初夜

 リュートは自室で暖炉の火を見つめていた。


 精霊石を触媒として発生する火は、一定の規則性を保って揺らめく。まるで、リズムを刻むメトロノームのように。


 時刻は黄の刻――午前零時――を回ろうとしている。


 天井の精霊石の照明は落とされ、暖炉の火と、窓から差し込む僅かな月の光だけが室内を照らしている。


 リュートは暖炉の前に椅子を置き、規則的に揺れる火を眺めながら、柔らかいクッションの背もたれに体重を預け、黙考に耽っていた。


 夜、眠る前の一時ひととき。リュートは必ず、ただ黙って思考を走らせる時間を作るようにしている。これは師団長という役職を担う上で、とても重要な時間だと彼は考えていた。


(あの狙撃……明らかに俺に対する攻撃だった。アウリタ王国への攻撃ではない)


 今夜、リュートの頭に浮かんだのは、まずそのことだった。


 アウリタ王国への攻撃――アウリタ王国を滅亡させようと企むのであれば、狙うのはまず、国王その人か、国政の一切を取り仕切る宰相・ギメールだろう。今のところ、このふたりにはがいない。


 国王には、王妃との間に一人、五人の側室との間に合わせて六人の子がいるが、まだ幼く、到底玉座に着ける年齢ではない。


 宰相・ギメールに至っては、その能才に代替が利かないからこその宰相の地位だ。彼を損なえば国政は滞るし、宰相という立場を巡って官吏たちの間で権力闘争が起こるかもしれない。混乱は必至だ。


 さらに、唯一無二の存在である国王と宰相は、公務のために人前に姿を現すことが多い。狙撃のチャンスには事欠かないだろう。


(だが、それにも関わらず、敵は俺を狙った)


 国家の枢要たる二人を差し置いて、ほとんど軍事面にしか影響力のないリュートを狙った。

 いくら異邦の民と言っても、リュート一人を失った程度で揺らぐほど、アウリタという国は小さくはない。


 しかも、狙撃は失敗し、ライフルというを晒してしまった。これによって国王や宰相の狙撃も困難になる。少なくとも、賊が捕らえられるまで、ふたりが公の場に姿を現すことはなくなるだろう。


 仮に、銃弾の一発でリュートを仕留められると敵が過信していたとしても、師団長が暗殺されれば城の防備は堅くなる。ライフルだとは知られなくても、正体不明の武器または技術による狙撃に対する備えはされるはず。この場合も、アウリタ王国に大きな打撃を与えるには至らない。


 リュートを暗殺することで混乱を引き起こそうとした、という可能性もあるが、それなら城下町まで侵入した時点で、適当な建物を攻性霊術で爆破でもしてみせれば、混乱の呼び水としては充分であろう。


(国家ではなく、俺個人を狙う理由……恨みか?)


 恨みなら、転売で一財産築けそうなくらい買っている。

 だが、相手が異邦の民となると話は別だ。心当たりはない。


(いや、そもそも、ライフルを使っているというだけで、必ずしも狙撃手が異邦の民とは限らないか)


 ライフルだけを異邦の民から譲り受けた。または、奪った。その人物がリュートを狙撃した、という可能性。


 しかし、この場合だと、どうやって狙撃の技術を身につけたのか、という疑問が生じる。技術習得には相当な訓練と、何より相当数の銃弾が必要になる。それをどうやって手に入れたのか。


「……はぁ」


 リュートは目を伏せて溜め息を吐いた。


(これ以上考えても無駄だな……)


 この思考は、おそらく答えを導き出せない。狙撃手の動機や出自は、それこそ本人を捕らえない限りわからないだろう。

 それも、未だに連絡がないことを考えると、今夜中には無理だ。


(ジンバは今夜中に捕まるだろうと言っていたが……こうなると、もう城下町の外に出ていると考えたほうがいいな)


 ジンバの発言を思い出したからだろうか、不意に、彼が別れ際に口にした言葉まで思い出された。新妻についてのを。


 あのあと、早々に仕事を切り上げて自宅に戻ったリュートを、メイドたちに加え、新妻のうちのふたり――ミナとリズディーンが出迎えた。

 帰宅は青午の刻――午後九時――を回った頃だったが、ミナとリズディーンは夕食を済ませていなかった。リュートと一緒に食べるために、待っていたのだ。


 一方で、セレナは先に食事を済ませており、迎えにも出てこなかった。彼女は、あくまでも師団長と結婚したのだという態度を貫くつもりでいるらしい。


(王から賜った品を愛でる……か)


 ジンバから言われるまでもなく、リュートは彼女たちを無下に扱うつもりはない。夫としての務めは果たすし、彼女たちから何事かを求められれば、可能な限り応えるつもりでいる。


 ただ、どうしても警戒はしてしまう。彼女たちに自分を害する思惑などないと理解はしているが、これはもう本能のようなものとして諦めるしかない気もする。


 リュートは顔を上げて柱時計を見た。時刻は黄の刻を回っている。

 そろそろ寝ようか、と腰を上げた、そのときだった。

 コンコン――と、控えめに扉がノックされた。


「誰だ?」


 そう誰何した時点で、リュートには扉の向こうにいるのが新妻のうちの誰かだと見当がついていた。メイドとはノックのしかたが違う。


「……リズディーン」


 扉の向こうから、微かに声が聞こえた。


「入れ」


 入室許可を出しながら、リュートは立ち上がり、扉の前に移動した。

 躊躇うような数秒の間を置いたあと、そっと扉が開かれる。


「……こんばんは」


 上目遣いで挨拶をしながら入ってきたリズディーンは、寝間着姿だった。

〈むこう〉で言うネグリジェのようなワンピースの寝間着で、防寒のために厚ぼったい生地を使用しているために、コートのようにも見える。


 リズディーンは三人の新妻の中で最も若い。……いや、幼い。〈むこう〉では結婚どころか恋愛すらまだ早いと思える年齢だ。


 年相応に背は低く、顔つきは幼い。肩の辺りで切り揃えられた亜麻色の髪は、毛先が浮きそうなほどに繊細。〈こちら〉でも珍しい、右が青で左が緑のオッドアイは、宝石のように円らな輝きを放っている。


「……どうした、こんな時間に。何か用事でも?」


 入室したリズディーンは、上目遣いでリュートを見つめるだけで何も言わないので、リュートのほうから発言を促した。


「…………」


 だが、リスディーンは答えずに下を向き、自分の寝間着のボタンに手をかけ、それを上から順に外し始めた。


「何をしている?」


 問いかけるリュートの目の前で、寝間着のボタンが全て外される。


 リズディーンが無言で襟元を開くと、ワンピースの寝間着は支えを失い、絨毯の上に落ちた。

 それだけで、リズディーンは姿になる。


 彼女は下着を身に着けていなかった。


 少女の裸体を、暖炉の火が照らす。花開く前の蕾であっても、女性を感じさせる胸の膨らみや腰のくびれに、揺らめく灯りが陰影を刻み、官能的な光景を現出させる。


「……何をしている?」


 再度の問いにも、リズディーンは答えない。ただ、自分を見上げる彼女のオッドアイに、リュートは何かの決意を確かに感じ取った。


 リズディーンは無言でリュートに近づくと、その足元に跪いた。

 そして、リュートのズボンに手を伸ばし、不慣れな手つきで前を開けると、彼の股間に顔を埋めるようにして、露出させたにキスをした。


「……リズディーン。何をしている?」


 身じろぎ一つせずにリズディーンの行動を見ていたリュートは、少し声を低くして問いかけた。

 すると、三度目の問いに対して、ようやくリズディーンは、


「……ご奉仕」


 と、リュートのを細い指でしごきながら、答えた。

 それから、すぐに視線をリュートの顔からに移し、彼女の言うところの『ご奉仕』を再開する。


 リュートのは、口と指による刺激によって、瞬く間に体積を増していた。リズディーンはを口で咥えようとしたが、少女の小さな口に収まるはずもなく、咥えることを諦め、代わりに舌で洗い清めるかのように、丁寧に舐め始めた。

 その間も、リズディーンの手は忙しなく動かされていて、リュートのを根本から扱き上げている。


「リズディーン。何故そんなことをする?」


 動揺のない、冷静なリュートの問いかけに、リズディーンは奉仕を中断して、彼の顔を見上げながら、答える。


「リズ、でいい。旦那様だけ、そう呼んでいい」


 こちらも動揺のない、感情も希薄な声だった。

 しかし、彼女の頬は、羞恥か、興奮か、赤く染まっていた。


「そうか。では、リズ。もう一度訊く。何故そんなことをする?」


 リズディーン――リズは視線を下げ、奉仕を再開しながら答える。


「旦那様に会うの……お城が初めてじゃ、ない。前に、会ったこと……ある。私のお家、リリアエの……お屋敷で」


 喋りながらも、リズは奉仕を怠らない。言葉の合間合間に、唾液をまぶすようにしてリュートのを舐め、吸いつき、淫らな音を立てる。


「旦那様は……兵隊さんを連れて、リリアエに来てた。それで……お父さんに、挨拶に来て……そのとき、私も挨拶しろって言われて……挨拶、したの。そうしたら、旦那様は、私の目……奇麗だ、って言ってくれた……」


「そのときのことなら覚えている」


 リュートが言うと、リズの奉仕が止まった。

 リズは驚いたように目を見開き、リュートの顔を見上げた。


「君は確か、マフラーと同じ群青色のリボンをつけていた。それに、私が帰るとき、窓から手を振っていたな」

「覚えてて、くれたの……?」

「忘れるようなことでもない」

「……嬉しい」


 リズは表情を変えないまま、感極まったような声で言った。彼女の潤んでいた瞳から、涙が一粒、零れ落ちた。


 リュートが兵を率いてリリアエに入ったのは、一年ほど前のことだ。リリアエの南方、タジカ山の周辺で吸血竜という危険なドラゴンが異常繁殖しているという報告があり、その調査に赴いたときだった。

 リズの父親、ゴディーノ・エル・クルスはリリアエの領主であり、リュートは挨拶をするため彼の邸宅へ行き、そこでリズに出会った。


「私の目、変だから……みんな、気味悪がってる。お世辞で奇麗って言ってくれる人も、みんな、私の目を見ないの。でも、旦那様だけは、ちゃんと見てくれた。私の目を見て、奇麗だって、言ってくれた。帰るときも、手を振ったら、私のほうに手を振ってくれて、嬉しかったの……」


 リズは、そう言ってから、思い出したように、奉仕を再開した。


 彼女の目を「奇麗だ」と褒めたのは本当のことだった。世辞でなかったのも確かだ。当時、すでにリュートは大隊の指揮を任される佐官の立場であり、地方領主であるリズの父に媚びを売る理由もなかった。


「私、ずっと……大きくなったら、どこかの貴族の……知らないおじさんの奥さんになるんだって、思ってた……」


 リズは懸命に手と口を動かしながら、合間に言葉を紡ぐ。


「だから、旦那様の……私の目を奇麗って言ってくれた人の……奥さんになれるって聞いて、嬉しかった……」


 リュートは黙って彼女の言葉を聞く。


「でも、私、チビだし……貧相だから……旦那様に、奥さんとして使もらえないんじゃないかって思って……そうしたら、お母さんが、男の人を喜ばせる方法、教えてくれたの……」

「それを、実践しているわけか」

「……ん」


 リズは、リュートのの先端に吸いついたまま、目で頷いた。


(自分の娘に性技を仕込んでどうする……)


 リュートは頭を抱えたい気持ちになった。


〈こちら〉の倫理観は〈むこう〉と大差ない。

 それどころか、ここアウリタ王国に限って言えば、女性が肌を晒すことへの抵抗感は、より強い。


 一年を通して寒冷で、常に厚着をしてすごしているためか、アウリタの女性は素肌を他人に晒すことを極端に嫌う。スカートを穿くときは必ず下にタイツを着け、顔と首と手を除いた部位の素肌を夫以外には見せたことがない、という女性も多い。


(それはつまり、リズのも、相当な覚悟の上で行われているということだ)


 ここでリズの奉仕を拒むことは容易いだろう。

 言葉でもって、このようなことをせずとも妻として受け入れる、と説得するのも難しいことではない。


(だが、リズの不安を完全に掻き消すことはできない……)


 リズを今のような行動に走らせたのは、不安だ。妻としての務めを果たさなければ、リュートに捨てられるのではないか、という不安が、彼女の中にある。


 勿論、リズが語ったように、リュートへの想いは確かにあるのだろうが、同時に、彼女の言う『知らないおじさん』に嫁がされる未来から逃れたいという思いもまた、リズを大胆な行動に走らせる要因なのだろう。


 いくら言葉を重ねたところで、その不安は完全には消えない。

 もし、ここで拒めば、リズはより過激な行動に出るかもしれない。


(それはそれで、面倒なことになる)


 リュートは意図的に、思考を実務的な方向に傾ける。

 そうでもしないと、今まさに自分の前に跪き、己を捧げようと献身を見せる少女に対し、あとで修正が利かないような感情が生じて、判断を誤ってしまいそうだったからだ。


(王から賜った品を愛でる……だ)


 ジンバが言ったセリフを、強引に引っ張り出し、それを理由にする。


(この場で拒めば、リズが傷つくことになる。王からの賜品に傷をつけるわけにはいかない。だから……)


 リュートは心を決め、口を開く。


「リズ。もういい。やめろ」

「……え?」


 強い言葉に、リズは奉仕をやめ、呆然とリュートを見上げた。


「で、でも……私……ご奉仕を」

「いいから。立て」


 数秒ほど逡巡して、リズは肩を竦めて立ち上がる。

 リズの頬には、彼女自身の唾液が付着していた。舐めて清めたリュートのに頬ずりしたからだ。


「ごめ……なさい…………私……ただ」


 拒まれたと思ったのか、リズは声を震わせながら、謝罪を口にする。

 声だけでなく、華奢な肩まで震えている。全身が、不安に震えている。

 俯いた彼女の目から、涙が零れ落ちた。先程のような、喜びの涙ではなかった。

 リュートはそれを無視し、


「え……ひゃっ!?」


 リズを両手で抱え上げた。

 そのままベッドへと運び、柔らかな羽毛布団の上に横たえる。

 それから、リュートは自分の服を脱ぎ、リズと同じ姿になって、驚きに目を丸くする彼女の上に覆い被さった。


「だ、旦那さ……んっ!?」


 リズの発言を、リュートはキスで封じる。

 唇を強引に舌で割り開き、リズの小さな口内を犯すようにねぶる。


「んあっ……んっ……はぅ……んんっ!」


 縮こまっているリズの舌を絡め取り、思う存分に弄ぶ。唾液を流し込んで、彼女の唾液と混ぜ合わせ、それを嚥下させる。


「んくっ、んっ……ちゅぷ……ちゅ……ん、ん」


 やがて、リズの全身から、観念したかのように力が抜けた。

 それを確認してから、リュートはリズの口を解放する。


「……ぷはぁ……はっ、はぁ……はぁ……ん、んん……だ、旦那様……?」


 荒く息を吐くリズの顔は真っ赤に染まっていて、桜の花弁のような唇の周りは、ふたりの唾液で汚れていた。

 涙を湛えたオッドアイを見つめ、リュートは言う。


「リズ。これから君を使

「……え?」

「妻である君を、妻として使う。いいな?」


 緑と青の輝きが、徐々に戸惑いから喜びに変わっていくのがわかった。


 そして、リズはリュートの体の下で、閉じていた足を、ゆっくりと開いていく。それは、リュートに自分の全てを晒す行為だった。


「あの、えっと……旦那様」


 リズは羞恥に全身を桃色に染めながら、まだ毛も生えていない自分のを、両手の人差し指で広げて見せながら、


「め……召し上が、れ?」


 と言った。


 思わず、リュートは噴き出していた。


「あ、あれ? 変、だった……?」

「いや……変じゃない。そうだな。いただくとしよう」

「う、うんっ。たくさん、食べてね」


 笑顔のリズのそんなセリフに、また噴き出しそうになったのを、リュートはキスをして誤魔化した。

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