帰路

 目覚める、そして天井、目線を横にずらすとそこにはサラが涙ぐんで椅子に座ってこちらを見ていた。右手を伸ばす、頬に手が触れる、拭う涙。僕は「そんな顔するなよ」そう言いたかった。でも言葉が出ず目をつむる。深い呼吸をした、時が止まっているように何ものも静かだった。その先を知ることは叶わなかった。

 次に目を開けたときそこには無表情で立つサラがいた、再び手を伸ばす、力を入れても何も起きない、感覚すらなくそこに伸ばせる右腕は存在していなかった。

 瞼を閉じて開けた1秒もない、その一瞬のうちに世界は僕を置き去りにしてしまった。言い表すことの出来ない虚しさ悔しさが込み上げる、どうしてもあの世界に戻りたかった、言うべきことは沢山残っている。

「気がついたのね、よかった」サラ――この世界のサラは無表情のまま言う。

「サラさん」僕は痛感した、目の前にいる彼女は僕の知るサラではない、この世界に彼女はいないと。

「サラさんって初対面では呼びつけだったのに今更変ね」サラは笑うように少し口元を緩めた。

「あなたには助けられたわ、何てお礼を言えばいいのかわからないけどとにかく本当にありがとう」彼女はそう言って深々と頭を下げた。どう答えていいかわからず口を半開きにするしかなかった。

「あなたが切り札ってのあながち嘘じゃないのかもね、とにかく今は休んで」そう告げて彼女は病室を後にした。

 また病院に逆戻り、何が起きたのか、何をしたのか段々と記憶が蘇ってきた。ここに無事にいるということはどうやらあの”敵”は倒すことが出来たようだ。その代償はあまりにも大きいもの。今となっては普通の世界がよかった、さもなくばあの世界、僕の知るサラのいる世界に戻して欲しい、いきなり地獄の淵に落とされた気分だった。

「五体満足でも勝てないのに右手がなくてどうしろと」小さく独り言をつぶやきまた目を閉じた。


 気がつくと暗くすっかり夜だった、病室の電気もついていない。こんなところにはいられない、そう思い立ち上がる。体中痛むが歩けないということはなかった、片腕をなくすという大怪我にも関わらず不思議とその部分の痛みも感じられない。実感が沸かなかった。

 持ち物を探す、幸い着ていた服や財布などは病室の引き出しなどに有りすぐに全て見つかった。人に見つからないように音をなるべく立てずに病室を出る。夜で働いている人が少ないせいか誰ともすれ違わなかった。

 僕の高校があるこの市街は路面電車が走っている。病院の前の幹線道路脇には大きな案内版用の地図がありそれで一先ず路面電車の停留所までの道のりを確認出来た。振り返る、病院は大きく夜の街の明かりに照らされて不気味に揺らめいていた。僕は歩き出す、早く家に帰りたかった。路面電車に乗って最寄の駅まで行ってそこから通常の電車で帰る。街はいつもと変わらない、車は走っているし、街灯もどこもかしも山吹色にやさしく照らしている。行きかう人も普通に見える。あんなことがあったのにどうしてみんな知らないんだろう。あんなものが降ってくるならこの街からは逃げ出すはずだ。僕はどのくらい眠っていたのだろうか、もしかしたらそんな災害を人々が忘れてれしまうほどの年月が経ってしまったのかもしれない。

 乾いた空気を鼻から吸い込む。街の匂いは変わってはいない、僕を認めてくれている。だた時が隔絶してしまい浦島太郎のように孤独に歩んでいた。

 そんな考えを巡らせていたら時間の退屈さも感じることなく停留所についた、程なく路面電車がやってくる。古い車両だった、今だに床の素材は木で出来ていてだいぶくたびれている。乗っている人もまばらで座ることが出来た。運転手は理解できない言葉で行き先を告げると扉が閉まり発車した。

 右腕のない人間は目立つはず、僕は上京したての田舎ものみたいに辺りを見回したが乗っている人が少ないということもあり誰も僕を見ていなくて安心した。そこからは何を考えていたのかわからない、だた駅について電車に乗っていつもの学校帰りの道のりを帰った。高校があるこの街からは電車で40分くらいかかる、同級生はたしか初対面の時地の果てからでもやって来たような反応をしていたので僕も十分本当は田舎ものだった。 

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