「泉ののろい」その15

「くだらぬ! 森の神だと? 茶番はよすが良い。おまえは俺が追い出し、王と妃を封印した泉に、我が禍つ式もて悪霊と化したはず」



「王は封印されたのではない」



「なに?」



「時を越え、命守り、我が眠りの式を解き、今、王は、ここにおられる! 燃えよ、炎!」



 蛇で竜の呪わしき力がここでは吉方へ流れる。マグヌスの呪文で大量の霧がうまれ、偽宰相の方へと押し寄せていった。



 そして霧が晴れたとき、宰相マグヌスの皮を被った偽物が、窒息寸前で横たわっていた。


 今や、完全に立場が入れ替わり、王と王妃もそこにいあわせた。


 宰相マグヌスの後ろに。


 王たちは、息切れしそうな老宰相マグヌスに守られ、今度は彼を助けようと胸を張り、威厳ある態度で臨む。



 衣装はリリアの店のオーダーメイド。


 魔術に長けた王妃の丈は大きな真紅のオーブをいただいており、王は光り輝く材質もわからない程の立派な鎧をまとっていた。


 そんじょそこらの装備品ではない。


 そのときの人々の喝采をもし、リリアが見ていたとしたら、大きな自信を湛えた瞳で微笑んでいたことだろう。



「今、良い見本がどったんばったん、暴れているじゃないか。彼らだってちょっと前まで『そのようなもの』扱いだったのだぞ」

 


 瞬間的にサフィール王子の言葉が正論とわかり、アレキサンドラは非礼をわびた。



「本当に、王子様の仰るとおりでございます」



 二匹の大蛇(おろち)の喧嘩は悪化していたが。



「ですが、私は星の巫女などでは……。特殊な能力も、特別な訓練も……なにも。星の巫女が何者で、何を成すのかも存じ上げません」



「うん、まあ……酒宴で皆の杯に酒を注いで回ればいいのだ」



「杯に酒を……ですか?」



「人生、その方が平和ではないか。それとも、ああいう風になりたいのか?」



 二匹の怪物は、もはや正体を霧の中に隠している余裕も、ないようだった。



 王子の人の悪い冗談に、彼女は呆れた。



「ボクはこの一年間、花乙女ではあっても姫君なんかじゃないけれど、そういうことなら。で、でもボクがお酌するのは王子だけですよ」



 王子は気持ちよさそうに大声で笑った。



「残念、ざんねん。二人ともまだ酒は無理だ」



「あっ、失念してました。確かに仰るとおりです」



「飲むのが泉の水なら、あのマグヌスも、許してはくれまいかな」



「は、はいっ。そうだといいです……ボクも、そのとき御側にいてもよろしいですか?」



 ぱっと顔を背けて王子は言った。多少まごつきながらも、耳まで真っ赤にして、



「よろしいもなにも、この国の恩人だからな」

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