7 咲と太陽

咲は走る 走る


止まっている暇はない 何も考えられなくまで走る


 でないと凶暴な誘惑に負けてしまう 明日まで生きていられるかわからなくな


るまで走る 


 新しく生きるためには 今までの自分を放棄しなければならない


 ふと足音を感じて歩調を緩めた かなり速い 


 そして確実に自分を追ってきている


この街は 周りは高層ビルばかりで夜は人気がない


 無機質で 整然としている


 でもここが好きだった 旅行も子供のころからしたことがないし他の場所は


知らないがここにはある種の清潔感がある


 叔父さんの家はもうすぐだ 速く 速く もっと速くでなければ生きられない




 その時 「おーい」と言う声を聴いて足を動かしたまま止まった


「速いな」相手が息を切らしながら言った


 これは日向の彼 確か太陽とか言った


 「見かけて、追いかけたんだけど速くて追いつけなかった」


と言って笑った


 汗がぽたぽたとうつむいた髪から落ちた


 一体どこからおいかけてきたんだろう 


 全力で走ったおかげで 怒りは抑えられている


「おねいさんのところにいくの」と聞くと「そう思ったんだけど」


 言いながら近づいて来た


 最近は夜遅くても気軽にたづねてくる


  両親がいないことに気づいているのだろうか


 突然 汗のにおいが強くなってびっくりして 頭を下げてとびさがった


  驚いた こいつは キスをしようとしたのだ


 私も呆然としたが 相手も呆然としていた こんな自信家は見たことがない


 確かに学校ではかなりの人気者だったが駄目だ とても駄目


 なんて単純なんだろう 何てずうずうしい


  おねいさんには悪いけど  こんなものをそばに置いていておけない


 秘密が いなくなった両親の行方が、叔父さんのことがばれてしまう


  私は自分の中に住み着こうとしているものの声に従うことにした


 幸福な砂浜 優しい声が残酷な命令を下す


 それから下を向いて言った


  「秘密の場所があるの」相手がにやりと笑ったのがわかった


自分の中に憤怒の花が開き始めるのを感じた


 相手は疑いもせず後をついてくる なぜこれが当たり前の権利だと思うのだろう


 そう思うと今まで感じたことがないほどの凄絶な怒りが沸き上がってきた


 部屋に入り始めて不安を少し感じたらしいがすぐに自分の手を取った


  もうそのころには咲の中の知的な活動は一切停止していた


 咲は笑った


 笑いながら相手腹を思い切り蹴った


  相手は驚愕して身を縮め後ずさりした


 最もそれが見えたのは自分だけだ 明かりはドアの隙間から差し込む


 ほんのかすかなものしかなかった


狂った犬のような声がして咲は自分が笑っているのに気づいた


 悲痛な声をあげて反撃にがむしゃらにパンチを繰り出してきたときには


 もう体中が歓喜に包まれていてもう一度思い切りけり上げ二つ折に倒れた


体が動かなくなるまで蹴り続けていた


 海の匂いがした 透き通った誰もいない砂浜


 それが 血の匂いだと気づくのにどのくらいかかっただろう よく覚えていない


やっと力が抜け体の中で暴れまわっていた


 ルビたちはまだ落ち着いていなかったが快い疲れを感じて咲は座り込んだ


 体が冷たくなるまで 相手と同じくらい冷たくなるまで座っていた

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