第9話 無花果とうさぎ
今宵は 9月のきれいな形の月
1年で 人々にいちばん愛されている 美しい月
すすきを飾って、ちょっと風流を気どる
あとは 雲いっぱいの影から顔を出してください、お月さま
今日は コリスが いちご屋(和菓子屋)で働いたので
おみやげに 月見だんごがあるんだよ おいしい こしあん団子もね
*
ぼくとコリスが 縁側に座って ぽかんと夜空を見上げていたら
空中に 変うさぎが、突如 現れた !
でも、様子が変なんだ
よいしょ、よいしょと 掛け声をかけて
まるで 梯子を一段一段 降りてくるみたいな動作で 近づいてくる
何してんの、コリスが目をまんまるくして聞くと
「お、やっと着いたかぁ。1週間かかっちゃった」って
変うさぎは、月から
それは透明な梯子で、途中に寝泊まりできるテントもあって
月と地球は 5日間くらいあれば 降りてこられるんだって
「今夜に間に合わせるために 逆算して出発したのだ」
変うさぎは、ふぅとため息をついて、庭に転がった
「ここで 見るのが、いちばん 美しいのだ」
地球に来るのに 地道にやってきてたんだね
今日のうさぎは 陶器っぽくて つるっと透き通っている
*
こりすは、自分の顔より大きい ひまわりの花を引きずってきた
もう枯れて、種がたくさんついている フライパンみたいな花から
一粒一粒 取っては 大事そうに抱えて、カリカリ食べている
ぼくは 熟れた
銀のスプーンで掬いながら、月をさがした
目を閉じて食べると、焼き茄子の味に似てるんだよね、とか言いながら
こんな話を 変うさぎにしてもわからないだろうと思ったけど
うさぎは目を閉じて、なるほどとうなずいて、月のお酒を飲んでいた
いつのまに、どっから出してきたんだろう
焼き茄子、食べたことあるのかな
ぼくが 頭の中で思っただけなのに、うさぎは
「以前、およばれの席で、いただいたのだ」と満足げにうなずいた
文字通り、無花果は ほんとに花は咲かないのかな
声にださない問いに、やっぱりうさぎが答える
「見えないだけさっ」
「無花果だってさ、飾り立てて 表面上で判断されるんじゃなくて
きっと中身で勝負したいんだよ」
なんか 今、偉そうににいってたね
今ひとつ、何が言いたいかわかんないけど、まあいいや
「月いちじくは、俺のうちの畑でも 採れるのだ」
月に在る うさぎ家の庭には「月の無花果」があるらしい
ほら、といって、うさぎがとりだした無花果は
あたたかそうな白い色をして、宙に浮いた
うさぎがむいてくれたその果実は、ほんのり みるくの味がした
*
ぼくたちは、雲の合間から姿を見せてくれた お月さまに
みとれて うきうきと 光の行き先をゆびさした
うさぎってさ、月でもちつきとか、仕事あるんじゃないの
いいの? このうさぎは こんな風にさぼってて
もしかしたら、このうさぎは、月の王子だったりして
こうみえて、高貴なお方なのかも、しれないね
変うさぎは、こっちを見透かしたみたいに にっと笑って
イェイと 指を立ててみせた
*
柚子さんが 教えてくれた
無花果は 花が見えないだけで、花は咲くの
半分に切ると 赤いつぶつぶが 詰まってるでしょ
あれが花なの
ぼくたちは 無数の花を食していたことになる
まるで 房の中の蜜柑の一粒のような大きさの 赤い花びら
ぷちぷちとした食感は、すべて花が仕向けたものだったんだね
また来るかな あの月のうさぎ
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