潜入と遭遇
「空が蒼いわ」
歌うようにメリーが言う。白いレース調のワンピースに、水色のストールが爽やかだ。
「ああ、ついでに風も気持ちがいい」
僕もまた、それに答える。夏なのに適度な冷涼感が確保できるのは、駅中のカフェテラスの特権だと思う。注文したアイスコーヒー二つの砕かれた氷が、カランと小気味いい音を立てて……。
「という訳で、講義サボって旅に出よう」
僕とメリーの声が重なる。こういったノリで言い訳を付けて、僕らは切符を片手に新幹線を待つ。
目指すは僕の故郷。その小学校の旧校舎だ。
※
幽霊やらその他、この世に存在するありとあらゆる怪異。不思議。超常現象。都市伝説を調査し、暴き、追い追われ。それが、僕たち『
……今更ながら、変なサークル名だと思う。
これはメリーの謎センスである。僕は『
因みにメンバーは二人。
幽霊やらを見れて。それらの存在や領域に干渉・侵入出来てしまう僕と。
幽霊やらを見れて。それらの存在や領域を無差別に観測してしまうメリー。
大雑把に言ってしまえば、メリーが手掛かりを受信。二人で探し、現場を見つけたら調査。必要あらば僕が干渉する。この無駄に高いシナジーを利用して、僕らはありとあらゆる非日常に触れているのだ。
サークル立ち上げの発端は……。そこそこ長いので、ここでは割愛しよう。
ともかく。いつもならメリーの受信……、本人は
一時的な衝動で、二人揃ってもれなく大学をサボって遠出するのは……。わりとよくあるケースだけれども。
「〝列車がどこへ行くかよりも、乗る。と決めることが大切なんだ〟なんて言うべきかしら?」
「ポーラー・エクスプレスかい? 〝決めたということは、行動するということ〟サンタクロースにしろ十年前の幽霊にしろ、追う以上は行き先も決意も、どちらも大切だと思うよ?」
「ルーシー・モンゴメリね。まぁ、決めるなんて言っても、サボタージュした事には変わりないのだけれど」
それを言ったらお仕舞いよとは言うまい。
新幹線のシートに腰掛けたまま、僕らは適当な話に花を咲かす。約二時間半程はこのままだ。流れていく景色を一緒に眺めながら、二人で買った駅弁をつつく。平日かつ午前中というのもあるし、指定席故に、人はそこまで多くない。まさに我が物顔でくつろぐ大学生二人の姿がそこにあった。
「小学校にアポは?」
「とったよ。五、六年生時の担任にね。然り気無く中道先生の所在も聞いてみたら、まだ勤務してるらしい」
「よかった……のよね?」
「よかったんだと思うな。寧ろ、旧校舎が取り壊される事になって焦ってるかどうかも確かめられるし」
僕がそう答えると、メリーは何処と無く複雑そうな顔になる。気遣わしげな視線に、大丈夫。というように頷くと、彼女はもうその件については何も言わなかった。
「そういえば、幽霊の他に、妙な紋様も見たって言ってたわよね? 扉に赤い絵具かペンキで描かれてたってやつ。どんな感じだったの?」
トートバックからタブレットを取り出しながら、メリーが問う。指を滑らせ、青紫の瞳がディスプレイを楽しげに見つめる。
少し嫌な予感がしたのは、胸の内に留めておいた。メリーがタブレットを弄るときは、何らかの情報を集め終えて、僕と一緒に検証したい時だ。わりとエグい情報を引っ張ってくる時もあるから、油断ならない。
「流石にそこまで覚えてないなぁ……。わりとシンプルだった記憶はあるんだけどねぇ」
「あら、じゃあコレの参考には出来ないわね~」
そんな事を言いながら、メリーは僕にタブレットを見せる。出てきたのはとあるニュースサイトのバックナンバーで……。
「……こんなのあったんだ」
「私も昨日の夜調べてビックリしたわ。当時のニュースは……覚えてるわけないわよね」
「生憎、ニュースを見るようになったのは中学の終わりごろからなんだ。いや、それにしたって……う~ん。ますますキナ臭くなって来たなぁ」
思わず二度見してしまうほどの内容が、そこには記録されていた。
事件が起きたていたのは、僕が三年生に上がる、一年程前から。僕のいた学校の学区内にて、奇妙な事件が多発していたらしい。
『連続児童猟奇殺人事件』
近辺の児童が連れ去られ、後に惨たらしく惨殺された事件。
被害者は滅多刺しの上に、明らかに死体遊びをされた形跡があった。
目は潰され、身体には切り傷で何らかのマークを刻もうとしたのか、致命傷にはなり得ない傷が多く付けられていた。
果てにはペンキの類いで魔方陣に似た模様を地面に描き、その上に死体が安置されていたという。
「変な儀式でもしようとしてたのかしら?」
「正直、これだけじゃあ分からないよね。魔方陣って言っても、どんな模様してたのやら……」
犠牲者が五人。行方不明者が二人。殺されていた場所は、雑木林、神社裏、空き家の中、公園のど真ん中、河川敷。加えて被害者、行方不明者の年齢も小学生一年から中学一年まで完全にバラバラ。法則性など見えはしない。
これが関係しているとは思えないが……。
「でもね。これ、恐ろしい事に、犯人が捕まっていないのよね」
「つまり、今も連続殺人鬼はのうのうとあの街にいるかもしれない……と。ゾッとするね」
関係ないとも、言い切れなかった。耳の片隅では新幹線のアナウンスが、日本語から英語に切り替わる所だった。
『Ladies and gentlemen, welcome aboard the To……』
緩やかに減速する新幹線。といっても、目的地はまだ先。
「そういえば、宿はどうするの? 日帰りは……出来るか微妙じゃない?」
「……まずった。それ考えてなかった」
「貴方の実家は……」
「……今日大学。サボタージュ」
「それは不味いわね。悪い印象を与えかねないわ」
「いや、うちの親的にその辺は大丈夫そうだけどさ。主に僕が絞められそうだ」
「……じゃあ、ご両親へのご挨拶はまた今度ねぇ」
「……何でそこはかとなく残念そうなの君?」
わりと行き当たりばったり故の弊害やら、その他の要因に頭を抱えつつも、僕らが新幹線を降りたのは、そこから一時間後だった。
※
「お久しぶりです。吉川先生」
挨拶と共に職員室に入ると、酷く懐かしい顔が僕とメリーを出迎えた。
ひょろりとした、ノッポの体躯。くしゃくしゃの天然パーマ。眼鏡をかけて知的な鋭さを有している……と、見せ掛けて、タレ目なせいで、いまいち威厳がない。
その人こそ、僕が五、六年生の時にお世話になった、
「滝沢君……。ああ、大きくなりましたね。放浪癖は治ったかな?」
「……残念ながら、今も。寧ろ行ける場所が広がった分、悪化したかもしれません」
「おやおや……」
独特のゆったりしたテンポ。卒業して結構経つというのに、彼は僕の所業を忘れてはいなかったらしい。「そんなに僕、フラフラしてましたか?」と問うと、先生はそりゃあもう。と言わんばかりに頷いた。
「因みに、君が放課後に寄り道した回数の記録は、まだ破られていませんよ。私としては破られない事を望みますけどね。学区を通り越して隣の県で保護された時なんて、思わず笑ってしまいましたので」
「お恥ずかしい限りです。一応、昔ほどはやんちゃではないつもりなんですが」
「……そのようですね。よもや、あの滝沢君がこんなに綺麗な恋人さんをお連れしてくるなんてね。当時の君は何とも危うい目をしていましたから……少し心配だったのですが、杞憂だったらしい」
ばつが悪そうにそう返す僕。それに対して、先生は何処か懐かしさを瞳に滲ませながら、柔らかく微笑んだ。
然り気無く変な勘違いをしているが、今はそれより重要な事があるのでスルーしておこう。
「それで……。本日の件ですが、了承していただけるでしょうか?」
「旧校舎の写真が撮りたい……ね。ああ、君、一時期通いつめていましたからねぇ。まさか廃墟が好きだったとは思いませんでしたよ。写真部で個展を出すんでしたっけ?」
「ええ、その予定なんです。取り壊されると偶然知ったら、いてもたってもいられなくて」
いけしゃあしゃあと口にしていると、罪悪感がちょっぴりわく。無論、この理由は真っ赤な嘘である。
僕は写真部ではないし、個展など出す筈もない。
そもそも、旧校舎は通常は生徒の立ち入りが禁じられている場所だ。当然ながら、本来なら一般の人が入ることは叶わないだろう。かといって、幽霊がいたのを思い出したので見に行きたいです。何て言える筈もなく。
ではどうするか。そこはわりと単純な手を使うのである。
田舎の小学校特有な絶妙なユルさ。卒業生という自分と、母校が改装するからという細やかな後ろ楯。その辺を交渉に利用する。
廃墟マニアでその写真を撮るという建前と、とある先輩から借り受けた一眼レフを引っ提げてハリボテのキャメラマンと化した僕を、吉田先生はまじまじと見つめる。そして……。
「廃墟に私のガンダムフィギアは入り用で?」
「いや、いらないです。というか、何で机にフィギアがそんなに飾ってあるんですか」
「いやぁ……ちょっとした切っ掛けで嵌まってしまいまして。机は唯一の自由空間なもので」
肩を竦めながら先生は悪戯っぽく笑う。今更ながら他の先生の机を見ると、成る程。確かに個性あるものばかりだ。
サンリオ。ディズニー。アンティーク風。鉄道系の雑誌が並んだもの等。これでいいのか小学校とは思ったが、先生曰く、「うちの校長はユルいから」とのこと。……うーむ。謎だ
「まぁともかく。中道先生からもOKは出てますので。器物損壊やらモラルに反した事をしない限りは、好きに散策してくれて構わないですよ。あ、幾ら美人さんな彼女だからって、神聖なる学舎でヌード写真は……」
「先生、セクハラって知ってます? 僕を変態か何かと勘違いしてませんか?」
「ハハッ、冗談。冗談ですよ滝沢君」
廃墟とヌードの調和は素晴らしいかも。何て思ってしまった事はさておき。取り敢えず。OKは貰えたらしい。
その最中、然り気無く視線を脇にずらす。中道先生の席。
四面、六面、八面、十面、二十面。緑と黒という見にくそうな色合いのサイコロが、積まれた本の周りに無造作に転がっている。
その前にゆったりと腰掛けながら、中道先生は読書に勤しんでいる。見た目は完全な体育会系故に、アンバランスな感じが否めなかった。
ふと、視線が合う。読んでいた本を閉じて、中道先生は屈託なく笑う。
それは、もうやんちゃするなよ。といった、教え子を見守る姿にも。変なことは決してしてくれるなよ。といった、警告の意のようにも取れるようだった。
※
「どう思う?」
旧校舎の入り口にて、メリーが問い掛けてくる。
「……ブライアン・ラムレイ。『タイタス・クロウの帰還』『地を穿つ魔』『幻夢の時計』……他にも色々。嫌な予感しかしないね」
そう答えながら、メリーを横目で見る。彼女もまた、僕を見ていた。
どちらからともなく、そっと手を繋ぎ、離れないよう指をしっかり組む。
『渡リ烏倶楽部』は二人で一つ。昔あったちょっとした事件以来、僕とメリーは非日常と対峙するときは決まってこうしている。
手を組む。指を結ぶ。迷信と侮ることなかれ。こうした事で窮地を脱した事が、そこはかとなくあった気もする。
D校舎に入り込み、目的地へと進む僕らを待ち受けていたのは、相変わらず埃っぽい床と、いつかのようなねっとりとした視線。そして……。
「これは……」
「ますますキナ臭いわ」
封鎖していた筈のありとあらゆる物品が取り払われ、傷だらけながらも光沢を放つ床と踊り場を晒した、〝三階への階段〟だったのである。
僕もメリーも、ひたすら無言だった。ホラーやらオカルト好きなら幽霊や超常現象は平気になる。それは偏見だ。
戦場に慣れはしても、緊張は欠かさぬ兵士のように。僕らもまた、未知なるものへの畏れと興味で、身が適度に強張っていた。
階段を上がり、廊下へ。そこに……。
赤いペンキのようなもので、同じ模様の落書きが、徹底的に施されていたのだ。
円の中に、歪な五芒星。中心は……目。だろうか。それを見た時、僕は頭の中にチリチリとした疼きが来て……。
まるでフラッシュバックのように、映像が浮かび上がる。第三者の視点で、僕はそれを見ていた。幽霊と、逃げる僕。扉にはつい今しがた見た、赤い歪な星マーク。これは。
「これだったのか……」
「……え?」
僕の呟きに、床の模様らを眺めていたメリーが、怪訝な顔で僕を見る。自分が唾を飲む音を他人事のように感じながら、僕は床の魔方陣に手を伸ばす。
少しだけ埃被った床とは対照的に、それらは塗装が剥げた様子はない。最近塗りたくられたと言っても過言ではなく……。
「辰……あれ」
メリーが前方を指差す。奥の教室。その扉に、またしても床と同じマークが刻まれていた。
互いに頷き、その扉へと歩み寄ると、僕はそれに手をかける。ガリガリゴロ。といった音を立ててそれは開かれて。そして……。
『…………ヒヒッ』
何もない教室の真ん中に、ポツンと置かれた木製の学習机。その上に、ちょこんと体育座りする影があった。
髪も。肌も。服も。何もかもを血に染めた不気味な出で立ち。
いつかの少年の幽霊が、薄ら笑いを浮かべながら、僕らを出迎えた。
「――ッ!」
「――ぅ!」
息を飲む、僕とメリー。前触れもなく起きた対峙は、僕らの背筋を凍らせた。互いの手を、強く握る。
幽霊は、虚ろな瞳のまま、僕らを見つめていて。
『ヒヒッ……ヒヒッ……ヒヒヒッ……ウラ』
そう言いながら、少年はゆっくりと血塗れの指を動かし、教室の一点を指差した。劣化し、色の剥げた黒板だ。かなり古い型らしく、今のように壁の窪みに嵌め込むタイプではなく、木の骨組みの上に立て掛けるものらしい。
訳も分からずに少年と黒板を見比べる。見ろ。そういう事なのか。
「……見てみましょう」
メリーの言葉に頷きながら、僕は少年から目を離さぬまま、黒板に近づく。何かがあれば、すぐに動けるように。
メリーが受信で、僕が干渉。つまり、こういう事態の場合は僕が頑張るのだ。
具体的にと言われると返答に困る。取り敢えず叩く、押さえるといった原始的な方法もある。少年の霊ならば、何とかなる……かもしれない。……本当に見た目通り少年の霊ならば。だけど。
「メリー。どう? 何かある? あるいは何か感じる?」
黒板が動く音を耳にしつつ。少年を睨み付けたままで僕が問う。少しだけ、息を飲む気配がしたところを見ると、何か……。
「……骨よ」
「……は?」
不意に飛び出した脈絡のない単語に、目を白黒させると、メリーはもう一度、「骨だわ」と、答える。何が? と、聞くのも野暮だろう。何があるか想像できた僕は、チラリとそれを見る。
黒板をどかした壁には、少し大きめの裂け目があった。
そこに……。
何本か髪の毛がへばりついた頭蓋骨が、こちらを覗いていたのだ。
「…………なんだよ。これ」
白骨死体なんて、どんな過程を経て出来るのか。その理屈は分からない。ただ分かるのは、この誰かの骨は確実に、僕があの日このD校舎に入り込んだ時も、ここに置かれていたのだろう。
「ぐ……うっ……」
「メリー!?」
ふらつきながら、こめかみを抑えるメリー。身体を支えてやると、息も絶え絶えになりながら、荒い息をついている。見覚えのある反応だった。
「よりにもよって……」
苛立たしげに、悪態をつくメリー。無差別かつ唐突に幽霊やオカルトの現象を感じ、視界に収めうるメリーは、この場に来たことによって、死体の念を受け取ってしまったのだろう。白昼夢のようなもの。と、本人は言っていた。
活動中には度々起こりうる事態。故に僕は彼女の手を離さぬまま、白骨死体と少年の幽霊を交互に見る。
死体は、既に目玉などない筈なのに、まっすぐ僕達を――。今を生きる者共を見つめている。そんな気がした。
「これは、君なのか? あの時も、僕にこれを見つけて欲しかったの? ……いや、そもそも」
そこに在る、霊に語りかける。血塗れの少年は、相変わらず薄ら笑いを浮かべながら、僕と、それにもたれかかるメリーを眺めていた。
「……君は、何がしたいんだ? どんな未練があって、ここに留まっている?」
D校舎には白骨死体と、血塗れな少年の幽霊がいた。これが何を意味するかは分からない。取り壊される寸前に僕の元へ話が舞い込んで来たのも、ただの偶然というより、死者からのメッセージのように思えてならなくて。
僕はただ、少年にそう問い掛けた。すると、少年は……。
『出ラレナイ。囲マレテイル。……出タイ』
悲しげな表情で、そう呟いた。
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