面影

 ――何かを見ていた、漠然とした物語、そこにある既に見た記憶。いつもそうだ、前にも見た気がしたけどその内容を思い出せずにいる。

 視界、情報の輝き、明るさ、知らない場所、地続きではない記憶。ゆっくりとゆっくりと周りを認識するカガナ。

 2人の女性がちょっと先の方で話している。何を話しているのかカガナには聞こえない。一人がこちらを見て気がつく。中村レイ、カガナが学校で1番の美人だとおもっている女の子だ。起き上がろうとするカガナ、しかし上手くいかずに横にすこし跳ねて寝返りを打つような形となった。

 中村レイは寝台に駆け寄って来る。彼女は学校の制服に鞄を肩に掛けていた。そしてもう一人の女性もゆっくりとした足取りで近づいてくる、校庭で会った女性、夢の人の面影がある人、少しだけ懐かしむようにカガナは空気をゆっくり深く吸った。

 今度は慎重に両腕を使って体を起こすカガナ。痛む両腕、中村レイがすかさず介添えしてくれた。

 甘くて心が安らぐ、女の子の匂いがした。

 寝台、その横にはいくつかの引き出しのある小さい机、黄緑色をした間仕切り、彼が寝ているところは病院の一室である。

 カガナは口を半開きにして彼女を見つめる。しかし言うべき言葉が見つからない。

 中村レイは目線を下方にはずす。

「学校にも何も連絡がなくて休むから、……なんて言うかその、心配させないでよね」彼女は唇と唇を奥に仕舞い合わせて言った。

「悪かったよ」カガナは自分のいる状況をまだ理解出来ていないのか、作り笑いのような硬い表情で答えた。

「今って夕方?」カガナは彼女に尋ねる。

「そうよ」わずかに頷くレイ。

「あれ、それじゃあそんなに時間は経ってなかったんじゃ……」

「1日は意識がなかったのよ」校庭にいた女性は補足した。

「とにかく、授業の頒布物とか持ってきてあげたわよ、ありがたく思いなさい」レイは鞄を開けて寝台の横の机にいくつかの紙を置いた。

「かんしゃーかんしゃー」カガナは頭の上で手をすり合わせる動作をした。

「何それ、何かの真似? それとアル君からの伝言で、うらやましいぞーだって。よかったわね」サラは鞄を閉じて肩に掛けカガナを見下ろした。

「私帰るわね、レイあなたもあまり遅くならないようにね。それとカガナ君、もう無茶はしてはいけないわ」女の人はこちらも見ずに言い放ち入り口へと向う。

「あの、あなたって何者なんですか」カガナは聞いた。

「私はサラ、更紗サラよ」そう言って彼女は病室を出ていった。

カガナは俯き握り拳で心臓の辺りを押さえた、手は胸よりも暖かい。

「どうかした?」レイはカガナの顔を覗き込む。「少し呼吸が荒いけど、先生呼んで来ようか?」

「いや大丈夫、何でもないよ」

「何があったの?」

「何がって?」

「何もなくて病院なんて運ばれないわ」

「あの人、サラさんからは聞かなかったの?」

「彼女はあなたから聞いてだって」

「そうか」カガナは考え込むように下を向く。

 中村レイは待っていた。病室の窓に西日が差し込んでいる。沈黙がその場を洗うように、静寂が時を刻んだ。

 そうして、カガナはレイを見る。彼女も彼を見返した。

 カガナは今日も夕焼けが見える緋色の瞳が綺麗だと思った、今この瞬間ならずっと彼女を見つめても誰からも責められることはない。

「教えてくれないのね」瞳から夕焼けは消えた。

 一呼吸置いて、カガナは話はじめた。

「帰り道にあいつがいたんだ」カガナはレイから目線を外す。

「あいつって……もしかして、校庭に降ってきたやつの仲間?」

「そうだから今度は自分が倒す番だと思ったんだ」

「どうしてそうなるのよ」

「そしたらこの有様さ」カガナは少しだけ笑った。

「あまり実感がないけどカガナ君が言うんだからそうなんでしょうね」

「全部僕の妄想かも」

「それならここは残念ながら隔離された精神病棟ね」レイは溜め息のような息を吐いた。

「とにかく毎日は届けてあげないから早く学校に来てね」

「ありがとう、毎日待ってるよ」

「何それ、そんなことならもう来てあげないんだからね」

 カガナの目に、再びレイの瞳に夕焼けが宿るのが見えた。

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