間章~人災…新たに放たれる囮と、生み出される怪異たち~其の二

 「ふう…温まる」


 「…まさか、自分でドーピング紹興酒を使う事になるなんてね」


 「姉さんたち、もう大丈夫かしら?」


 「秋華、助かったわ。飛天夜叉の御鏡に問題はない?」

 

 「そちらは秋華なら問題ないとは思うけど」


 「ええ、それは問題ないわ。それよりも…」


  暖かい軽食と飲み物。そして滋養強壮を付与された紹興酒により回復していく、春玲と詩夏。

 そんな二人に近付いてきたのは、春玲と詩夏の妹、三女の秋華であった。


 親しく話す彼女たちであったが、あまりおしゃべりを楽しむ時間はないようだ。なぜなら。


 「姉さんたち、劉黒龍リウ ヘイロン道士から次の指令がきてるわ」


 末の妹である冬梅が、上司の意向を伝えにやってきた。


 彼女等四姉妹には、すでに次の指令が下っていたからだ。


 「…劉大師、怒っていた?」


 「…キョンシーにされない?」


 「大丈夫、部下を悪戯に処分する気はないって。姉さんたちは囮役は十分に果たしてるし、大師もすべてが思い通りになるとは思っていないってさ。だから心配しないで」


 「うん。それに飛天夜叉の御鏡は、私たちが自由に使って良いそうよ。囮役をがんばれって」


 「…そう」


 「…良かった…でも、もう立場がないよ。肝心のターゲットは仕損じたし…」


 暖まったとはいえ、依然、テンションの低い春玲と詩夏であった。その姿を見て冬梅がため息を吐く。


 「…姉さんたち、いつまでも過去を公開してくよくよしていてもどうしようもない。あの飛天夜叉の御鏡があればサキガケを使役できる」


 「冬梅の言う通りよ。頭を切り替えて、囮作戦へと集中しないと。次はないかもよ…」


 「…うう…今回は命を拾ったけれど…確かに次はないかもね…」


 そう言って春玲は秋華へと抱き着いてきた。秋華も、それを拒まず春玲に身体を抱き寄せて震える身体を擦り、頭を撫でてやる。

 詩夏も冬梅と同様に抱き合って、妹に失意を慰めてもらっている。


 「…さあ、少し休んだらサキガケを操る術式を行使しましょう…」


 「…準備は私たちがしておくから、姉さんたちは休んでいて…」


 やさしく言って、姉の額にキスして安心させる秋華、冬梅。

 

 「…ええ…頼んだわ、秋華、冬梅…」


 「…言われた通り…少し休むね…」


 そう言って、少し表情を柔和にした春玲と詩夏は、妹から身体を離して仙閣の奥の寝所へと向かっていった。 





 「さて、これからどうするの、秋華姉さん?」


 「もちろんサキガケの使役の準備。それに、強化プランを打ち出して試してみるしかないわね」


 上の姉二人を見送った冬梅が、一つ上の姉、秋華へと話し掛ける。軽い感じだったが、その奥には先を見越した想いがあった。

 それに対して、プラン練り直しは当然と、秋華が素早く返答をした。疑問の余地はないようだった。


 すでに姉たちが相対した敵方の情報は得ている。恐るべき相手だった。


 秋華も冬梅同様に、後方支援任務の担当だ。困難に対して楽天的な態度でいられる性質ではない。


 「やっぱり姉さんもそう思うの?」


 「当然よ。この列島の術者たちは、独自の術式で神々や精霊と重なるみたいね。昔のままの鬼神だけじゃパワー負けして押し切られる。何か対策を講じてサキガケをパワーアップさせないと…」


 「…一応、私に対策があるわ」


 「本当! 冬梅、あなたなら確実だと思うけど、実現可能な計画なんでしょうね?」


 秋華は冬梅の言葉を聞いて歓び、喜色満面といった表情となった。しかし、その困難さを理解して少し心配になる。

 可愛い妹を疑う訳ではないが、小手先の強化は敵に通用すまい。



 それに、いつの間に冬梅はそんな代物を用意していた? なんの必要があって? 自分は知らないぞ? 



 「秋華姉さん、私ね、じつは任務を果たすと並行して、四神の武具を密かに造っていたの…切り札として」


 「それって…まさか…」


 「ええ。大師にいつか切り捨てられた場合に備えて、私たち独自の術法具を用意しておく必要があるかもって。そのプロトタイプがあるわ。後は実際に造り出すだけ。サキガケにも持たせることができるはず」


 そんな事実を聞いて、秋華は喜んで良いのか、哀しむべきなのか判断が付かなかった。


 ごくりと喉を鳴らす。


 「…いいわ、見せて…」


 秋華の答えに、冬梅が肯いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る