「泉ののろい」その8

「都合の悪いことは黙っておいて、耳あたりのよいことばかり。影で誰かがどれだけ心配するか、わかっていない」



 アレキサンドラも閉口するとんでもない早口。


 あられもないというか、抜き身の剣でもなければなんだというのか。



「それは今の話と別っこさ。すぐ、昔のこと持ち出すんだからー」



「もう、おまえときたら一事が万事、そうなのですから、おだまりなさい!」



 王宮に帰りそこねた面々は、よそに聞きながら縮こまって半分耳を塞ぎ、ソファで寝たふりをしていた。


 ……じっさい、疲れていたので。





 その夜。


 リリアはしめやかに事実を告げた。


 正確にはアレキサンドラの出生時間と星の運行を読み込む、不思議なわざだったのだが。



「おまえが生まれたときから、決まっていたのです。おまえは十六歳までに運命のひとと情熱的な恋をし、愛されるのです」



 しかし、と母は唇を湿した。



「それがかなわなかった場合、永遠の愛を誓う者が現れなかった場合には、おまえは……」



 リリアは絹のハンカチでこぼれる涙を拭こうとしたが、すでにそれは湿り気を帯びていた。



「ねえ、十六までに熱愛関係にならないと、その先、一生ひとりで暮らすの?」



 言いながら全く信じてはいなかったアレキサンドラだが、リリアはきゅ、と口角を結び、



「その通りです」


 重々しく言った。



「別にボクそれでもいいけれどな。どうせこれまでもそうだったんだし」



「なぜ、そんな悲しいことをいうの? 母がいるではありませんか。これまでも、ずっとおまえのことを案じ、教養とマナーを躾けて」



「はっ、そ、そうだったのか。はっきりいって、拷問に限りなく近い時間を過ごしてきたけど、そういうことだったんだ」



「母の言いたいことがわかりましたね。わたくしは、おまえに『恋』を知って、女の子らしくなってもらいたかったのよ」



「ちょっとまって、それはボクが醜いからではなかったの?」



「おまえの態度ががさつそのものだからですよ! 造りはともかく顔全体に覇気が現れていて、おまえは女の子だというのに!」



 うあちゃー、と内心アレキサンドラは思っていた。


 これまで全く別のことでいらだたせてきたのか、と。でも結局顔にケチをつけられた。やはり、自分は醜いのだ……


 それはとんでもないほどの長い小言だった。大言だ。



「王家の方々、アレキサンドラが失礼をいたしました」



「いえ、その……泉を元に戻したのも彼女のおかげなのです。だから、叱らないでやってほしい」



 王子が言ったとき、王が口を差し挟んだ。



「いや、そうぽんぽん言ってくれるな。リリアよ。今回は彼女に助けられた。われわれは感謝している。勲章を授けてもよいほどだ」



「もったいないお話ですが、王よ。この娘には勲章よりも痛いお仕置きが必要です」



「ではこうしたらどうだね」



 と、王は王妃に相談する仕草。


 王妃に何か物を言いつけると、彼女はしかたがない、と言うように承知したらしい。

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