「泉ののろい」その9
実験台よろしくアレキサンドラはひとり、十分な量の温泉水を飲まされた。
まさか、昨日の疲れをとろうと温泉に来たわけではない。薬効があるというのでたっぷりくんで城下、いや他国に売りつけてはどうかと画策中。
別段なんともなかったしちょっとしょっぱいだけ。
硫黄か何かが入っているのであろうか。アレキサンドラは首をひねったり回したりしたが、
「さしあたって、肩こりがなくなったかな」
「お年寄りに大人気だな」
「ラベルには『薬効には個人差があります』と『毎日欠かさずおのみ下さい』と記入するのをお忘れなく、王子」
手元のラベル書きの作業に目をやりながら、王子はぶつくさ。
「毎日飲むのか、これを……」
「そうはいっても買い手の自由です。あっそだ!」
まだある、まだある。
「万一に備えて『大量に摂取しますとお腹が緩くなる可能性があります』『お子さんに与えるときは充分に注意してください』かな」
「これ、子供も飲むのか? 大丈夫なのか」
「全ては宇宙の真理たるもの、間違いはない」
「いや、すでに間違ってないか、君……私は、実は君の常識人らしきところに目をつけていたんだが」
「実験台にまでされたのですから、これを無駄にしないようにしてみせますとも」
「私が売るのか? 市場で?」
アレキサンドラはちょっと考えて。
「なんなら、ライラを奏でてるだけでも顧客はつくと存じます。サフィール王子の魅力で、どーんと!」
「な、なーんだ。知らん顔してた割にわかっているじゃないか」
と、いって髪をかき上げ、王子は流し目。
ところがアレキサンドラは顎に指をあて、
「あなたの唄はちびっ子に大人気だ。親がお義理で買ってくれるやもしれませぬ。狙うとすればまずそこです」
パリーンッと王子の心が砕け散った音がした。
いや、握りしめていた瓶が地面で割れただけだ。
自尊心という名のなんら根拠のない自信まで、 ビシビシッとひび割れた。
いや、中瓶がもう一個パリーンと。よろめいてつまづいたらしい。被害総計数、約三個。
「王子?」
「いいんだ、慰めなんて……」
「いえね、この瓶、相当重いですから。どなたかお知り合いで、ボランティアしてくださる方はありますか? できれば力自慢の」
「………………」
「あんまり乱暴に扱わないでくださいよ。ただじゃないんですから。母の店のものではありますが。サービスサイズで」
アレキサンドラはこっそりため息までついたのである。
この日から、王子は女性に対する認識が変わったという。
別にアレキサンドラの全てが世の女性全てにあてはまるわけではないが。
「……これが、現実か……」
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