4話 調査は踊る、されど進まず -5

 乱暴に扉が開いた。

 大抵の事には驚かない自信のあった三佐だがその音には驚いた。

「騒々しいな」

 若干心拍のあがった心臓を押し隠しながら彼は問うた。

 正面にいるのは相変わらず既製品のスーツを着た野村だった。

「米軍さんに動きがありました」

「ほう?」

 好奇心を押し隠した声で応じる。しかし、このポーカーフェイスも野村にはあまり効果がないのか、彼の目は悪ガキそのままの光を放っていた。

「墜落した機体から採取した髪の鑑定結果が出たようです。ブロンドの女性、年齢は恐らく十代。恐らくゲルマン系――」

「ずいぶん曖昧だな。もっと歯切れの良い報告はできないのか?」

 三佐はじろりと睨むように野村を見上げる。すると、野村は待ってましたとばかりに、

「――そこがポイントなんです」

 と続けた。

「どうも髪のDNAがいわゆるゲルマン人のDNAと一致しないようです」

 彼はポケットからデジタルカメラ用のSDカードを取り出し、デスクに置く。

 三佐はノートパソコンに接続されたリーダーのスロットにSDカードを差込み、モニターを見る。

 立ち上がったウィンドウにサムネイルが次々と現れた。どれも、何かの書類を直接撮影したものらしい。

「これをどこで手に入れた?」

「個人的なヒューミント人的情報源からです」

「そうか……」

 この部署は情報収集を担当する部署だが、表向きはシギント信号情報のみを扱う事になっている。だが、通信傍受や偵察衛星だけでは充分な情報収集はできない。

 三佐もその事はよく知っているので、それ以上は追求しなかった。

「その画像に詳しい報告があるはずですが〝彼女〟の遺伝情報は人間のものと少し違うようです。ヒューミントの話では人為的な操作が加えられたのだろう、と……」

 三佐は野村の正気を疑うように眉を顰める。

「で、そんなメンゲレ博士みたいな事をしようとしたのは誰だ?」

「……メンゲレ博士の弟子かもしれませんね」

 相変わらずの軽口だったがその表情は至極真面目だ。

 メンゲレ博士はナチスドイツ時代に優性論を確固たるものにするべく、様々な非人道的な人体実験を行ったとされる医師の名だ。

「今更優性論を持ち出すようなネオナチの仕業か?」

「ネオは余計です。ナチですよ。米軍は本気で墜落物体が七十年前のナチスドイツからタイムワープしてきたものだと考えているようです」

 三佐は今度こそ天を仰いだ。張り詰めていたものが盛大な溜息となって漏れてゆく。

「まるで水曜特番だな。担がれたんじゃないのか?」

 水曜特番という言葉に野村は全く反応を見せなかった。

 三佐は野村が水曜特番を知らない世代らしいことに気がついた。

「……確かに、冗談と笑われても仕方ないと思っています」

 野村は珍しく真面目な表情と声で言った。

「ですが、一番辻褄が合う事も確かです。三佐も覚えておいででしょう? 墜落した物体がどうやって現れたか」

 言われてみれば確かにそうだ。

 世界でも指折りの性能を誇る早期警戒レーダーが、その接近を全く察知できなかったのだ。しかも、機影は忽然と高空に現れた。もちろんECMなどの痕跡は確認されていない。

 三佐は小さく唸った。

 確かに、辻褄は合うかもしれない。だが、そんな荒唐無稽な話に頷いてしまうのが恐ろしかった。

 彼の現実主義にタイムスリップという現象は含まれていない。

「……」

「あと、先日、ウチ防衛省の正門にブロンドにブルーの瞳の女の子が来たらしいんです」

「……まさかその娘が、ナチスドイツがどうのこうの言った、なんて言うつもりじゃないだろうな?」

「言うつもりですよ」

 三佐は後退気味の額に手を当て、もう一つ溜息を吐いた。

 彼は彼なりに確信があるからこそこうして報告に来たはずだ。三佐はその事を思い出した。

 彼の手に入れた情報が欺瞞情報だとしても、それが欺瞞情報であることを確かめなければならない。

「その少女の所在を探れ。お前の情報のウラを取れ。必要なら別の部門に応援を頼め」

「了解しました」

 三佐の厳しい表情と声。野村の返答もそれに劣らないほど厳しいものだった。しかし、彼の瞳は自説を支持してくれた上司への感謝の色が確かにあった。

 踵を返すのも早々に野村は携帯電話を取り出してオフィスを去る。

 部屋に残された三佐は今一度パソコンのモニターを見やる。画像ビューワーのウィンドウには相変わらず書類が写っていた。

 英文が全く読めないというわけではないが、やはり正確な翻訳文が欲しかった。

 思い立った三佐は受話器を上げ、内線のボタンを押した。

 相手が出るまでの数秒間に、彼は二次大戦中日本とドイツが同盟国だったことを思い出した。そして、大日本帝国の思想を連綿と受け継ぐ自衛隊内の集団に思い至る。

 ナチスの残党、ネオナチではなく本当の残党と手を組み、帝国の再興を願う新しいナショナリストたちの存在。

 〝アーリア人〟と黄色人種。ナチスのテーゼからはかけ離れているようにも思えたが、彼ら同士のつながりは確かに報告されていた。

 七十年前からやってきた戦闘機。

 これが、彼らの行動に影響を与えるのではないか。

 三佐の脳裏に一抹の不安がよぎり、同時に解決の糸口を見た気がした。

 穏便というわけではないが、比較的穏やかに解決できるかもしれない。

 その為には本格的な行動に移る前に野村にもう一度話をしなければならない。

 三佐は頭のメモ帳に書きとめた。

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