第四十六首 公道を 走りて廻り 何処かへ 人の叡智を 嗤いたるもの  

 カンバン方式という在庫管理、流通システムがある。


 ジャスト・イン・タイム。


 すなわち、極力無駄を省き、必要な時に、必要な部品を、必要なだけ流通させて無駄を省くというシステムで、その必要な品を記入したカンバンを、トラックに部品と共に乗せて工場間を移動させたことから、カンバン方式と名付けられた。

 

 このシステムを編み出し採用した大企業は、それによって様々な無駄を省き、業界内でも大成功してみせた。


 しかしである。


 その一方、部品を置く流通の中間拠点の倉庫を廃し、公道を走るトラックを在庫置き場にしたことで、余計な排気ガス、増加したトラックによる公道の占拠などの社会問題が発生した方式だ。



 そのカンバン方式が、困ったことに大陸の道士によって、最悪な手段として使用されていた。



 なんと公道を走り回る七台の大型トラックに、怪異を召喚する鬼神塚としてのシステムを付与して、福島県の海岸沿いの公道を走らせていたのだ。


 呼び出された怪異は、広範囲に風邪の症状に似た高熱をばら撒くという凶悪なもので、すでに、関東、東北の太平洋側一帯がその影響下にあった。


 とくに抵抗力が低い子供や病人がその影響を受けやすく、すでにパンデミックに近いレベルまで拡大していた。



 ◇ ◇ ◇

 


 「非常にまずい状況ね」


 東日本に放たれた式神たちが集め、陰陽博士たちによってまとめられた資料に目を通して、私、四季すみれはそう発言した。


 敵に対して後手に回っている私たちの状況は、言葉通りに不利な状況に置かれている。


 もっとも、お見方も今まで手を抜いていた訳ではない。


 集まった陰陽博士たちによる人海戦術によって、多数の式神が運用されて情報収集は成功していた。

 すでに敵の居場所も突き止めてある。

 

 なんと敵方は、茨城県から福島県を経由して宮城県に到る広範囲において、鬼神塚の役目を果たすフルトレーラーを公道上で運用していたのだ。

 絶えず広範囲を動き回ることで、自分たちの術を行使している拠点を特定させないという念の入れようだった。


 私が近日中に折り媛に就任し、関東側の呪術師をまとめるとの事前情報を得ていた東国の術師たちは、一丸となり件のフルトレーラー七台を探し出した訳である。


 また、私はすでに関東呪術師会のお歴々とは古式ゆかしい儀式を終えて、長ったらしい面通しは早々に終えていた。

 戦時下扱いであるため、当然、非常時で略式の儀式ではあったが、それでもそれなりの時間は必要とした。


 私は一時ひととき、心が折れそうになったが何とかそれらを耐えきり、これで一応の儀式的な勤めを一通り果たした。


 それから折り媛の就任セレモニーを終えた私は、急ぎ出陣の準備を整えていた戦闘部隊と合流。

 情報の共有の後、彼等と共に、敵が移動ルートとして使用している太平洋側の各県沿岸道路…すなわち国道6号線の北上を開始した。


 奴等は、国道6号及び、常磐自動車道を使用し、各県を移動していた。


 それ故に、今現在の私はここにいる訳だ。


 その後に、私は各隊がそれぞれの待ち伏せポイントへと向かっていくのを見送り、残った直属の諜報部隊と共に敵の後を追った。

 彼等が操る式神たちを目や耳の代りとして、自らが倒すべき怪異を監視しながらその後を追ったのだった。



 ◇ ◇ ◇



 さて、敵を追う道中にいる私はこの時、新たな敵との遭遇を前にして資料の再読み込みをして、敵のデータを頭に叩き込んでいた。

 

 すでにお見方側は攻撃の準備は万端整っている。準備は万端だ。後は実際に強硬手段に訴えるだけだった。


 とはいえ、それでも敵の戦力は未知数の部分が多い。私の心配する点はそこだ。


 「うーん…」


 だから私は、少しでも相手の情報を頭の中に収めようと、最終の打合せの後に纏められたレポートを再確認している訳だ。式神諜報部隊が集めた敵の動向を記した紙面である。

 

 「そう言って間違いないと思います、ですが…」


 そう私の言葉に返答してきたのは、諜報部隊の参謀役に抜擢された―――

 

 「えーと? 草壁…」


 「水脈です」


 ―――という名前の妙齢の女性だった。ずずいと突き出してきた大きな胸が私に迫る。

 正直、水脈さんは目のやり場に困る美人である。それにも関わらず、どこか隙がある。巨乳のブラがチラチラ服の隙間から見える、ラフな服装とかがそうだ。


 本人がそのことに気付いていない…というか気にしていないようで、レズ気のある私は、うれしく思いつつも、やれやれだぜと困っていた。


 ここは戦場の一歩手前。戦場に個人的な感情は御法度なのだが、なんでそこにそんな煽情的な服装でやって来るのだ。

 

 (でけえ…やめてよね、それ以上は私の中のCrazyサイコレズが覚醒しちゃう…)


 「…では水脈さん、どうぞ」


 (…セルフ・コントロール…セルフ・コントロールだ私…そうだ…和歌でも詠んで落ち着こう………春の日々 桜の如き 君の肌 我が身を寄せて 共にありたし…って…いかんいかん! エロ禁止!)


 私がそのように苦悩する間にも、水脈さんは意見を言い始める。


 「はい…ですが、13人衆が内陸部各峯の鬼神塚排除を成功させたところ、内陸部の熱病は回復傾向となっています。つまり、熱病の原因となっている怪異の排除が成功すれば、状況はかならず改善するということだと思います。それは朗報ではないでしょうか」


 (真面目ね。私も現実に引き戻されるよ。よし。今はそちらの話に合わせて職務に意識を集中しよう。サイコレズよ、どっかいけ!) 


 「ポジティブ! YESな思考だね。勝算はあるのね?」


 私は、内心の動きを隠して折り媛の職務に集中し、彼女の意見に肯定的な返事をした。 


 「はい。少なくとも阿武隈盆地戦のデータを基礎に、持ち出してきた式神ドライバーに強化データはダウンロード済みです。これからの戦いの助けにはなるはずです。これで原因の排除をするのが一番だと思っています」


 「YES 確かにここは力尽くの場面でしょう。みんな戦意が高くて、すみれさんは嬉しいよ。期待させてもらうわね」


 「了解です、折り媛さま」


 そう言うと水脈さんは微かに笑みを浮かべた。


 (…可愛い…じゃない。場を弁えろ私。それにしても、みんな戦意は十分か…助かるな) 


 「あの、折り媛さま提示連絡です。目標地点まであと30分程度です。支持を」


 「ええ。式神の諜報部隊からの連絡は?」


 「敵の車両七台は以前の速度で沿岸部を北上中です」


 「よろしい。こちらは同じ速度で接近して。各自、サキガケ封印用に渡した碧奇魂の四季神をなくさないように。十中八九、連中も敵の援軍にやって来る筈よ」


 水脈みおさんの次に報告してきた黒服姿の女子。こちらも中々に可愛らしい諜報部隊の女子であった。黒服を脱いで相応の衣服を着れば、さぞ美しいだろう。

 彼女も、愛宕山13人衆の一人とのことだった。

 

 私は、そんな黒服女子の求めに応じて、気を引き締めろと指示を出す。


 「…あの折り媛さま、やっぱり敵は七人岬の謂れを基に現世に召喚された怪異なのでしょうか?」


 「ん? 可能性は高いわね、ひだる神系だと効果が違うはずだから。考えられる最悪の状況だと、その両方ってこともある…或いはそれ以上かもね…」


 水脈さんの再びの質問に冷静に応える私。よし。私の中のCrazyサイコレズ思考は、もう抑え込めたようだ。

 ここからは、下半身に正直にはならずに、清く正しく折り媛モードを貫こう。


 「…たとえ敵の強さが予想以上であったとしてもよ、だからと言って引く訳にはいかないでしょう?」


 そこまで言った時のことだった。


 ブゥオオッ!


 私たちが乗っている車が、何事かあったのか、急に加速した。 


 「そうですね。最善を…キャッ!」


 ドサッ!


 「おっと!」


 (おお………太腿に感じる、この豊かな胸の柔らかい感触は…ヤバイ…)


 突然、車が速度を上げたために、私の太腿に覆いかぶさるようにして、水脈さんが倒れてきた。車内で資料を見るためにシートベルトを彼女が外していたからである。


 「すいません、折り媛さま。急に目標が加速したので…追いかけます!」


 運転席の、これまた黒服姿の可愛い子ちゃんの詫びる声が前方から後部座席にいる私の耳に入ってきた。

  

 「すっ…すいません…」


 「大丈夫…⁉」


 (やっぱり大きい…役得役得…少し鈍くさいのも悪くない…って、駄目よ、駄目駄目!)


 私は、謝る水脈さんの大きな胸に触れる形で、倒れ込んでいた彼女を座席に押し戻した。煩悩を押さえねばならない状況なのだが…なんか天国と地獄両方に狭間に入り込んだみたい…いや、今はそれよりも敵車両の変化だ!


 「目標はどんな状況か!」

 

 「七台すべてが車間距離を狭めて一直線に並んでいます!」


 「!…何をする心算か解らないわ、車間距離はこのままで、あまり近付かないように全車両に指示して!」


 「了解!………こちらPリーダー、各車、目標との車間距離をしばらく維持せよ!」


 「待ち伏せ部隊はどうしているか?」


 「役、五分後に所定のポイントに到達します!」


 「YES これ以上の変化がなければ、そこで仕掛けましょう!」


 「あのっ! 変化があった場合は?」


 「全兵装の使用を許可します! 使用自由! こちら側だけでも仕掛けます!」 

 「了解!…ああっ!」


 「何かッ!」


 「これは………間違いない………敵車両、合体を開始しました!」


 ⁉


 「本当!」


 「本当です! あれは…おそらくムカデみたいな怪異でもあると思われます!」


 自らが使役する狐型式神の追跡によって、状況を把握していた黒服姿の可愛い子ちゃんが叫んだ。

 式の双眸を通しての監視だ。

 幻術を仕掛けられてでもいなければ、真実だろう。


 しかし…そう来るか!


 「各員に告ぐ! 我々だけでも仕掛けます。待ち伏せ部隊へも情報送信! 各自! 狼狽えるな!」


 「「「「はい!」」」」


 私の決断を聞いた同乗者たち、すなわち水脈さんを含めた三人、及び後ろの車の二人が素直にそう返事をしてきた。


 私は、支持を終えると早速、四季紙の準備を始める。


 ここにきて、新たな戦場での大きな戦いが始まろうとしていた。場所は、国道6号線の、福島県を通り過ぎて宮城県へと入る手前辺りだった。 

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