4話 調査は踊る、されど進まず -2

 水銀灯に照らされた格納庫には大小さまざまな金属片が搬入され、一面に敷かれたブルーシートの上に一点づつ並べられていた。

 格納庫のほぼ中央には航空機の胴体らしい部品が鎮座している。

「これが、例の墜落物か」

 アーミーグリーンの制服に身を包んだ男が静かに問う。階級章によれば大佐ということになっている。

「はい、大きい残骸はあらかた回収しました。細かい残骸の回収はまだですが、二、三日中には完了するでしょう」

 つい最近配備されたばかりのデジタルカモフラージュの迷彩服を着た男が答える。技官なのか階級章は付けていなかった。

 左胸に縫い付けられた名札によればウィリアムズというらしい。

「私を呼びつけたのだ。それなりの収穫があったのだろうな?」

「……驚きますよ?」

 ウィリアムズは悪戯っぽい笑みを浮かべてみせる。

 ウィリアムズはそのまま「どうぞこちらへ」と言葉を残してハンガーの中を悠々と進み始める。

 ハンガーには同じ迷彩服を着た兵士たちが並べた部品のリストを作ろうとあちこちで動き回っている。

 そういった男たちと比べると、ウィリアムズはどうしても見劣りしてしまう。

 肩幅は狭く、色も白い。そして、何より歩き方が違う。

 軍人の歩き方には特徴がある。彼にはそれが全くない。だが、足取りそのものははつらつとしたものだった。

 まるでおもちゃ屋の棚を見て歩く子供のようだと大佐は思った。

 程なくして、大佐はハンガーの一画にあるパーテーションで仕切られた簡素な部屋へと通された。

「正直なところを申し上げれば、まだ報告できることはほとんどありません」

 扉を閉めるなりウィリアムが切り出した。締め切ってしまうとパーテーションの中は驚くほど静かになった。

「……何を見つけた」

 大佐は問いを重ねる。

 言い訳を聞きに来たのではないし、ウィリアムズにしても言い訳をするために自分を呼んだ訳ではないはずだ。

「これです」

 ウィリアムズは奥にあるロッカーから大降りのビニール袋を取り出し、ステンレス製の台に置いた。

「搭乗員の遺留品です」

 ウィリアムズの言葉に、大佐は若干緊張した面持ちでビニールを開き、中身を取り出す。

 まず、青灰色をした軍服の上衣が姿を現す。腰の部分は細く、袷の部分は鋭く、深い。そして、もう一つは乗馬ズボンだった。だが、膝から下の部分がなくなっている。

 膝の部分をよく見れば、焼き切られたように焦げて煤がついている。

「ご覧の通り、本物のルフトヴァッフェドイツ空軍の軍服です」

 それは、大佐も見てすぐにわかった。だが、問題はそんな事ではない。

「これの持ち主はどこだ?」

「いません」

「何だと?」

「コックピットにはその軍服以外落ちていませんでした」

「無人だったのか?」

 ウィリアムズは小さく頷いた。

「人間がいた痕跡すら残っていませんでした。残っていたのは、その軍服だけです」

 我々が到着する前に軍服を捨て、脱出したとは考えられない。

 大佐はそう分析していた。もし逃げ出せたとしたらそのパイロットは膝から下がないことになる。

 過去には両足が義足のパイロットもいたが、それは特殊な例だ。

「それで、機体の方は第二次大戦中のドイツ機で間違いないのか?」

 とりあえず解決できない問題を先送りにし、大佐は次の疑問をウィリアムズへぶつける。

「あー、はい。これは間違いありません。間違い無く一九四四年前に作られた新品の機体です」

 ウィリアムズは、件の軍服が入っていたロッカーの隣の扉を開けながら答え、マニラフォルダを手に振り返る。

「俄かには信じがたいな……」

 大佐が渋い表情を作ると、ウィリアムズは対照的に笑みを浮かべた。

「私だって信じられません。ですが、計測の結果はそうとしか考えられないんです」

「計測が間違っている可能性は?」

「十分に検討しました」

 大佐の問いにウィリアムズは簡潔に応じた。それ以上の言葉は必要なかった。

 大佐自身、言ってから少し後悔した。そんなことは真っ先に調べるはずだ。それでもなお同じ結果が出たからこそ、こうして直接報告をしているのだ。

「――それで、さっきのパイロットの件なんですが、どうやら同乗者がいたらしいんです」

 ウィリアムズは言いながらステンレスの台にマニラフォルダの中身を広げる。

 現場検証のときに撮りまくった写真の一部だとすぐにわかった。

 それは、コックピットの部分を写したものだった。

 細長い風防から、この機体が複座機だったことはすぐにわかった。そして、後部座席の風防が開いている。

 大佐は二枚目の写真へ視線を移す。

 後部座席を大写しにしたものだった。ただ、座席を置いただけの簡素な座席だった。

 普通、複座機の後席には副操縦士が乗り、レーダーや兵装関連の操作をパイロットに代わって行うことになっている。

 三枚目は前席。操縦席を写したものだ。撮影のために風防が開けられていた。

 こちらは雑多な操縦装置類と持ち主のいなくなった軍服が座席でぐったりとしているのが映っていた。

「わかりますか?」

 ウィリアムズが問う。

 大佐は黙ったまま、二枚目と三枚目の写真を今一度見直す。

 それぞれのハーネスが気になった。

 後席のハーネスは外れていた。まるで慌てて逃げ出したように、バックルが機体の外へ引っかかっている。

 一方操縦席のハーネスは締められたままだった。持ち主のいない軍服はハーネスの中でぐったりしている。

 つまり、これは、

「パイロットはいた。しかし、消えた。文字通りな。そして、後席の乗客は機外へ逃げ出した……」

「私も同じ結論です。ちなみに、後席からは長いブロンドの髪が見つかってます。今、DNA鑑定の方に回しています」

 大佐は彼の言葉に頷き。そして、

「……七十年前、いったい何があったんだ。どこへ行こうとしていたんだ?」

 誰にとも無く呟いた。

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