誤解
今日あったこと、サラに出会えたことも全て夢なんじゃないかとカガナは思った。無機質な白い病室、右に見える窓、外は曇っている。白黒の世界に甘い香りだけわずかにが残っていた。女の人のにおい。サラのにおい。それだけが事実を伝えているように感じた。
全身が痛い、腕には包帯が巻かれている。布団を被っているがおそらく下半身にもそういった処置がほどこされているだろう。体を少し動かすだけで伝わってくる違和感によって想像できた。恐いから見るのはやめておこう。
上半身を起こす、痛みが走る。特に左肩の方から強い痛みを感じた。丁度あいつの横薙ぎを受けた位置だ。白く固いものがぐるぐる巻きにしてある。
窓の景色から想像するにここは4階か5階ぐらいの位置のようだ。周りに高い建物がなく遠くに市街が見えた。
太陽は見えないが明るさから、もう夕方であることがうかがえる。どのくらい気を失っていたのだろうか。時間の感覚がおぼろげで、どこまでが地続きの自分の記憶かも疑わしく思えた。つまり現実感がない。今日一日だけで突きつけられた事実や事件の有様に頭がついていっていない。処理が出来ずに情報が溢れている。夢で見た人物に会う、異形のものが人を殺す。昨日と今日の日付が変わる間にこの世界は何かの歯車がはずれてしまったのだろうか。おまけに自分は切り札だとサラに嘘をついてしまう。馬鹿馬鹿しい口から出任せ。おかしくなったのは世界ではなく自分の頭の方だ。何の幻覚を見たのか、そうかここはきっと精神病院か何かかもしれない。
記憶の反芻、可能性や疑いなどがカガナの思考を支配した。
深呼吸、痛みとこの怪我だけが動かぬ事実としていったい何をしでかしたのか想像してカガナは恐くなった。あの怪物は幻でもあの場で動かなかった人達は事実だったら、殺したのは自分かもしれない。
風が窓を揺らす、間をおいて木から鳥たちが飛び立つのが見えた。
廊下が騒がしい、医者や看護師だろうか。何を話しているのかまでは聞きとれない。
状況が知りたい、ここはどこの病院なのか、今が何時であれからどのくらいたっているのか。
誰かを呼ぼう。
「あの……」そう廊下に呼びかけたとき。
空が一瞬黒く陰った。
低い衝撃音。
窓が激しく揺れた。
地響き。
遠くに煙があがっている。煙の真下が陥没し放射状に建物がいつくも崩れている。
巨大な人型の物体が立ち上がるような動作、土煙の中から異形の姿が黒くかすんだ蜃気楼のように浮かびあがった。
カガナは立ちあがる。室内履が下にあった。それを履く。足も痛んだが幸い歩けない程ではなかった。
あの場所にいかなければいけない。病室を出て階段を探した。途中医者のような人に声をかけられたが無視した。
ここにじっとしていることは彼には出来ない。
普段の感覚で階段を降りようとしたが痛くで出来なかった。右足が特に痛む、手すりを使って引きずるように降りた。長い階段、心臓の鼓動が早くなる。また彼女に会える、根拠はないけどきっとそうだろうと彼は思った。
外に出た。地面の感触がいつもより強い、裸足ではなくてよかったと安堵する。高音の非常警報が聞こえる。煙のおかげで進むべき方向はだいたいわかった。
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