何かの襲来と出会い
壁を壊した何かは、勢いを押さえきれずに横に吹っ飛んでいった。
その何かは壁にぶつかり、うめき声を上げて床に倒れこんだ。
そうとう強くぶつかったのだろう、その壁はへこみ、破片が床に散らばっている。
突然のことに驚き、動けないボクの視界に、最初に飛んできた何かの倍はある、一つの大きな影が映った。体中がごわごわした毛で覆われていて、手足には大きくて鋭い爪が生えている、獣の一種のようだった。
先程から唸り声を上げている口には爪と同じように鋭く尖った牙が生えていて、その牙には唾液とアカイ液体がこびりついていた。
その獣はボクには目もくれずに床に倒れこんだ何か————青年に向かって歩いていく。青年はうっすらと目を開けて睨んでいるが、当分動けそうにない。
まずい、脳内が警告をする。このままじゃ、この人は死んでしまう。助けないと、けど、どうやって……。
ふと、自分の左腕に目がいった。
なぜ見たのかは分からない。でも、何故かこの腕が使えると思った。
この腕は手紙に書いてあるように、植物だ。しかも何かのツタのような形をしている。ツタということは……もしかして……!
考えている間にも獣は青年のすぐ目の前に移動していた。
その目はギラギラと鈍い光を帯び、すでに理性は壊れてしまっている。
もう、考えている暇はない。
ボクは自分の可能性にかけた。
思いっきり左腕を獣に向けて払った。
「伸びろ!!!」
次の瞬間、さっきまで膝までの長さしかなかった植物が、一気に何メートルも伸びて———獣の頭を潰した。
辺りに血が飛び散る。
むっと部屋中に広がった鉄臭い臭いに、思わず膝をつく。
「うっ……」
ボクが口元を押さえて吐き気をこらえている間も、獣から流れる血が、肉が、床に流れて血溜まりを作り続ける。
まさか、こんなことになるとは思わなかった。せいぜい、気をそらす程度だと思っていた。
なのに、殺してしまった。
ふと、あの青年はと見ると、少し血で汚れてしまっていたけど、どうやら無事なようだった。
必死に吐き気をこらえて青年に近づくと、青年は驚いた顔をしながら口を開いた。
「お前は……誰だ……?」
「……わからない。でも、君の敵ではない、はずだよ」
しばらく黙っていたが、青年は頭をがしがしとかいた後、勢いよく立ち上がった。
「……大丈夫?」
「……おう、もう動ける」
青年は部屋を見渡している。
よく見るとその容姿はやはり普通とは違っていた。
少し跳ね気味の銀髪からは、同色の耳がはえていて、ときおりピクッと動く。
髪の間からは、黄金色の目が強い光を灯しているのがわかる。
そして、その手には獣のような鋭い爪が付いており、壊れた壁から入ってくる光に反射し、その鋭さを訴えかけてくるようだった。
青年はしばらくその場で部屋を観察した後、ボクの方を振り向いた。
「ここ、お前の家か?」
「……わからない」
「……記憶喪失ってやつか」
真剣な顔で黙りこんだ青年に、どう声をかけるか悩んで、そっと口を開いた。
「君は、誰……?」
「……あぁ、俺ばっかり質問してたらダメだな。俺の名前はルドルフ。ルドってよんでくれ」
「ボクは……さっきも言ったとうり、わからない。見た目的に答えられるのは、だいたい十代後半くらいの男で、左腕が植物みたいになっている、ってことくらいかな……?」
そう言うと、青年————ルドはボクを見て、それから壊れた壁の向こうを見た。
「なあ、お前ってさ、行くとこあんのか?」
「今のところは、ないかな……」
「じゃあ、一緒に来るか?」
外から風が吹く。
ルドの銀髪が揺らめいた。
「この部屋の外の、ずっと向こうへ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます