6話 マインカンプ -3

 リートは長く続く上端に有刺鉄線の張られたフェンスの前に立っていた。彼女の背後には学校の白い壁が立ち、さらには街頭に照らされた住宅街が広がっている

 フェンスの向こう側には、長い月日をかけて枝葉を伸ばした木々に蔦や下草が複雑に絡み合った壁のような密林が広がっていた。

 一見ではこの場所がかつては整備された軍事施設だったとは思いもしないだろう。

 当時の面影を偲ばせる人工物は落ち葉の堆積したアスファルトの路面だけだが、これすらも先は木々の作り出す暗闇に飲み込まれ、この土地、キャンプドレイクが放棄されて久しい事を物語っている。

 リートは肩から下げたMG42の包みを留める紐を解く。キャンバス布が落ち、鉄骨のようなスチールが姿を現す。

 彼女はそのキャンバス布を振り上げ、鉄条網に絡ませ強く引く。鉄条網は小さな悲鳴を上げて歪み、リートはフェンスを蹴り登りキャンバス布によって生まれた鉄条網の隙間から敷地の中へと転がり込む。

 リートは着地の間も惜しむように立ち上がり、駆け出しながらMGのスライドを引いて初弾を装填する。

 ブーツの底に打たれたリベットがアスファルトを激しく叩き、硬質な音を響かせると共に火花が弾けて暗闇の支配する密林とリートの顔を陰影深く浮かび上がらせる。

 彼女は急いでいた。

 己の力のほかに頼るものがない以上、場の主導権を握る必要がある。

 その為には集結中の米軍部隊に先手を打ち、虚を突かなければならない。

 この場所から部隊を出撃させることはそのまま悠人達への危険を意味する。

 米軍の目的が自分にあるならば、彼らが行動を開始する前に自ら姿を現せば良い。

 敵前に我が身を晒す事は戦術として下の下だが、彼女の闘争方程式は十分に価値のある判断と結論付けていた。

 彼女にとって方程式の解ともいえる勝利とは、必ずしも生還を意味してはいなかった。

 彼女にとっての勝利とは米軍の手に落ちぬ事と、悠人達への危険を完全に排除する事の二点のみであった。

 もちろん悠人と共に生きる自らの命が、悠人と共に歩む自らの未来が惜しくない訳ではなかった。しかし、自分が悠人と一緒にいることによって彼に危険が及ぶ事があってはならない。

 僅かでも危険を孕むのならば、悠人の傍らにいる資格などない。

 彼の平和を壊してはならない。

 リートは木々の中にエンジン音を聞いた。低く唸るような、軍用車独特の音だ。

 目の前に忽然と空間が現れる。コンクリートで舗装された広場だ。

エンジン音はそこから聞こえている。車両らしい影も見えた。

 間違いない。

 彼女はMG42のグリップとバイポットを握り締め、広場へと飛び込んだ。その瞬間。

 リートを強烈な光が出迎えた。そして、首筋がむず痒くなるような嫌な感覚。

 銃口越しに伝わる殺気の感触だ。

 リートは踵を地面に打ち付けるようにして急停止する。

「ようやく対面というわけだ。パンツァリート」

 英語。

 男の声だ。

 昼間に聞いた声ではない。

 声の主の姿を探すが、強烈なスポットライトを正面から浴びせられている所為で直視できる状態ではなかった。

「ここに来たという事は、つまり我々の提案を呑むということだな?」

 リートは漠然とした違和感を声の主から感じ取っていた。

「出来ればうちのメッセンジャーを返して貰いたいな。あまり大胆な手管を使える立場じゃない事ぐらい、理解しているだろう?」

 違和感の元凶がなんなのか見極めるため黙っていた。そして、スポットを直視しないように気をつけながらあたりに視線を配る。

 強烈な光の中にいるリートから暗がりに潜む相手の数を正確に読み取る事は出来なかった。

 だが、明かりのおかげで建物の基礎の跡が見えた。かつて、この場所には大きな建物が会ったらしい。

その広さから考えて、ここにいる兵力は二個小隊程度だろうと予測した。

 彼我戦力比四十対一、想定よりも若干少ない数字ではあったが決して楽観視できる数字ではなかった。

 もちろん、他に伏兵や別働隊がいないとも限らない。そられが存在するとすれば、数字は更に悪化する。

「私に降伏はありえない。貴官に目的があるのならば、実力をもって遂行するが良い」

 光に向かってリートが叫ぶ。

 周囲から息を呑む気配が伝わってくる。小銃を構える僅かな衣擦れの音がちらほらと聞こえ出した。

「もう少し冷静な判断が出来ると思っていたのだがな。優秀なのは運動神経だけだったのか?」

 リートは嫌悪をあからさまにした。

 彼らがどの程度自分の正体に迫っているのかは不明だが、少なくともただの娘でない事は認識しているらしい。

「……言うと思うのか?」

「ただでさえ少ない手数を晒すほど馬鹿ではないわけか」

 リートは笑った。唇の端を持ち上げ、やぶにらみの蒼い瞳をらんらんと輝かせた、戦鬼の笑みだった。

「自分で自分の頭脳を褒めるほど図太くないのでな。私は貴官のように傲慢にはなれない」

「ははっ、面白いジョークだ」

 男の硬い笑い声が聞こえた。

「だが、傲慢はどちらかな? パンツァリート。これだけの銃口に囲まれてなお戦う気でいる。とても勝算があるとは思えないな」

「負けるために来たと思っているのか? 愚か者め」

 若干の間の後、気分を害したらしい男の声が聞こえた

「……私なら降伏するがね。我々とて悪魔ではない、悪いようにはしない。その話はウィリアムズから聞いているだろう?」

 聞いた事のない名だった。その音信不通のメッセンジャーの事だろうか、とリートは考えた。

 だが、彼の言う提案も気になる。

 何か決定的な情報を隠されている。しかし、今更旗色を変えるつもりも無かった。

 彼らが何を望んで己の前に立ったのか想像に難くない。

「貴官らはいつから救世軍になった? 私は私の情報の一切を貴様らにくれてやるつもりは無いぞ。それでも、悪いようにしないのか?」

「物分りの悪い娘だ。狙え!」

 鋭い声、一気に空気が殺気立つ。

 スポットに照らされたリートはブロンドの髪を輝かせながら周囲をねめつける。

「合衆国海兵隊兵士諸君、よく狙え。私は、速いぞ」

「最悪、殺してもかまわん。撃て!」

「ほら見ろ、それが貴様らの本性だ!」

 二つの声が響く。

 銃火が閃きリートは後ろへ跳んだ。

 彼女に狙い撃たれたスポットライトが火花を散らして爆ぜる。

 辺りは闇に包まれた。

 同士討ちを避けるためか、地上の銃火が途絶える。

 リートがブーツの底を擦り付けながら着地した瞬間に声。

「発見、撃て!」

 赤い曳光弾がリートの脇をかすめる。暗闇だというのに照準はかなり正確だ。

 対してリートはスポットを浴びていた所為もあってろくに敵の姿を見ることが出来なかった。

 それでもリートは曳光弾の赤が飛んでくる先へ向けて引き金を引いた。

 マズルブラストの花が咲き、チェーンソウのような高周波音が黄色い曳光弾と共に吐き出される。

 引き金を引いた時間は一秒にも満たなかったが、リートの体はMGの強烈な反動で僅かにずり下がる。

 再びリートのそばを銃弾が擦過する。

 マズルブラストに向けて撃ったとしても、その照準はいささか正確すぎた。

 彼女の経験から言って、星明りしかない暗闇でこれほど正確な射撃をするのは至難の技だ。

暗視照準器でも使っているか。

 彼女は駆け出した。長く足を止めるのは白昼だろうと夜間だろうと良い事ではない。

 再び銃弾が弾け、リートの軍服を焦がす。

「ヴァルターロケット点火、機関半速」

 喉のマイクを押さえて言う。

 左腕のスクリーンに了解の印字がなされた瞬間、彼女の背中を強烈な推進力が後押しした。

 リートは跳ぶ様に地面を蹴る。海兵隊員が一斉に引き金を引き、縦横に真っ赤な曳光弾が飛び交う。

 彼女は空中で体を捻り、横とびに跳びながら引き金を引く。

 黄金色の薬莢が渦を巻くヴァルターロケットの白煙に吸い込まれ、海兵が倒れる。そして、そのまま空中でロールをうつ。

曳光弾で弧を描きながら正常位に直ったリートが再び地面を蹴ると、前方に分隊の姿を見た。

「最大出力」

 増大した出力にリートの小さな体は完全に中に浮く。

「停止!」

 矢継ぎ早の命令に背負ったロケット装具は忠実なレスポンスで答える。

 兵士たちが自動小銃を構え、撃つ。

 無数の曳光弾が投網のようにリートの体を包み込む。空中にあるリートの体は無防備だが、速度が速すぎた。

 彼女の発砲を警戒して隊列の背後から透明な盾をもった兵士たちが現れ、前衛を掩護するために膝を突いて盾を構える。

 彼女に発砲する意思は無かった。

 隊列の目前まですっ飛び、一旦着地してタイミングを取る。

 身を縮めて弾丸をやり過ごし、加速の勢いを殺さぬまま今一度跳ぶ。

 最前列の盾を空中で引っ掴み、強引に進路を開きながら二列目で銃を構える兵士に 飛び掛る。

 間近に見た兵士は顔に赤いレンズのついた双眼鏡のようなものをつけていた。

 暗視装置だ。

 正確な射撃の秘密を明かしたところで、相手の銃口がリートへ向きかける。しかし、彼女は足首で払いのけてそのまま膝を突き出す。

 軟骨を押しつぶし、頭蓋を砕く感触が膝の骨を伝って体に響く。

 顔面を陥没させた兵士がリートの衝撃をもろに受けて血飛沫と共に仰向けにぶっ倒れる。頭蓋が砕け湿った破裂音を響かせた。

 リートはまだ盾を掴んでいた。

 持ち主もまた盾を掴んでいた。だが、掴んでいたというより、無理に捻られた腕が取っ手に引っかかっているといったほうが正しい状態だった。

 リートに兵士の腕を優しく取り上げる余裕はなかった。

 彼女は掴んだ盾を思い切り前へと振り出し、持ち主ごと地面に叩きつける。

受身の取れない兵士は無様に顔面からコンクリートに叩きつけられる。

「邪魔だ!」

 リートの怒声もむなしく、兵士はまだ盾に引っかかっている。

 彼女は兵士に構わず盾の上に着地する。

 硬質ポリカーボネイトの防弾盾はコンクリートとの相性が良かったらしく、リートの勢いを受けて地面を滑り出す。しかし、兵士は未だに引っかかっており、成す術もなく引き摺られている。

 リートはMG42の銃床を振り上げ、引っかかっている腕を打ちつける。

 一度。

 動物じみた男の声。

 二度。

 喉を吐き出すような悲鳴が短く聞こえた。

 腕をばらばらに砕かれた事で、ようやく兵士の手から盾が離れた。

 背後から銃弾が追い抜いてゆく。

 先ほど膝をくれてやった兵士と一緒にいた者だろう。

 リートは盾に乗ったまま上半身を捻り、滑りながら後ろを向いて発砲する。

 盾がコンクリートに擦れる破壊的な騒音のおかげでMGの銃声はそれほど大きく感じられなかった。

 発砲によりリートの上体が反った。

 その姿勢はそのまま盾への重心に変化して縁が地面に引っかかる。

 リートの体が浮く。

 考える前に手が出た。

 左手を地面に突き出し、そのままバック転をするようにして体勢を立て直す。そして、空中に飛んだ盾を掴む。

 体が停止するのと同時に盾の取っ手を腕に通し、バイポットを掴んで発砲する。

黄色い曳光弾が闇に吸い込まれてゆき、赤い曳光弾が暗闇から飛び出してくる。

 一発が盾にぶつかり、表面が大きく内側に撓む。しかし、弾丸は硬質ポリカーボネイトを貫通できずキノコ型にひしゃげて足元に落ちる。

 盾も白く弾痕が残っただけで、ヒビ等が入った様子はない。

 リートは一見玩具にしか見えない透明な盾の防弾性能に驚嘆した。

 強力だ。

 無敵というわけではないが、幾分勝機が見えた気がした。

 ぱらぱらという銃声に混じって、間の抜けた、ぼふんという発射音を聞いた。

「迫撃砲――」

 誰にともなく呟いた刹那。

「うわっ」

 突如襲ってきた爆風にリートは身を縮め盾の陰に隠れる。次いで右手に違和感。

 見れば軍服の腕が裂け、白磁のような肌は古釘で引き裂いたような醜い断面の裂傷を晒していた。

 音もなく伝った血液がウールの軍服に吸い込まれ不気味な色合いの染みを広げていった。

 再び爆発が起こる。

 今度はうまく盾に隠れることが出来たが、弾着はさっきよりも近くなっている。

 構えた盾に破片の突き刺さるかちかちという音がリートの神経を逆撫でした。

 彼女は透明な盾の内側から辺りをうかがう。

 恐らくライフルグレネードの類だろう。彼女はそう分析した。

 しかし、実際に使われたのはグレネードランチャーだった。

 ライフルグレネードもグレネードランチャーも小型の榴弾を装填し空砲で打ち出す歩兵用の対戦車火器だ。

 前者は小銃に取り付けて撃ち出す簡便な兵器だが、後者はそのために開発された専用の発射装置を指す。

 装甲目標に劇的な威力を発揮する事はないが、近距離での歩兵戦闘では文字通り劇的な威力を発揮できた。しかし、銃弾よりも遥かに重い炸薬を効果的に飛ばすには放物線を描くように弾頭を撃ち出さなければならない。

 照準にはある程度の熟練を要し、暗闇でその修正を行うのは難しい。

「やはり、暗視装置か。七十年でずいぶん優秀になったな」

 三発目の爆風を受けながら彼女は呟いた。

 彼女の知る暗視装置は巨大なバッテリーを背負っているにも拘らず、数十分間あたりがぼんやりと見えるようになるだけの代物だった。

 いつまでも盾の後ろに隠れていては駄目だ。

 頭脳の戦術的な部位が警鐘を鳴らす。

 彼女は痛む右手に力を込めて、その指先が正常に動くか確かめた。

 傷力を込めると口が疼き、血が湧きだすが運動そのものに支障はなかった。

 この攻撃は戦闘の基本ともいえた。

 まずは砲爆撃で敵を釘付けにする。

 その間に制圧部隊である地上軍が前進、ないし突撃の準備をする。

 この飛来するグレネード弾はまさに歩兵突撃を前にした準備砲撃だ。

 この場に留まれば、次に何が来るか想像に難くない。

 いくら強力な機関銃で武装していると言っても所詮は一丁だ。包囲され一斉に狙われたらひとたまりもない。

 リートは背後を一瞥する。そこだけ描き忘れられたような密林の暗闇がそこに広がっていた。

「ドイツ式の闘争を教育してやろう」

 四発目の弾着を確認してリートはあたりに弾丸をばら撒く。

 無秩序に曳光弾が飛び回るのを見届け、彼女は深淵の森へと駆ける。

「逃げたぞ、追え!」

 海兵の怒鳴り声を背に聞き、獰猛な笑みを浮かべながらリートはブッシュの中へ飛び込んだ。

 背後から銃声が聞こえたがよほど小口径の弾丸を使っているのか、ほとんどが濃いブッシュを貫通できず、例の嫌な擦過音は聞こえなかった。

「そんな豆鉄砲で戦争など出来るものか」

 七十年前の用兵思想しか持たないリートはあざけりの言葉を呟く。

 程なくして銃声が止む。

 リートは木の根元に身を縮めて様子を伺う。

 視覚は全く当てにならなかった。彼女の夜間視力はちょっとしたものだが、辺りに全く明かりがないのではどうしようもない。

 リートは両手を耳に軽く当てて音を探るがMG42の暴力的な銃声のおかげで大分聴覚が麻痺している事に気付いた。

 脳の奥が軋んでいるような耳鳴りに彼女は表情をしかめる。

 だが、視界が利かない以上音を聞き取るしかない。

「…………」

 木々の密度が濃すぎて、あたりに全く風はなかった。

 それほど暑い夜ではなかったはずだが、彼女の首筋から汗が伝い、軍服の襟に吸い込まれる。

 やたらに汗を掻くのはきっと気象条件だけが原因ではないはずだ。

 不意に、彼女の頭上を赤い点が横切る。

 なんだ?

 赤い点はまるで何かを探すようにゆらゆらと行き来している。

 それは、兵士が索敵中に行う目配りに似ていた。

 暗視装置の変種か。

 彼女の分析はあながち間違っていなかった。

 赤い点の正体は分隊のポインマンがアサルトライフルに付けるレーザーサイトの光点だった。

 光点の往復する間隔が次第に狭くなってくる。そして、僅かに草の動く音が聞こえた。

 海兵が近づいている。

 リートの頭脳が回転を始め、戦術を組み立てようとするが頓挫する。先方の人数がわからなければ戦術も何もあったものではない。

 もちろん敵情などわからなくても戦う事は出来る。しかし、それで勝つ事は難しい。

 自身の復讐と悠人の安全のために決死の覚悟ではあったが、すすんで敗北するつもりはない。

 ただでさえ情報が不足しているこの状況で、更に自分を不利にする必要はない。

 リートは木の根元から這い出て、背の高い草越しに赤い光点の発信源を見やる。

 赤い点が目立つばかりで、その背後に控えているはずの兵士の姿はほとんど見えない。

 舌打ちしかけた瞬間。海兵の声が届く。

「いたぞ!」

「くそっ!」

 リートは当初とは違う意味で舌打ちした。

 人間の眼球は少々のブッシュなど物ともしないほど強力に赤外線を反射する事を彼女は知らなかった。

 銃声とともに木々が弾け、草が吹き飛ぶ。跳弾した曳光弾が縦横にリートの眼前を飛び回る。

シュバイネル畜生!」

 罵る。

 黙り込んで耐えるよりもわめき散らしたほうが逆に落ち着く。

 リートは伏せたまま、飛んでくる曳光弾に向けてMGの引き金を引いた。

 盛大なマズルブラストがリートの青ざめた顔を照らし出し、黄色い曳光弾がブッシュを引き裂く。

 米軍の五.五六ミリ弾はブッシュを貫通できなかったがMG42の七.九二ミリ弾は余裕を持って貫通できた。

 海兵が怯み、MG42の排莢口から最後の薬莢が飛び出す。

 リートは走った。

 数の不足は常に移動し有利な射撃位置を占めることで補うしかない。

 横合いから海兵の声がした。

 先ほどの銃声と曳光弾を見られたのかもしれない。

 リートは舌打ちして、銃声の方向へ盾を構える。

 盾が被弾し、ぼごんというくぐもった音に彼女は顰めた眉を一層顰める。

 バランスを崩しかけたリートはたたらを踏んで姿勢を戻す。

 行き足が鈍った所為で次々に弾丸が殺到する。

 透明な盾が見る間に弾痕に覆われてゆく。

 角度の所為か弾ききれなかった弾丸の一発が、硬質ポリカーボネイトの表面に突き刺さる。

 リートはその瞬間、息を呑んだ。

 早く、状況を打破しなければならない。

 二十秒間弾丸を凌げる場所があれば、MGのマガジンを交換し反撃に転ずる事が出来る。

 だが、見渡すばかりの木々は弾丸を凌ぐにはあまりにも心もとない。

 探せ。遮蔽物を探せ。

 被弾の衝撃でよろめきながらもリートは足を止めず、眼球をしきりに動かしてあたりを走査する。

 視界の端に、蔦の絡んだ壁が見えた。レンガ造りの建造物のようだ。

 逡巡している余裕はなかった。

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