推理に見せかけた妄想

 白骨死体を見つけた僕らは、直ぐ様警察に通報した。あの後幽霊はただ沈黙し、忌々しげに扉や廊下に描かれていた魔方陣を睨み付けているだけ。僕らに干渉してくる事はなかった。

 僕らはというと、警察から簡単な事情聴取を受け、特にお咎めなくリリースされた。

 事件性の高い死体の第一発見者とはいえ、僕らは完全な流れ者だと分かったからかもしれない。

 中道先生も、警察に任意同行されていったそうだ。一応あのD校舎を管理する立場故にだろう。

 何を聞かれ、何を話しているのかは僕らには確かめようがない。だから、これからどうなるかも、分からなかった。


「……この件からは、一旦手を引いた方がいいと思うわ」


 その日の夜。宿に取ったカプセルホテルのベットの上で、メリーはそう呟いた。

 薄桃色のバスローブ姿故に物凄く目のやり場に困るので、僕はブラインドの下ろされた窓から外の景色を覗き見る。

 田舎の少し栄えた繁華街は、既に照明が落とされ、暗い夜の帷を成していた。何年たってもここは変わらないなぁ。何て思いながら、僕は「一旦?」と、首を傾げてみた。何となく言わんとしている事は分かるので、その確認だ。


「現場検証だとか、身元確認だとかあるでしょう? 新しい情報が集まるまでは、私たちに何か出来る事はない。多分旧校舎にも入れなそうだし」

「……情報が出揃うまで、待つ。と?」

「あの幽霊だって黙りだったじゃない。しかもあの旧校舎に縛られているっぽいし」

「……まぁそうだね」


 確かにメリーの言う通り、僕らに出来る事はなくなってしまった。オカルト的事情を見つけても、死体があるならそこは警察の仕事だ。だが……。


「誰がやった。とか、わかると思う?」

「無理でしょうね。まず証拠がないわ。どんなに中道先生が怪しくても……ね。私たちがD校舎に入るのを止めようともしなかったし、そもそも取り壊すって通達が出てても、何のアクションも起こしてないときてる。幽霊関係は警察に言っても無駄でしょうし……」


 つまり、何も出来ない。ならば学生たる僕らが、長い間ここに留まる事は出来ないだろう。

 流石に何日も大学をサボるのは不味いのだ。

 くぁ……と、欠伸を手で抑えるメリー。もう寝ようか。と、互いに頷き、部屋の照明を落として、僕らはベットに潜り込む。安ホテルなだけあって、二人で入ると流石に狭い。背中合わせで感じるメリーの体温が、肌を伝う。夏場という事もあり、少し暑いが、かといってタオルケットをはね退ける気にはならならなかった。


「そういえば……、あの幽霊と対峙した時、何か視えたんだろう? 何だったの?」

「……ああ、あれね。事情聴取とかでドタバタしてたから、すっかり忘れていたわ。わりと重要そうだったのに」


 そう言って、メリーはくいくいと、僕のバスローブの袖を引っ張る。もう少し話をしましょう。そういう合図だった。

 僕らは背中合わせから互いに向かい合う。何かを見たのであろうメリーの青紫色の瞳は、朧気なベットのスタンドライトの元で、不思議な輝きを放っていた。


「見えたのは……女の子だったわ」

「女……の子?」


 そのあまりにも脈絡もなく、予測できなかった内容に、僕は思わず、彼女へもう一度問い掛けてしまう。戸惑う僕を神妙に見つめながら、メリーはうん。と頷いた。


「女の子よ。両目を潰されて。魔方陣……模様はD校舎のものとは違ってたけど、ともかくその上で全裸で寝かされていた。もう既に事切れていたんだと思う」

「それって……」


 あの猟奇殺人事件と同じ手口だ。けど、女の子? あの白骨死体は、少年の幽霊のものではなかったのか。

 メリーの受信は無差別だ。寧ろあの場に関係ないものを見たのだろうか?


「いいえ、見えた女の子は、D校舎の床に倒れていたわ。見間違えはない。だから間違いなくあの場では女の子が殺されている。あるいは、殺された後に運び込まれているわ」

「犯人は? 犯人は見なかったの?」


 僕が少しだけ興奮気味に問い掛けると、メリーは目を伏せ、静かに首を横に振る。そして……。


「犯人だとは断定できないけど、見えたのはもう一人。今日見た顔よりだいぶ若かったけど……中道先生。彼を見たわ。教室の入り口に、唖然として立っていた」


 少しづつ。僕の頭の中である仮説が組み上がってくる。

 それは歪な立体パズルのように、組んではいるけど、酷く脆い結合のように見えた。

 当然だ。これはあくまで、僕の想像。

 推理なんて芸当は、一介のオカルトサークルには荷が重い。

 僕らが出来るのは調査と探索。そこで何かを成しえる事もあれば、何も得ず逃げ帰ってきたり、徒労に終わることもしばしばだ。……寧ろそっちの割合の方が多い。

 だから、僕に出来るのは想像……悪く言えば妄想だ。あれやこれやと考えて。違うか違わないかも分からないまま、検討を終了させ、勝手に一人で……否、メリーと二人で、あるかもしれない真実の恐怖に震え上がる。


「ねぇ、メリー。僕の妄想、聞いてくれるかい? 君が見た事も踏まえて、色々議論したいんだ」


 僕の言葉に、メリーは少しだけ目を細め……。


「いいわ。今夜は私を……寝かさないで」


 そう悪戯っぽく笑いながら、色々と誤解を招きかねない発言と共に彼女は頷いた。



 キーワードはたくさんある。


「何を見た?」と問う先生。それに正直に答えた僕。

 僕が入り込んでから、封鎖された三階。

 昔の僕を執拗に止め、怒りを露にした中道先生。

 幽霊の発言。

 白骨死体は女の子。

 猟奇殺人事件の顛末と、捕まっていない犯人。

 D校舎の至るところに存在する、魔方陣。

 中道先生の机。

 床と踊り場。



 さぁ、妄想を膨らませよう。



 ※


 明け方近くまで議論しつくした僕らが目を覚ましたのは、日がだいぶ高くなってからだった。

 メリーとは背中合わせで寝入った筈なのに、朝起きたら抱き締め合って寝ていた。なんてベタベタな展開があったりしたが、それに関しては今更どうこう言う必要は無いだろう。わりと色々な所に出張する僕らだ。一緒に一夜を明かしたのも、一度や二度ではない。

 だからメリーよ。ドキマギしながら目を逸らすのは止めて欲しい。僕も反応に困る。


「私、メリーさん。昨夜は激しくて……彼に寝かせて貰えなかったの」

「議論がね。あとメリー。恥ずかしいならそんな事口走らなくていいから」


 照れを誤魔化そうとして、余計どつぼに嵌まる例が目の前にある。色白だから赤くなれば目立つこと目立つこと。

 微妙に脈が早くなってる僕も人の事は言えないけれど。


 因みに小学校で白骨死体が見つかった件は、翌日のニュースに取り上げられていた。

 警察が犯人を追っている。的な事を話している辺り、中道先生も釈放されたのだろう。メリーの幻視(ヴィジョン)による情報が警察側にない以上、十年前の猟奇殺人事件と関連付けられるのはいつになるだろうか。


「意外とすぐかも知れないわ。こういう身元不明の遺体が出た時って、まず届け出がある行方不明者から当たるって聞いたことがあるもの」

「そうなの?」

「親戚に警察関係者がいるの。遠い遠い親戚にね。元鑑識で……今は何やってるんだったかしら?」


 首を傾げて考え込むメリーを尻目に、僕は手早く準備を進める。さっさとチェックアウトして、大学に戻らねばならないのだ。……いや、今日もサボりにならざるをえなそうだけど。


「取り敢えず……もう少し動向を見守ろう。死体が本当に十年前の猟奇殺人事件の行方不明者だったら。ないし犠牲者だと判明したら……また動こう」


 そうして、僕らは暫し日常に戻る。

 その数週間後、ニュースによって事件の進展が語られた。


 白骨死体は、十年前の猟奇殺人事件が多発していた頃の行方不明者。横山よこやま由美ゆみちゃん。当時九才のものと分かった。

 やはり昔の事件の犠牲者か? という話でテレビが沸き立つ中。

 それを見た僕ら、『渡リ烏倶楽部』はひっそりと行動を再開した。

 目指すは再びの僕の故郷。

 日が傾き、田舎の風景が黄昏に沈む頃。母校の職員用駐車場にて、僕が佇んでいると、目当ての人物はやって来た。

 ガタイいい身体。体育教師を絵に描いたような雰囲気。

 中道先生だ。

 彼は僕の姿を認めると、少しだけ驚いたように目を見開いて。やがて、肩を竦め、疲れたように微笑んだ。


「……滝沢か。……まぁ、また来るとは思っていた。話がある。って事でいいか?」


 十年という歳月を感じさせる、深みのある声で、中道先生はそう呟いた。


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