第12話 ルリユール3世


コリスの兄、ルリユール3世は、その名の通り

本の修復に携わる傍ら、新しい本の装丁や印刷を手がけている


別に由緒正しきルリユール*の家系なわけじゃなく

そして、3世ですらなくて

「3世って、なんかカッコイイだろ」って感じで、名乗り始めたらしい


でも、その腕は確かで

2016年あこがれの職人ベスト9に選ばれて

彼に本を創ってほしい人たちが順番を待っている

りすだけど



ぼくの本は、柚子さんに頼まれているせいか

はたまた、ぼくを気に入ってくれているのか

優先的に手がけてくれる

彼の手にかかった本が書房に運ばれて来る時の

胸の高鳴りは、何にもたとえられない特別な瞬間


手ざわり、紙の匂い、色合い、全てがすきなんだ


3世、(とぼくは呼んでいる)は

ほんとはちょっとパイプに手を出してみたいらしいけど

紙は匂いに敏感だからと、あきらめているみたい

時々、渋く髭を生やしてコーンパイプをくわえてる

自分の似顔絵を落書きしてるから、間違いない


彼のだいすきなのみものは、クウヘンさんの入れる珈琲だ

珈琲の香りが、工房と書房を行ったり来たりする

彼の手がける本には、いつもほんのり香ばしい匂いがするんだ


時には、青いイメージや、果実の匂いの本を創るから

その時は、ちょっぴり書房に来るのを控えているみたいだよ



さて、3世の弟のコリスだが、壊滅的に手先が不器用だ

兄の手伝いをするのだが、大体が失敗に終わる

でも、その失敗した紙が、なぜか妙な味わいがあって

とある収集家たちの目に止まったりする

ほんとに世の中というのは、不思議なものだ


そんな弟のために、3世はミニチュアの本を創ることを勧めた

ちいさければ、若干リボン結びに失敗してようが

貼ってるテープが曲がっていようが、おもちゃみたいなものとして

かわいらしく見えるから


それで、「こりす書房」ができたんだ

兄の工房の片隅で、コリスが作ったビスケットのような絵本たち

看板屋さんに発注する時、説明不足で「コリス書房」のはずが

「こりす書房」になってしまった、樫の木の看板

あ、でも、ひらがなの方がかわいいって柚子さんは喜んでたな



さて、そんな兄弟が、仕事と関係なく 二人の合作を作りたいと言い出した

中身はまだないその本は、3世がすきな紙を漉いて重ねていく

そこの一頁一頁にポケットをくっつけるんだって

そのポケットと入れるものをコリスが作って、世界に1冊の本にしたいって


その本に書き入れる言葉は、もちろんフウチが担当してねって


はじめてだ

ぼくはいつも作詞したものを、本という形で3世に作曲してもらっている

今度は逆に、作曲された入れ物に、ぼくが詩をつけていくスタイル

あ、でも、すごくわくわくする


一つお願いがある、と3世が言う


決して急がなくていいんだ

ずっとゆっくり紡いで作っていこう あわてて言葉を探さなくていいから

自然に言葉が現れるのを待ってていいからなって


そうだね そうさせてもらう


今日もコリスが

小さなポケットに何入れようかなぁって考えてる横に

ぼくは座っている

ね、たべものは止めたほうがいいよ

それから、貝殻とかは割れちゃうよ

どんぐりは本が膨らみすぎるよ


そう言いながら、今日もゆっくり

午後が過ぎていった






* ルリユール relieurとは、フランス語

「もう一度……する」re-と、「(糸で)綴じる」lier、2つを合わせた言葉

 フランスでは16世紀末頃からルリユール「綴じ直す人」が登場している

 ルリユールとは、劣化した書物の綴じ直しや、仮綴じ本の装丁を施す職人






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