放通信チャンネルから、事態がどのように推移しているのかを正確に把握するのは、未熟な私にはまだ困難であった。が、なお一層騒然としてきた無線から、どうやら洋上からのミサイルでの処理は、上手くいかなかったらしいことは分かった。

 HMDの世界地図上で、ミサイルは確かにUD018に命中した。しかし、デブリはコースを変える事無く、OEVに向かって飛び続けている。

『失敗しちゃったみたいだねぇ』

「そんな他人事みたいにぃ! 一体なんで上手くいかなかったんでしょう?」

『ふむ、どうやらミサイルはデブリに辿り着いたけど、デブリが想像を超えて重たかった上に、回転しまくってて、それを止めるので燃料を使いきっちゃったみたいだね』

 通信の中の会話から、セナ・ジン君には分かったことを教えてくれた。

「え、じゃあ二本目のミサイルは?」

『ケチって最初から撃たなかったっぽい』

「オオゥ……」

 ついさっき、ミサイルを一本無駄にしてデブリを処理した私には、やるせない話だった。

〔デブリ・ウォッチャーより全OEV関係者へ緊急! ミサイルによる処理失敗の影響により、UD018の予測コースが更新されました。新たなUD018の予測コース、後18分で高度120キロのOEV北北西20メートルから70メートル圏内を通します! 繰り返す……〕

 カーミラちゃんからの、新たな伝達。

 ミサイルは、デブリを引き摺り落とすことは出来なかったが、それでもコースには確実に影響を与えたようだ。最初に予測された時よりも、若干だがOEVへの最接近時の高度が低くなっている。

『さてユカリコ、ここで問題です』

「はい?」

『仮に、この先、僕らに出番があるとしたら何をさせられるでしょ~か?』

 ただの待機に飽き飽きしてきたらしいセナ・ジン君が、年相応の茶目っ気らしきものを発揮して尋ねてきた。

「えぇ~、やっぱ私が持ってるミサイルを、セナ・ジン君のライフルで狙って撃つんじゃないんですか?」

『そこなんだよなぁ……』

 私の答を予期していたらしいセナ・ジン君は、そう呟くと黙り込んでしまった。

 その数秒後、私は私の答の不備に気づいた。

 私達のライフルとミサイルの装備は、あくまでOEVのそばを通過したデブリを、後ろから撃って始めて効果のあるものなのだ。OEVに衝突する危険性あのあるデブリを、OEVの手前で安全に処理する為のものではない。

 秒速8キロのデブリを正面から撃てば、デブリはスピードはそのままに粉々になるだけだ。ひとかたまりのデブリより余程たちが悪い。

 故に、今回のUD018の処理に、私達が役立てることなど無いはずだった。常識的に考えれば……。

 もしそれでも、ヴァリスで正面からデブリを迎撃したいのであれば、私達じゃなくても、デブリの迫る高度120キロに、ソーラーパネルの移送の手伝いに駆り出されたエルカと一緒に、ゼルラ氏とマーティンさんのヴァリス二機がいる。

 私らよりもゼルラ氏らに任せた方がてっとり早い話だ。

『インド洋からのミサイル処理が失敗しても、うちらにできることなんてあるのかなぁ』

「……ひょっとしてセナ・ジン君、自分でも分かって無いのに、私に訊いたんですか?」

『僕はあんたよかヴァリス歴は長いけど、なんでも知ってるわけじゃないゾ。でも……』

「でも……なんですって?」

『隊長が訊いてきたってことは、覚悟はしておいた方が良いってことは分かる』

 そう言うとセナ・ジン君は、リフト形態のヴァリスを反転、フロントを地上に向けた。

 あああ~もう……、私は散々心配無いよなんて言っておきながら、自分だけさっさと覚悟を決めてしまう彼を、大そう恨めしく思いながら、仕方なく彼にならってヴァリスを反転させた。

 この体勢は恐ろしく怖い上に、コックピット何での姿勢の関係上、頭に血が昇って仕方が無いのだ。

「覚悟した方が良いのは分かっても、何に覚悟すれば良いのか分からなければ、覚悟のしようが無いじゃないですかぁ!」

『うん。でも何があろうと、どうせあと20分の辛抱じゃないか。こんなイベントを、こんな特等席からライブで見れるなんてラッキーと思っとけばいいんじゃない?』

「特等席って……」

 私は少年の肝の据わり具合にあきれた。こいつガキだけどプロだわ~……と。

 ――けど…………その瞬間、私は自分の思考の中で、何かが閃くのを感じた。

 何を閃いたのか? すぐには自分でも明確化できない。

 そう、確かセナ・ジン君の『特等席』という言葉に引っかかったのだ。

 確かに私達のいるここからでも、ヴァリスのカメラを駆使すれば、300キロ下で、OEVピラーのすぐそばを通過するというデブリを、良い感じに真上から見ることができるかもしれない……けど。

「真上……故に特等席……」

『ユカリコ…………どうかしたの?』

「セナ・ジン君!」

 私は思わず大きな声をあげてしまった。

「セナ・ジン君、え~とですよ。確かに、デブリを真正面から迎撃してしまったら、とんでもない速度差で、余計なデブリを増やすことになってしまいますよねぇ?」

『ああ、うん』

「ですけどですよ。仮に今現在、私達がいる高度420キロ弱から下向きにミサイルを撃ったとしたらどうでしょうか? なるべくデブリに対しOEV側から、デブリの鼻先を前上方から叩き落とすように」

 私は結構必死で考えながら言ってみたのだが、上手く言いたい事を伝えられたかは自信が無かった。

『うん、なるほど……その場合、デブリはやっぱり粉々になるだろうね。でも……』

 セナ・ジン君はそこまで言うと、途中でフリーズしたように黙り込んでしまった。

 その替わりに……、

〔ご明察!!〕

「わ!」

 突然、ヒュー隊長の顔のどアップがHMDに投影され、私は思わず悲鳴をあげた。

〔二人ともすまない。悪いが今すぐそこからピラーの北西壁面に移動して、そこから全速で下に向かってくれ。全速でだ!〕

 ヒュー隊長は命じた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る