第4話 叔父さん

  今日はいくらか気分がいい

 静かでまったく人気がない こういう朝にはどうしても昔を思い出してしまう

クジャクの豪奢な羽のように色彩が広がり欠局あの浜辺に流れ着く

 あのころはたくさんの願いがあり私はそれをかなえるため努力した

商社に入りエリートと呼ばれたが 

 自分がなりたいのはエリートではなかった

 いろいろなところに行き 世界のすべてを見たかった

 

それだけが望みだったが今は間違っていたとわかる

 見てはいけないものが触れてはいけないものが世界にはあるというのが

よくわかる

 でももう遅い 

  遅すぎるがまだしなくてはならないことがある 

色々な国の空気は覚えている 

 人間というのは最後に残るのは触感なのか

顔を打ったいろいろな空気は覚えている 冷たい風 暖かく優しい風 

 あの島のムッとする気配

インドネシアは1万3000以上の島で成り立っている

 あれは休暇だったのか時間が余ったのか

タフで貪欲で若かった自分はいけるところまで行きたいと思った

 語学には堪能だったが日本より細かい島で成り立っているこの国は方言がひどく

て島ごとに言葉が通じなくなるのでガイドを雇った

 ほりの深い哲学的な容貌で髪は真っ白だったがまだ四十代だったっと思う

 名前はイムと言った

笑うとクシャとしわが寄って人の好い顔になった

 彼のことをあまり考えたくない 最後に聞いた声を

思い出すと今でも震えがくる 時には涙ぐんでしまう

 本当に気の毒なことをしたと思う

 

もとは日本人のガイドだったようでかなり流暢な日本語をしゃべった

 現地で買った地図には聞いたことのないような島がたくさん載っていた

毎晩それを見ながらわくわくした

 もちろん危険な個所もある

今のようにテロはなかったが毒のある動物

 信じられないような大きなトカゲや鰐 植物 人間のように大きなウミガメ

 海の中に生える低木は水中の横に根を張り水中で繁殖する

 ボートはつけられないし泳いでいくこともできない

もちろん人も住めない

 そんな島もあった

  色々な植物は繁殖力が強い  大きな動物や色とりどりの鳥たちに気を取られてそんなものに気が付かなかった 植物と動物の間にあるもの

 がさがさと音がして我に返った やつらが目を覚ましている

金縛りになるような耐え難い憎しみを込めてすがすがしい海風それが急に腐臭に変わったような気がした

 これは本当に起っていることなのだろうか

ぼんやりと赤い種を見ながら考える

 感じるのは憎まれているということ薄明りの中で増悪が発光する

赤く赤く

 こいつらは最初はただの虫だったはずだ

死んでから本領を発揮しているのだ

 最近は硬直しているようにずっと椅子に座っているようになった

両手は死者のように胸の前で組む

 そして自制心

 それだけが私にできる防御だ

 人生というのは一般的に言って思ったようにはいかないということは

よく聞いた

 でもこれは恐ろしい冗談としか思えない

これは罰なのか 若者特有の残酷さの為にしてしまったことの 

 それにしても長すぎる 時間が止まってしまったように感じる


 あるとき船で小さな島へ通りかかった

海の一部はバターを溶かしたように薄く黄色に見えた

 海の中に白く尖った木が生えているとイムは言った

だが反対側に回ると信じられないほど透き通った美しい浜になっていた

 地図を見たが載っていない島でイムもこんなきれいな海は見たことがないと

言ったほどだ

 たぶん無人島だろうとイムは言った

その時かすかな音が聞こえたガムランの音だった

 

 

 


 

 

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