「泉ののろい」その16

「それだけですか?」



「そ、それだけって……多分」



 アレキサンドラはいまいち王子の気持ちがつかめず小首を傾げる。


 少しの間、沈黙が続いた。



「君……っ」



「あ、あのっ」



 二人同時に口を開いて頭の中が真っ白になり、



「なんだ」

「お先にどうぞ……」

「遠慮するな」

「遠慮だなんて」



 ともじもじとして何回かやり合ったが、実際にお互い何を言わんとしていたのか、その後も語られることはなかった。



 というのは後々の笑い話で、今は仇敵との喧嘩の真っ最中。



 アレキサンドラは黄金の十字架を背負うような心持ちで様子を見守っていた。


 王子はこくり、とのどを鳴らす。


 この偽宰相が彼に言いつけた数々の雑言を思い出していたのだろう。


 マグヌスが勝てば、納得のいかない圧政から人民を解放できるのだ。


 すがるような気持ちだった。


 王子は軽佻浮薄で意志薄弱だった。


 特別逆らわずにいたのが賢明と言えた。


 だが、相手が偽物の宰相だと知れれば、抗いようがあった。


 しかも王自身の帰還は、ほんとうに心強かった。



 王妃も弁が立ち、人々の気持ちをつかんだ。


 いわく、偽宰相に未開の毒液を飲まされ、目の前で意識を失った王を連れ去られようとし、止めようとした王妃が共に連れ去られ、二人とも泉に沈められて封印された。



「何故か? 死体が出ては困るからよ。王に成り代わるのにね! どこへも、冥府へもゆかれぬように、呪いの長剣で王とこの私を、毒の底へと沈めたのよ」



 人々はシンとした。



「なんとおいたわしい王様、王妃様方」



 そう言って涙を流すものもいた。



「けれど今! 千年王国の志をもって、我らは再びよみがえった。人民よ、これがおまえ達に捧げるなべての、王の献身である」



 人心を操るはさすが百戦錬磨の王妃だ。



「マグヌス殿、やはり……」



 アレキサンドラがはっとする。小川にどす黒い液体が流れて消えたのだ。



「王子、一旦人々を小川から、いいえこの霧の中から出してください」



「なぜだ。人数が多すぎて指示が届かない」



「それではマグヌス殿をお留め下さい。敵は体内に毒を持っております。血が……毒の血が流れて小川に……、しかもいくら待っても止まらない様子なのです。あの量は、危険だ」



 アレキサンドラの腕ががくがくと震えた。王が受けたのと同じ毒だ。あちこちからうめき声がする。



 それは……仇敵マグヌムの血のせいだった。



「大丈夫だ。だから死ぬな。私は君をおいてはどこへも行けない。この手を引くのは、君だったはずじゃないか……!」



「王子……前が見えません」



「私だ、私がここにいる」



「そうではなく……前、が……」



 ざらりとした感触が頬をかすめた。


 アレキサンドラは自分が反転するのを感じた。

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