第12話 ルリユール3世
コリスの兄、ルリユール3世は、その名の通り
本の修復に携わる傍ら、新しい本の装丁や印刷を手がけている
別に由緒正しきルリユール*の家系なわけじゃなく
そして、3世ですらなくて
「3世って、なんかカッコイイだろ」って感じで、名乗り始めたらしい
でも、その腕は確かで
2016年あこがれの職人ベスト9に選ばれて
彼に本を創ってほしい人たちが順番を待っている
りすだけど
*
ぼくの本は、柚子さんに頼まれているせいか
はたまた、ぼくを気に入ってくれているのか
優先的に手がけてくれる
彼の手にかかった本が書房に運ばれて来る時の
胸の高鳴りは、何にもたとえられない特別な瞬間
手ざわり、紙の匂い、色合い、全てがすきなんだ
3世、(とぼくは呼んでいる)は
ほんとはちょっとパイプに手を出してみたいらしいけど
紙は匂いに敏感だからと、あきらめているみたい
時々、渋く髭を生やしてコーンパイプをくわえてる
自分の似顔絵を落書きしてるから、間違いない
彼のだいすきなのみものは、クウヘンさんの入れる珈琲だ
珈琲の香りが、工房と書房を行ったり来たりする
彼の手がける本には、いつもほんのり香ばしい匂いがするんだ
時には、青いイメージや、果実の匂いの本を創るから
その時は、ちょっぴり書房に来るのを控えているみたいだよ
*
さて、3世の弟のコリスだが、壊滅的に手先が不器用だ
兄の手伝いをするのだが、大体が失敗に終わる
でも、その失敗した紙が、なぜか妙な味わいがあって
とある収集家たちの目に止まったりする
ほんとに世の中というのは、不思議なものだ
そんな弟のために、3世はミニチュアの本を創ることを勧めた
ちいさければ、若干リボン結びに失敗してようが
貼ってるテープが曲がっていようが、おもちゃみたいなものとして
かわいらしく見えるから
それで、「こりす書房」ができたんだ
兄の工房の片隅で、コリスが作ったビスケットのような絵本たち
看板屋さんに発注する時、説明不足で「コリス書房」のはずが
「こりす書房」になってしまった、樫の木の看板
あ、でも、ひらがなの方がかわいいって柚子さんは喜んでたな
*
さて、そんな兄弟が、仕事と関係なく 二人の合作を作りたいと言い出した
中身はまだないその本は、3世がすきな紙を漉いて重ねていく
そこの一頁一頁にポケットをくっつけるんだって
そのポケットと入れるものをコリスが作って、世界に1冊の本にしたいって
その本に書き入れる言葉は、もちろんフウチが担当してねって
はじめてだ
ぼくはいつも作詞したものを、本という形で3世に作曲してもらっている
今度は逆に、作曲された入れ物に、ぼくが詩をつけていくスタイル
あ、でも、すごくわくわくする
一つお願いがある、と3世が言う
決して急がなくていいんだ
ずっとゆっくり紡いで作っていこう あわてて言葉を探さなくていいから
自然に言葉が現れるのを待ってていいからなって
そうだね そうさせてもらう
今日もコリスが
小さなポケットに何入れようかなぁって考えてる横に
ぼくは座っている
ね、たべものは止めたほうがいいよ
それから、貝殻とかは割れちゃうよ
どんぐりは本が膨らみすぎるよ
そう言いながら、今日もゆっくり
午後が過ぎていった
* ルリユール relieurとは、フランス語
「もう一度……する」re-と、「(糸で)綴じる」lier、2つを合わせた言葉
フランスでは16世紀末頃からルリユール「綴じ直す人」が登場している
ルリユールとは、劣化した書物の綴じ直しや、仮綴じ本の装丁を施す職人
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