6話 マインカンプ -6
大佐は、応答のなくなったヘッドセットをダッシュボードに投げつける。各部隊の状況確認をするまでもない。
これほど強硬で強力な相手だとは思わなかった。
「計算というものが出来んのか、あの小娘は……」
大佐は毒づき、ハンヴィのアクセルを踏み込む。
装甲板で覆われた、いかにも鈍重そうな車体は驚くほど軽い加速を見せ、荒れたコンクリートの地面を物ともせず走り始める。
撤退しなければいけない。とにかくこのことを報告して、次の指示を仰がなければいけない。
一切の取引を受け付けず、脅しにも火力にも臆することなく猛然と襲い掛かる少女は良く出来た悪夢だった。
「あの小娘は、何者なんだ……何のために戦っているんだっ」
大佐が吐き捨てると、ポケットの携帯電話が鳴る。
ステアリングを片手で器用に操りながら電話を取る。
「誰だ?」
ハンヴィは既に広場を抜けて、木々のトンネルへと差し掛かっていた。
ヘッドランプの黄色い光線が丸く闇を切り取る。
電話口の声に、大佐は険しかった表情を一層険しいものにさせ、手負いの獣のように唸る。
「貴様……初めからそのつもりだったな」
怒鳴ることすら忘れて、押し殺した声で応じ、携帯電話をナビ席に投げ捨てたその時、ヘッドライトに軍服を纏い、長いブロンドの髪をなびかせた満身創痍の少女が浮かび上がる。
大佐はようやく怒鳴ることを思い出す。
「コケにしやがって!」
その声が聞こえたかのようにリートが視線を上げ、大佐のそれを交差する。
右手には身長ほどあるMG42を槍のように携え、左手は弾痕だらけの盾を抜かりなく構えている。そして、ヘッドライトの光線を受けて髪はまさしく金色に輝き、その中で燐光を放つ蒼い瞳が眼前の敵を射殺そうとするように睨み付けている。
そんな単語が脳裏に浮かぶ。馬鹿げた妄想だとは思えなかった。
アクセルを踏み込む。ディーゼルエンジンの粗野な咆哮が一層高まり、身体がシートに押し付けられるのを確かに感じた。
重機関銃を軽々と振り回す戦女神も一トン近い装甲車には敵うはずがない。
「全てが思い通りに鳴ると思うなよ!」
先ほどの電話の相手への呪詛をようやく口にした。
眼前に迫るのは妙に平べったい、どこか爬虫類を思わせる装甲車だった。
ヘッドライトのおかげで車内を見ることは出来なかったが、その進路から確実な殺意は見て取れた。
リートは装甲車のボンネットに正面から飛び乗った。そして、フロントガラスに銃口を押し付けて引き金を引く。
フロントガラスとフラッシュハイダーの間で弾丸が弾け、兆弾音が耳をつんざく。
元々残弾が少なかった所為でMG42は一瞬で弾丸を消費し、沈黙する。フロントガラスには弾痕が十ばかり付いているが貫通した様子はない。
ガラスの向こう側に息を呑み、血走った目で乱暴にステアリングが切る大佐の顔が見えた。
リートはとっさにボンネットにあるハンドルを掴み身体を支える。
装甲車のタイヤが悲鳴と白煙を上げ、ガードレール、フェンス、消火栓。あらゆる物にぶつけながらリートを振り落とそうとする。
その度にリートの小さな身体はボンネットの上で跳ね、ハンドルを掴んだ左手一本で辛くも持ち直していた。
リートは右手に握った、MG42を何とか背負って拳を自由にすると、装甲鉄拳を展開する。
全身に打ち身を作りながら、リートはその瞬間を待つ。
彼女の意図を悟ったのか大佐は一層激しく車体を揺さぶり、ぶつける。
何本目かのガードレールをスクラップにしようとした瞬間。彼女はハンドルを握り締めて身体をボンネットに押し付け、衝撃をうまくやり過ごす。
大佐が切り返そうとステアリングを切った瞬間。
彼女の右手に火が点いた。
装甲鉄拳が白煙を引きながらフロントガラスに突き刺さり、右腕が運転席に飲み込まれる。
身の毛のよだつ確かな手応え。
軍服が裂けるのも構わず強引に右手を引き抜きボンネットから転がり落ちる。
制御を失った装甲車はテールランプをゆらゆらと揺らしながら走り続け、やがてガードレールに接触しそのまま横転する。
「……終わった、全部終わった」
アスファルトにへばりついていたリートは軋む身体を何とか持ち上げながら呟いた。
その表情には、安堵の表情がありありと浮かんでいた。
横転した装甲車まで行って大佐の生死を確認しようとは思わなかった。
右手に残った頭蓋を打砕く感触と、装甲鉄拳にへばりついた頭髪と皮膚の残滓があの男の生死を如実に物語っている。
「やっと終わった……ユート」
すぐそばにいるかのように呼びかける。すぐに彼の元に戻りたかったが、すぐには身体が動かなかった。
「ユート、今から還る。ユート……」
MG42に体重を預けながら、彼女はゆっくりとアスファルトから体を引き剥がしにかかった。
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