俺はただ飯が食いたかっただけなんだ

第1話 ネギだく牛丼温玉のせに愛がある。

 これは俺の異世界日記であり、句読点がおかしかったり読みにくいのはご容赦いただきたいと思う。こう、筆無精が書き続けるには勢いがいるのだ。俺の側に居て添削してくれる優しい校正者がいたら、今居る世界平均的に殴り倒していると思うが。



 そう始まりはあの日だった。納期間近の無茶案件。現場を見てない営業の大変心ない「あ、1日巻いて納品ですか、お任せ下さい」的なセールストークをしやがったせいで、チーム全員が血反吐を吐きながら遠い出先で追い込みをしていた日の事だ。今日はなんかとかノルマを上げる事ができ、寝るためだけの冷たいベッドが待っている家の、最寄り駅の駅前にある赤と黄色の看板の牛丼屋。今日もなんとか終電に間に合ったかと駅のアナウンスが遠く聞こえる中、店内に駆け込んで今日の栄養補給エサってやつだ。店員とも顔なじみになりすぎて『いつもの』でも通りそうな気もするが、さっさと注文を済ます。


 そういやつい先日、世間いや、俺の大学時代の友人共との話じゃあ、残業40時間制限にひっかかって稼げなくて辛いなんて、社畜共めなどとお互いに叩き合いつつ呑んだ事を思い出す。まぁ、正しくブラックな会社で社畜なのは俺だけだったが。例の営業は上長が珍しく仕事をして締め上げてたので赦したが、あんな野郎にボーナス考課査定が高めに出るとかうちの経営陣、社員を昔の奉公人かなんかと勘違いしてんじゃねぇだろうか。


 早速届いたネギ牛丼大盛りに温玉とおしんこ、豚汁に対して邪道かもしれんなと思いつつも、紅ショウガと七味をこれでもかと載せる。普段の健康な味覚だったらもう、これはアウト、無し無しだろうとは理解はしているのだが、ここ連日の疲労でろくに無い食欲と落ちている味覚をごまかして喝を入れるならこれが最良、いやもはやコレしかないと経験上思っていた。

 疲労回復や精をつけようって言うんだったら、オレンジの看板の店でウナギ丼なんてのもいいんだろうが、まぁ、あいにくと俺の最寄り駅の店は駅前再開発で閉店してしまったしな。黄色い看板の方の店も美味しいが改札が反対だ。

 さておき、いいかげん空腹で、両手を合わせ親指と人差し指の間に箸を横にはさみ、それではいただきますと、ご飯で温まった丼に左手を添え、箸を利き手に持ってそれではイザ! イザいただきます、と麗しののネギ牛丼様に飛びかかる視界が傾いているところで俺の視界が黒く狭くなっていくのを覚えている。



 個人的な体験に限れば、この感覚は憶えがあった。あれは確か飲み過ぎて意識を無くす直前だったか、あるいは仕事が追い込まれすぎて最後の最後間に合わないとおもった案件を通したあとの事だったか。

 本日の牛丼様には、おビール様という神のごとき酒はつけていなかったはずである。となると、今までのは納期アップした直後に見ていた夢だろうか。世間様じゃあ、気絶してたって言われるアレに違いない。

 固いベッドのような感触に、ああやらかしたなぁ。店員にゃぁ悪いことした。そういや俺、保険証もって出てたっけ? まぁ、支払い窓口で謝ればいいか。窓口が可愛いお姉さんだといいんだが。馬鹿な俺を罵ってください! とか、正直疲れて起きるのも面倒な身体を休めたくて、目を開く気はなかった。


「や、ここはこう言うべきでしょうか」

 現実逃避をしていたというのに、俺に声をかける奴がいて。なぜか無駄にイラっとする声に、仕方ないと目を開けた。

 目の前にはブランド物をびしりと一部の隙ももなく着込んだ、むかつくほどのイケメンがいて、奴の顔をみれば大変面白そうな表情をしてやがった。

 現場を知っていながら無視して案件の納期を巻いたり、必要無い仕様変更を頂いて俺らの部署にぶっこんでくる無能営業の作り笑いを思い出してイライラする。

おまけに言うこの言葉を聞いて、


「旅人よ、飯を食べる前に死んでしまうとはもったいない」


飛び起きて殴りかかった俺は悪くない。



 むかつくイケメンとのやり取りはあまり思い出したくはないが、地球の、日本の、関東の、首都の、郊外の、俺の家のある最寄り駅の、いつもの牛丼屋のあの匂いをもう嗅ぐこともできない。


 親不孝をすることになった両親にはごめん、どこかのあの世で会うこともあるだろう、そんとき改めて感謝を伝えることにする。まぁ、俺の保険と労災はがっつり申請してぶんどってやって欲しいと思う。それと途中で仕事ぶん投げることになった同僚諸氏と後輩諸君には申し訳ないと思う。


 そして俺に残ったのは、量販店の安物の吊るしのグレーのスーツに、Yシャツ、ネクタイ、充電も怪しいデジタル機器の入ったビジネスバッグを抱えて俺はファンタジーな世界で、空きっ腹を抱えながら旅をすることになったのだ。


「ああ……腹が、減った」

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