第3話 日向と咲

この頃両親はいつも出かけていて 咲も帰りが遅い

行先は分かっている

叔父さんのところだ

よくあんな気味の悪いところにいられるものだと思っていたら咲が帰ってきた

「ただいま」私の顔を見ていった

「おかえり」私も答える

「パパとママは」 「出かけてる 夕食なんか取ろうか?」

努めて明るく言う

「いい、適当に食べる」咲は言って二階に上がっていった

戻ってくると牛乳を沸かし始めた

「ねえ」声をかけると「おねいちゃんの分も作ろうか 」

と言って笑った

自分は首を振った

牛乳の中にちぎったパンを入れてそのあと見ていて恐ろしくなるほど

砂糖を入れる

家中に甘い匂いが広がる

「そんなもの よく食べられるねっていうか 体に良くないんじゃない?」

というと「白砂糖は脳にいいのよ」とすまして言う

私は近くのお寿司屋さんで頼んだお寿司を食べるが進めても食べないのは分かっているので二人で黙って食事をとる

「叔父さん どうだった」 「変わらない」会話もないのでテレビをつける

こっそり咲を見る

咲は甘いものばかり食べているのに痩せて背ばかり大きくなった

髪も肌もサラサラしている

でも一番気になるのはまだ14才なのに喜怒哀楽がない 怒りっぽくなったり

急にはしゃいだりそんな感情的な部分がない

この年に独特の不安定さや危うさがない代わりに

つまらないことで笑い転げたり泣いたりするような

明るさもない 暗さもない

限りなく無味乾燥な感じがする

私の視線に気づいて咲が顔あげた

「ねえ、大人になったらママみたいになりたいの?」咲が唐突に言った

「え」思わず聞き返すと「セケン」咲が外国語みたいに言った

「ああいうのセケンて言うんでしょ ブランドのバック持った」

咲が言いたいことがなんとなくわかった 時々参観やお迎えに来る自称ママ友たちはみんなブランドのバッグを持って本当は仲良くないくせにわざとらしく笑いあった

「そんなこと 考えたことないし私は セケンじゃないわ」

「じゃあなんで 叔父さんがそんなに怖いの」

特に理由はつけられない 完全に直観的なものなので説明できないので

 「特にないんだけど」と言ったあと

叔父さんからもらったお土産から出てきた 虫の話をした

  とりあえずきっかけはそのことで、そのあと叔父さんは急に変わってしまった

咲は珍しく熱心に話を聞いた うなづいたり笑ったりもした

「それは 別に毒なんてないわよ」

「でもあんな色の虫初めてみたのよ」

「南国やジャングルでは何もかも派手になるのよ スズメの代わりがセキセイインコの国だってあるし そんな理由だったの」咲がぱっと花が咲いたように明るく笑った

そんな顔を見るのは久しぶりでちょっと嬉しかった

「でも 叔父さんが歩いているの見たかったなあ いいなあ」やっぱり叔父さんのことしか頭にないらしい

「 叔父さんまだ座ったきりなの でもなんで急にツタだらけになったのなんで電気をつけないで真っ暗な中にいるの」私は聞いた

「ツタは生命力が強いのよ それで怖くなったの 植物は何もしないしただ生きているだけなのに・・・・」

「そういうわけじゃないけど」

咲は考えこむような顔でいる

もう遠くに行ってしまった

そして ぼそりといった

「おねいさんがセケンじゃないなら、なんで真っ暗に見えるのかしら なんで小さなキラキラが見えないのかしら・・・・・」小さな声で言って

黙り込んだ

「ねえ」 沈黙に耐えかねて言った

「セケンが嫌いならなんになるの 叔父さんみたいになるの」

「違う違う 関係ない」 咲が頭を振った

「私にもよくわからないんだけど ぬるい水がみたいのがいい」

「なにそれ」

「あのね 熱くもなく 冷たくもないの すごく喜んだり悲しんだり

しない代わりにずっと同じで変わらない そういうのがいいんだけど

どうしたらいいのかわからないの」

 咲は言ってそれきり黙って食器を洗い自分の部屋に入ってしまった

一人になって咲は思った

 虫というのはルビのことね  あれは本当は虫ではないのに

でも秘密 これはおじさんと私とパフだけの

 あれがどんなに綺麗に変わるか見せてあげたいけど大騒ぎされたらいやだもの

咲はベットに寝転んで真っ赤に輝く宝石たちを思った

 あれの美しさがわからないなんてなんて不幸なのかしら

姉のことを少し気の毒に思った





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