5話 飯事の終わり -2
週末、悠人たちは繁華街へ繰り出す事にした。目的はリートの衣類を買うためだ。
今日の外出の目的を知ったリートはやんわりと断ろうとしたが、光と陽子に説得されてついに折れた。
いつもどおり、襟の硬いワイシャツに緑灰色のスカートと黒光りする乗馬ブーツのリートが悠人の目の前に居る。
金髪碧眼の少女は宣伝の為に高い天井からつるされた清涼飲料水の巨大な模型と、丸い人造大理石の柱が立ち並ぶ乗換駅のコンコースでは目立ちすぎた。
行きかう人並みのほとんど全てがすれ違いざまにリートを一瞥してゆく。
そばに光も智彦も居るのだが、悠人はなんだか居心地が悪かった。
「……私は目立っているようだな」
リートがポツリとこぼした。元々の目付きのおかげで良くわからなかったが、どうやら自分へ向けられる視線が面白くないようだ。
「外人も増えたけど、やっぱり目立つからな」
「悪意がないのはわかるが、あまり注目されるのも少し不愉快だ」
悠人はこれからのことに少しだけ憂鬱になった。
人形的な美貌を持つリートと、立っているだけで目立つ大美人の陽子が合流するのはかなりの注目を集める事だろう。
彼女たちはもちろんの事、悠人や智彦も例外ではない。
どちらかといえば野暮ったい人間だと自覚している悠人は注目を集めながら彼女たちと並んで歩く自信がなかった。
「お姉ちゃんからメール返って来ないんだけど」
「今地下鉄じゃないのか? 陽子さんいつも地下鉄使ってるだろ?」
「学校出たってメールが十分前だから……」
「なら、もう十五、六分かかるな。なんだったら電話かけてみるか?」
智彦と光がそんなやり取りをしているのが耳に入った。
光は平均的な身長のおかげで、姉ほど目立つ事はないが、やはりそれなりに美人で、着るものにも気を使っている。
野暮ったさでは自分に引けを取らないと思っている智彦に至っては、あまり他人を気にしないわが道を行くタイプだ。
野暮ったい上に小心な自分に小さく溜息を吐いた。
「ユートこそ、憂鬱そうな溜息を吐いているじゃないか。私の服選びに付き合うのは退屈か?」
目ざといリートの意味深な言葉に悠人は慌てて首を振る。
「別にそういうわけじゃない」
彼女の買い物に付き合うと言っても荷物持ち以上の役目が果たせるとは思えなかった。だが、退屈そうだとは思わなかった。
彼の溜息はその部分に原因があることではない。
「じゃあ、なんだ?」
「そ、それは……その」
リートと一緒に買い物に行くのが恥ずかしい、などと言えるわけがない。
第一おこがましい。別に彼女は自分のために服を選ぶわけではない。かと言って適当な言葉で取り繕おうとしてもしっくり来る言葉が見つからない。しかし、この場を乗り切るために何か言わなければならない。
「陽子姉さん遅いなぁ、って」
「そうか」
リートは悠人の内心を見透かしたように笑みを浮かべた。
「なんだよ、それ」
「なんだという事はないだろう。ヨーコが遅いから溜息を吐いたのだろう? それとも、何か別の意図があるのか?」
「う……」
悠人はまた言葉に詰まる。
完全に手玉に取られている事を知った。これ以上は本格的に墓穴を掘りかねない、と悠人はたじろぎながら理解した。
墓穴に嵌りかけている悠人を見るコバルトの瞳には、好いた相手を困らせる事に悦びを見いだす少年のような無邪気な輝きが宿っていた。
本当の少年のような不器用さがない分、彼女の瞳は蠱惑に見えた。
悠人の中でリートの存在が変わり始めていた。
「そうだ、リートちゃん。どんな服が欲しいか決めた?」
不意に光が話題を振る。
「あの本は、色々ありすぎてよくわからなかった」
買い物に行く事が決まった段階で、光はリートにティーン向けのファッション誌を渡していた。
あの本とはそのことを言っているのだろう。
「どういうものが似合うのかも、私には良くわからない」
「向こうで普段着てたものとか、ないの?」
光が信じられないという表情で問い返す。すると、リートは困ったような苦笑いを浮かべた。
「着ていたものはあるが、自分で選んだ事はないんだ」
「どういうの着てたの?」
「……そうだな」
言ってリートは、人ごみの中から似た服を探そうと見渡す。
「あんな服を着ていた」
彼女は大きなネクタイを締めワイシャツにスラックスというどちらかといえばシックな服装の少女を指差した。しかし、その隣には黒を基調とし、裾の広がった袖とふんだんにレースを使った、ゆったりと広がるスカートを身に纏った髪の長い女性が居た。
「ああいうお人形さんみたいなの着てたんだ」
光が少し驚いたように言い、智彦が会話に参加する。
「ゴスロリかぁ、リートは金髪だし似合いそうだよな」
「でしょ? ゴスロリのお店って、地下街にあったわね……」
「違う、アレじゃない」
早速頭の中でリストアップを始めたらしい光に、リートが訂正を求める。
「別に恥ずかしがらなくても良いじゃない。リートちゃんなら似合うって」
しかし、一度信じ込んだ光はなかなか訂正を受け入れてくれそうにない。
後から会話に入った智彦には援護を頼めそうにないと思ったリートは悠人の方を向く。
「ゴスロリ、似合うんじゃないか?」
悠人は彼女が何か言う前に退路を断ってやった。先ほどからかわれた事へのささやかな復讐だ。
リートの眉がむむむ、と危険な角度へ近づく。対照的に悠人の口元がにへらと歪む。
「ほら、悠人君もそう言ってるじゃない」
光がリートの顔を覗き込むようにして言った。リートの表情を似合わない物を押し着せられる事への不快感から来るものだと思ったらしい。
彼女の想定はある程度正しいが、百点満点というわけではない。
「リートちゃんは昔着てた服が嫌だった?」
「別にそういうわけではないが……」
リートの表情は確かにまんざらでもない様子だったが、誤解を訂正したいという気も多分にあった。
「あ、来た」
今一度光に説明しようとした矢先に智彦が声を上げる。
地下へと続く階段から小走りに駆けてくるTシャツ姿の陽子が見えた。
「遅いよ、お姉ちゃん」
「アンタ達が速く来過ぎよ。アタシはちゃんと時間通りに来ただけ。それで、行く店とか決めたの?」
「リートちゃんが、ゴスロリみたいなの着たいって」
「いや、だから……」
一行の最初に行く店が決まった。
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