5話 飯事の終わり -3
米軍標準の緑色をしたカーペットが敷き詰められた執務室に、ノックの音が響いた。部屋の主である大佐はドアに向かい「入れ」と命じる。
彼の背後にある窓からは横田基地の飛行場が見渡せた。今も一機の輸送機が駐機エプロンから滑走路へ向かいタキシングを始めていた。
「同乗者の詳細なデータと、機体の履歴がわかりました」
入ってくるなりウィリアムズが告げた。そして、小脇に抱えたマニラフォルダを広げ大佐のデスクに置く。
「どちらから説明します?」
二つの資料を並べてウィリアムズが問う。
大佐はまずMe262―HG3と見出しのついた資料を指差す。
「こちらは簡単に言ってしまえば、ナチスドイツの開発した超音速戦闘機です。攻撃機と言ったほうが良いかもしれませんな」
「超音速戦闘機? 四七年が最初だと……」
大佐はそこまで言って言葉を切る。既に、自分の知る歴史や常識の通用しない事件に首を突っ込んでいる事を思い出したからだ。
とにかく最後まで報告を聞こう。大佐はそう思い直し、先を促した。
「Me262攻撃機を改造したのがHG3です。これが三面図のコピーです」
ウィリアムズが資料の中から一枚引き出してみせる。
確かにMe262とは形がだいぶ違った。そして、大佐はこの機体に似たものを見たことがあった。
「ナイトホークに似ているな。エンジンの配置や主翼の形がそっくりだ」
確かに似ていたが、ステルス性などを考えていないHG3の方が胴体に丸みがある分、生物的なシルエットに見えた。
胴体に収納されたジェットエンジンに涙滴形のキャノピー。そして、鋭角的な後退翼と大きな垂直尾翼。
音速を超える現代の戦闘機と類似した点も多い。
「当時のスカンクワークスがパクったのかもしれませんな――その辺も調べてみますか?」
彼の冗談に大佐は「いや」と軽く首を振って応じる。
ステルス機を開発したロッキードの設計チームが、あくまで通常のジェット機でしかないHG3を参考にしたとは思えないが、言われてみれば納得してしまいそうなほどF117とHG3は酷似していた。
「それでこの機体ですが公には計画段階で終戦を迎え、日の目を見なかった機体という事になっていますが、一度だけ飛び立ったところを目撃されています」
「どこで? 誰が?」
「ノルウェーのドイツ軍兵器研究所からです。急襲した我が軍のレインジャー部隊が、見たことのない戦闘機がレールの上を滑走して離陸したと報告しています。証言を総合すると、このHG3に間違いないようです」
「ふむ」
大佐は小さく唸る。そして、浮かび上がった疑問をぶつける。
「その研究所は何を研究していた?」
「大々的にやっていたのは通信や対レーダー技術といった電波技術です」
「つまりステルス技術か」
「アクティブステルスの研究をしていたようです」
形状や材質によってレーダー波の反射面積を低減させる通常のステルスと違い、アクティブステルスは自ら電波や電磁波を発し、レーダー波を相殺するステルス技術を言う。
通常のステルスがあくまでも相手のレーダーから見えにくくする技術であるのに対して、
アクティブステルスは相手のレーダー上から完全に消え去る技術だ。
「その、アクティブステルスは完成していたのか?」
大佐は問うた。非常識な出来事に大分慣れて来ている自分に気づいた。
「我々と同じ失敗をしたようです」
「我々、とは?」
嫌な予感がした。戦中に行われたという実験の名が脳裏をかすめる。その名は、
「モントークプロジェクトですよ。彼らのアクティブステルスはそのままフィラデルフィアレーダー無効化実験と同じものだったようです」
一九四三年、フィラデルフィア海軍工廠で電磁場発生装置と発電機を搭載した駆逐艦エルドリッジがレーダーから姿を消す実験を行った。
この実験の主旨は艦船を強力な電磁場で覆って意図的に電波障害を引き起こし、レーダー波を撹乱させることを目的としていた。
この一連の計画をモントークプロジェクトと呼び、駆逐艦エルドリッジを用いて行われた実験をフィラデルフィア実験と呼んでいる。
合衆国が七十年間、頑なに否定し続けている実験である。
「…………」
大佐は苦々しい顔でウィリアムズを見上げた。
ウィリアムズのほうは「そんな顔をしないでくれ」といわんばかりに軽く肩をすくめた。
「つまり、アクティブステルスの実験に失敗してHG3とその乗員は二〇一六
年にタイムスリップしてしまった、と?」
「当時の資料をあたった限りでは、そう考えるのが妥当かと。――HG3も離陸した途端消えてしまったそうですし」
「フィラデルフィアの実験のように?」
「光に包まれ、忽然と……」
「では、いつか元の時代に戻るんじゃないか? それこそフィラデルフィアの実験のように」
そう、実験に供されたエルドリッジは実験開始直後、レーダー上はおろか実験に携わった全ての人間の前から忽然と姿を消し、――その間にエルドリッジは瞬間移動したともタイムワープしたとも言われている。――数分後に再び姿を現したと言われている。
そういった意味を持つ大佐の言葉にウィリアムズは〝秘密基地〟の場所を聞かれた子供のような表情で首を振る。
「彼らのアクティブステルスと我々のモントークプロジェクトは一点だけ大きな違いがあるんです。我々は対象に電磁場を発生させる方法をとりましたが、彼らは電磁場を対象に纏わせる方法をとったようです」
「……つまり、七十年前の誰かが向こうでスイッチを切ったとしても件の乗員が過去の世界へ帰ってしまうということは無いんだな?」
モントークプロジェクトなどといういかがわしい実験に興味は無かった。大佐が最も興味を引いたのは同乗した女性の遺伝子情報だった。
その貴重な遺伝情報の持ち主が突然もといた世界に帰ってしまわない事を確認できれば十分だった。
「無い、と思われます」
大佐は目に底の知れない、獰猛な肉食獣を思わせる野心に満ちた輝きを宿していた。
ウィリアムズは一瞬だけ軽蔑するような表情を浮かべたが、目の前の事実に興奮しきった大佐はそれに気付かなかった。
「……本国と四軍司令には調査中とだけ報告しておけ、この件は私が指揮を執る。わかったな?」
四軍司令、日本に駐留する陸海空。そして、海兵隊を統合する在日米軍の最高司令官だ。
彼の言葉は合衆国への反逆にも等しい。
ウィリアムズが答えないことに、大佐は苛立ちを隠さずに睨みつける。
「復唱は?」
「了解しました」
「よろしい」
あまりよろしくなさそうな表情で言った。そして、DNA鑑定の詳細な結果とアナリストの報告を纏めた書類へ視線を落とす。
「防衛省の様子はどうだ?」
「一応、協力的ではあります」
大佐は信じていない様子で頷いた。もちろんウィリアムズの言葉ではなく、防衛省の対応についてだ。
「この女の所在を確認しろ。我々で身柄を押さえる」
「はっ」
ウィリアムズは反射的に踵を合わせ敬礼すると、大佐に背を向け退室する。
執務室の扉に手をかけたとき、ウィリアムズは口元に笑みを浮かべていた。
ようやく大佐がその気になった。
ある意味で純粋な大佐に、多少罪悪感を覚えながらも彼の心は喜びに踊り始めていた。
ようやく全てが動き出すのだ、と。
彼は書類を持ち上げた。
遺伝子情報から導き出された外見的な形質に興味はなかった。彼が最も興味を引いたのはアナリストによる報告だった。
そこには驚くべき報告がなされていた。
髪の持ち主は代謝が非常に活発であることと、筋肉分化遺伝子の数が通常のヒトDNAより若干多い事が取り上げられていた。
報告の最後には半ば「感想文」に近い形でこう締めくくられていた。
――以上の報告を鑑みて、髪の持ち主は非常に高い身体能力を有する形質を持っていると結論付ける事ができる。
その身体能力を具体的に現すとすれば、トップクラスの陸上選手を一として、三から四という数字を当てはめる事ができるだろう。――
「これを、これさえ手に入れれば、党の再興が叶う。ナチスの作り出した芸術作品をなんとしても我々の手中にしなければ……」
大佐は、思わず呟いていた。それは、神を称える祈りの言葉にも似た響きだった。
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