第四十七首 地を這うが 如くに走る 大百足 鬼をその背に 祀り奉じる
福島県沿岸部の公道を、並んで疾走する七台のフルトレーラー。
排気ブレーキの減速音を合図に、それら七台の車体の両脇から、硬い殻に覆われた節足動物の脚が二本ずつ生え出していた。
また、先頭のフルトレーラーには一対の触手が。最後尾のフルトレーラーは一対の接尾が伸びていた。
減速し一列に並んだ七台は、その脚で車体を高々と空中に押し上げると、続けてそれぞれの接合部を露わにし、一斉に空中合体を開始した。
ガシャンッ! ガシャンッ! ガシャンッ! ガシャンッ! ガシャンッ!
その様に合体音を響かせ、七台は次々に合体し巨大で長大な怪異の姿となっていく。
そして最後に、先頭車両の前方に頭部が生じ、一対の複眼がギラリと輝く。
その一層巨大となった姿は、まごうこと無き伝説の巨大百足であった。
◇ ◇ ◇
「…予想以上の化け物ね」
巨大百足を見上げる車両内部で、運転席の黒服女性が言った。こりゃ参ったねという表情でだ。
「じゃ、逃げる?」
「冗談! 何のためにこの場にいると?」
助手席のもう一人の黒服女性の試すような発言に、運転席の女性は喧嘩は買ってやってやるぜと言い返す。言い争いになりそうな勢いでだ。
「まあまあ、まずは我等の代表の指示を待ちましょう」
それを止めて、私に指示を請う水脈さん。折り媛としてリーダーシップを取ってよとのオーダーだ。
私は、面倒だなと思いつつも、臆することなく返答する。
「…そんなこと、決まっているじゃない」
敵怪異はその正体を自ら現した。もちろん我々を迎え撃つ心算だろう。私は敢然と、水脈さんはじめ車に同乗する面々に宣言する。
「後退などある訳がない! こちらも全力を持って戦うのみ! 我等の力、天上天下にしかと示そうではないか!」
「各々方! いざ参ろうぞ!」
一拍置いて、そう言い切る私。そう聞いて、改めて車の窓越しに上空の巨大百足を睨み付ける面々。
[そうこなくっちゃ!]
[やるよー]
無線越しに、後方の車両からもやってやるとメッセージが伝わってきた。
私は、そのように用意していた四季神開放の和歌を詠み終え、さっと四季紙を虚空に向け打ち放つ。桃花鳥と、大太刀の形に折られた四季神だ。
すると何たる事か。
私の目の前に黒背の羽で装飾された剣の鞘が現れる。
「YESだね!」
私は拝剣した後にそう感想を言うと、その剣が納められた鞘を己が掌でむんずと掴み取った。
そして、自らの腰…体幹維持と防具代りに身に着けたコルセットとベルトの間…に佩いて、戦の準備を終えたのだった。
その四季神の神太刀は、
一般人にとっては美麗な太刀の一振りでしかないが、持つ者が確かなら、一振りずつに霊威の籠った斬撃を撃ち放つ効果がある。
弱い怪異程度なら一太刀で切り捨てるほどお洒落な代物であった。
なお、余談ではあるが
こうして戦の準備を終えた私。
そんな私に続けと、水脈さんや十三人衆である可愛い子ちゃんたちも戦闘準備を開始した。
ますらをが 征きて死するは さだめなり たとえ散るとて 遅れはとらぬ
駒駆りて 鎮守の府より 旅立たん 真白き浜を 駆け抜けて征け
青空に 浮かぶ雲間に 祖父母等の 姿見い出し 御手を合わせる
辛くとも 故郷留まる 小鳥たち ここが我等の 住まう土地なり
御神渡る その道筋は 曲がれども 我が心根は 曲がること無き
それぞれの想いを和歌にして詠み、それぞれの得意とする術を行使する水脈さんと黒服系女子たち。
真っ先に水脈さんが最初に使用したのは、紙祓いの術であった。敵の呪術の効き目を祓う人型の護符を撒き、標的を分散する術だ。
当然、効果範囲はお味方全員である。
車両の隙間から出た人型の紙束は、空中を飛んで移動し、デコイとなって周辺一帯へと拡がっていく。
それが終わると水脈さんは、すぐさま次の術に取り掛かる。二つの術を同時に使用とは恐れ入る。
第二の術。それはお見方が、勇気を持って恐怖心に打ち勝つための煉気の術であった。
水脈さんが双眸を閉じて気を練り始めると、全員が彼女に背中を押されているような感覚を受けた。
言うなれば水脈さんは、二つの術でお見方全員を応援する、バッファーの役割を果たした訳だ。
ピュウイッ!
続いて、助手席に乗る唱子ちゃんがサイドガラスを開けて口笛を吹いた。
その指示に従って、フルトレーラーを追い掛けていた馬型の式神が隠形を解いて減速。私たちの乗る車へと近付いてくる。
「折り媛さま、私はこれに乗って戦います。どうしますか?」
「もちろん同伴します! 後に乗せてもらうわ!」
「ならば! 旭!」
「了解! 減速します!」
馬の式神に乗り移る唱子ちゃんと私のために、車を減速させ馬式神と並走させようとする運転手、旭ちゃん。
バクンッ!
ほぼ同時刻、我々が乗る車のトランクが開き、人型らしき物体が姿を現した。飛び出したのは
これは車を運転している旭ちゃんの操る術だ。私たちが馬式神に飛び移る瞬間、もしもの場合、落ちた身体を受け止めさせるために気を利かせて姿を晒したのだった。
一方、私たちの乗る車に続く車両でも動きがあった。飛行式神を操って、空からフルトレーラー監視に従事していた二人組だ。
彼女たちも、前を走る車に乗車していた私たち同様に、戦闘準備を整えていた。
二人組らしく、一人が術式を、監視、索敵から攻撃へと移行し、もう一人が車両の運転と監視、索敵に集中した。
統子ちゃんが車間距離を維持したままでの運転役と、燕型式での索敵を続行。雲雀ちゃんが、小鳥型式数種類のよる
なお、Pチーム各員の姓名、得意とする術の事項などは、折り媛として先程読んでいた報告書と一緒に、全部頭に叩き込んである。
「それじゃあ、やりますよ!」
「了解した」
水脈さんと居場所を交換して助手席側に移動した私は、唱子ちゃん同様に車のサイドドアを開ける準備をし、馬式神へと飛び移るタイミングを計った。
まず、唱子ちゃんが飛び移り、続いて私が飛び移るのである。
だから私は後部座席のサイドドアはロックしたままだ。開けていると式神馬が並走する邪魔になる。唱子ちゃんが飛び移るまでは大人しく順番を守らなくてはいけないのである。
「こい! 白百合!」
「ヒヒ――ンッ!」
唱子ちゃんに白百合と呼ばれた白馬の式が、私たちの乗る車の助手席脇にと近付いて、並走を開始した。
WAO!
声には出さないが感嘆する私。
祥子ちゃんの式神馬は、名前の通りに身毛が白百合色で、鬣と長い尾はクリーム色をしていた。百合の花がそのまま馬へと姿を変えたような姿をしていた。
ステルスモードから一転、現れたのは中間種をさらに一回り大きくした程度。十分、大人二人が乗ることが可能な大きさだ。
(これは絵になるなぁ)
私がそう感じた通り、この式神故に疲れ知らずの馬の姿と、黒服姿の唱子ちゃんが並走する様は美しかった。
美しく際立った白黒のコントラストが現れたのだ。
正直、こんな幻想的な馬に、王子様とふたりで乗る夢を思い描いたことがある私である。
唱子ちゃんは王子様ではないが、黒服姿の彼女は男装の麗人然としており、充分に格好良い。
こんな形で美しい式神馬に同乗することになるとはと、私はワクワクするのだった。
「はあっ!」
私がその様にワクワクする想いを抑えきれなくなっていた頃、サイドドアを開け放った唱子ちゃんは、座席を蹴って車から馬へと身体を跳躍させていた!
ガシッ! スルリッ!
勢いよく馬首に腕を回した唱子ちゃんは、そのまま鞍の乗った馬背に跨り手綱を握った。そして体勢を整えると、残る私のいる後部座席へと手を伸ばした。
よっしゃあっ!
私は早速、次はこのすみれさんの番だと、サイドドアを開けて式神馬へと飛び移る体勢に………
…あれ?
待てよ…今気付いたのだが………私………膝丈までのスカート姿だ!!!
やばいやばいやばいやばいやばいったら、やばい!
今は女性しか居ないので良いのだけど、このまま式神馬に飛び乗って戦場に出ると非常にまずい!
馬上で跳んだり跳ねたり跨ったり、地面を走ったり転がったりして激しく戦ったら、色々と見られたらいけない姿やスカートの内側が見られちゃう!
まして空中を飛んだりしたら、地上から丸見えだ!
援軍に来る殿方のみなさまに、白タイツから透ける下着を丸見せプレゼント状態になってしまう!
肝心な場面に羞恥心を思い出して蒼くなる私。
水脈さんのバフによって勇気凛々な私は、巨大百足に立ち向かうことや馬に飛び移って戦うことなどの恐怖は抑えられる。だが、羞恥心は別問題だった。
そんな私の心の内側など知らずに、私のいる後部座席側と並走する馬上の唱子ちゃん。
(私ったら、戦支度に失敗ね)
折り媛なのだからと、戦場でも上に立つ者として可憐に振舞おうしたのが禍した。
上半身は清楚なブラウス。
腰には防具兼体幹維持用の、金具とベルトでガチガチに固めたコルセット。
下半身には膝丈のスカートと、その内側にこれまた清楚感を演出する白タイツ。
自分ではこれで大丈夫だろうと思い込んでいたが、いざ戦場に出ることになってみると事情が違う。
こんな格好では、とても戦場で隠すべきものも隠せない。いくら呪術師集団の象徴的立場として、威厳と可憐さを両立させねければならないとはいえ、そのくらいは考えて然るべきであった。
私も唱子ちゃんや旭ちゃんのように、黒服的な戦闘もこなせるスタイルで来れば良かった。
などと今更ながら思う。私は心構えと戦支度で二重のミスを犯していた。
ちっくしょう! 恥ずかしいな!
でも迷っている暇はない!
折り媛として何が一番恥かしいかと言えば、羞恥心に邪魔をされて満足に戦えないことだ!
事態は切迫している!
戦場で悠長に衣替えなどしている暇もない!
それが可能な四季の女神の佐保ちゃんは、今は菅家の姫君…すなわち菅原夏月ちゃんに同行している!
いまさら憑依合体での衣替えは出来ないのだ!
ええい! ままよ!
私は、下着丸見せで戦うことになる覚悟を決めて、ガチャっとサイドドアを開け放つ。
そして、馬上の唱子ちゃんの許へと、臆せずに跳んだ。
その頃。
巨大百足の姿を現した連結フルトレーラーは、鬼神の霊威で物理法則を無視して空中に浮き上がり、大蛇のごとく蜷局を巻いていた。
俄かに群雲が空を覆い、ゴロゴロと雷鳴を轟かせ始める。強まる風が周辺の
雑草や枯れ枝、砂埃を舞い上げる。
さらには、遅咲きの春の花々も強風に負けて花弁を散し、空へと舞い上がるのであった。
「はあっ!」
ヒヒ―――ン!
舞上がる花弁の中、無事に唱子ちゃんの後ろに跨り、空飛ぶ馬上の人となった私は、馬式神の白百合に揺られるままに巨大百足へと向かうのだった。
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