第三十首 菊花咲く 東の地へと 赴くは 夢見の草の 散り逝く頃よ

 この時代、掌サイズの長方形のあれで検索すれば、私たちの向かう土地の諸々など、すぐに詳しく知ることができる。


 私は、鞄ちゃんから取り出したそれで、早速、検索を開始した。 


 しかし、ずいぶんと便利な時代になったなものだ。


 私は本心からそう思う。


 何とも爺臭い物言いだなと感じる者もいるだろうが、最近まで斜視や近眼にならないように、あれは使わないで生活した方が良い。


 そう親しい間柄の者たちに助言され、従っていた身としてはこの便利さは結構びっくりするのだ。


 おっ、出た出た。


 市の花は菊。木は桜。鳥はうぐいす。


 やれ、元々は仏法の盛んな土地柄。


 やれ、大黒様ゆかりの大岩があるとか。


 やれ、大勢の天狗が住む御山があったとか。


 やれ、元々、朝廷とゆかりの深い土師氏なども入植しており、時々の文献に散見されたとか。


 やれ、日本三大稲荷である笠間稲荷があるとか。

 

 やれ、最近では出雲大社の分社などが建立されたとか。


 色々と興味が惹かれる内容がぞくぞくと検索に引っ掛かった。


 まっ、一言に言ってしまうと、古代から最近に渡り、呪術師などが紛れ込み易い土地柄であったということだ。


 「どうやら平穏無事に笠間に着きそうだねえ」


 「そうですね。何よりです」


 「うん」


 私は、運転席のほとり君へと話し掛ける。確かにほとり君が言う通り、現在は平穏であった。だからこそ、私は呑気に笠間市検索などしていられたのだ。


 後ろを振り向いてみれば、後部座席で土御門の翁は目を閉じて、うつらうつらしていたし、夏月ちゃんは初めての憑依合体に余程精神を疲れさせたのか、すぅすぅと寝息を立てて座席へともたれ掛かっていた。

 佐保ちゃんも私の膝の上で寝息を立てていた。


 「…ねえ、ほとり君、気付いてた?」


 「…何です?」


 平和に過ぎる時の中、私は間を持たせるように、自然と感じていた疑問と確信を戦友にぶつけ始めていた。

 私自身の眠気覚ましもある。時刻は深夜3時を過ぎていた。眠い。


 「君が倒した饕餮、西洋のキマイラみたいな姿に変身してた…それに、道中で遭遇した三面の怪物、それにキョンシー身体と合体したサキガケ…」


 「…確かに。敵は複数の謂れのある怪物を融合させて使役していましたね」


 「…good やっぱり解ってた?」


 「…ええ」


 「…これから厳しい戦いになるわね…」


 「…覚悟は元より出来ていますよ」


 ほとり君の答えは私の予想通りだった。あれだけソースが揃えば、今の状況の理由、次に対処しなければならない相手の予想もできる。

 私たちはそのために笠間市の片田舎へと向かっているのだから。


 ほとり君も安全運転を心掛けながら、私と同様のことを考えていたようだ。


 そこで私は、ほとり君にもう一つ情報をあたえてみる。


 「…それに、土御門さんに聞いたけど、関東地方で流行している風とか病気ね、疫鬼…いわゆる行疫神の類…あるいは七人岬とかの仕業じゃないかって」


 「…あるいは、その両方が融合した大妖かもしれないってことですか?」


 「good! それを確かめるために、土御門さんは戦力の充実を計っていたそうよ。敢えて近付いてきた道士もどきを受け入れたのもそのためだったって………裏目に出て、国土管理室ビルの襲撃に使われたらしいけど」


 先の国土管理室ビル襲撃の発端の話である。


 曰く

 我々に近付いてきた大陸の道士と思われた人物は、じつは日本人男性で、洗脳されて自分を大陸の道士と思い込んでいた。


 曰く 

 素性を調べ終え、拘束して情報を引き出そうとしたが、妖怪変化に先を越されて殺されてしまう。


 曰く  

 国土管理室ビル地下で、夜、手の空いた時間帯に検死解剖をしようと運び込んだら、死体内部に仕掛けが施されており、地下の爆発と共に多数のキョンシーを率いる道士二人に襲撃された。


 曰く

 最初から罠だった。どうやら、ここ関東地方以外でも敵は大規模に活動しているらしく、どれが連中の本命の計画なのか判断できない。情報も、それを調べる人員も不足している。


 曰く

 私、四季すみれを折り媛の御役目に就けたい理由は、それを補うためだった。


 「…正直、私たちにとっては蒙古襲来に匹敵する大事件だわ…さて…早急に態勢を立て直さなくちゃね」


 「…了解です。そのためにも笠間へ急がないといけない訳ですね。後ろの人たちを起こさない程度にスピードアップします。それにすみれさんも少し寝て大丈夫ですよ」


 「悪いわねえ。あなたにばかり損な役回りを押し付けちゃって…ふわぁっ…ちょっと仮眠させて…」


 (日が昇った頃には、うぐいすのさえずりが聞こえてきたら良いなぁ)

 

 「男ですからね。僕は」


 私が市の鳥の鳴き声など考えながら助手席で双眸を閉じると、ほとり君はアクセルを踏み込んで、自慢のウェアウルフレディZをスピードアップさせたのだった。

  

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