「泉ののろい」その7

「王子に対する非礼、一生かかってもつぐなうのです。本物の宰相様を見つけたときのように、偽の宰相の正体を暴いておやりなさい」



 しばらく考えて、アレキサンドラはとりあえず泉の水をくんだ瓶を母に渡そうとした。



「それこそ愚行ですよ。おまえはこれを持って戦(いくさ)に臨むのです。王政が貴族達のものになってしまう前に」



 少女は黙った。各地方で行われていた戦によって、うまく立ち回って財を成した闇商人達が名を得て、名誉貴族としてこのアドラシオー国周辺まで進出してきているのだ。



 そして、いまや玉座には偽の宰相マグヌスがふんぞり返っており、商人達に値を付ける自由と輸入の制限を無くす、など特権をあたえ、知らぬ間に王の権威と威厳は風前の灯火。


「できるだけ大勢の人間がいる前で、偽の宰相にこれを頭から注いでやるのです」



 客人用の大きな革張りのソファにみんなでかけながら、成り行きを見守っていた人々は、ぼやけた顔つきをしていたが、やがてうんうんとうなずいた。


 泉に封じられていたので国の政治がわからなくなっていたのだ。


 そのうちサフィール王子が、席を立ち、



「リ、いや、彼女はよくやってくれました。正直彼女がいなければ、呪いの長剣は抜くことができなかった……」



「呪い! 私のアレキサンドラはそのように危険なところへ王子を誘い込んだというの」



 キッとアレキサンドラを睨むと、彼女はまた口を開けかけた。


 どうやらだれも知らなかっただけで、リリアはそうとうな小言やだったと見える。



「恐れながら申し上げます。王子様におかれましては、このようなじゃじゃ馬娘よりはるかに役に立つものが御側にいたはず」



 今回のことは星の巡り合わせに逆らうもので、と深く頭をさげるリリア。



王子は否定の仕草をした。



「だが、宰相マグヌスは被害者、という者があったと城下で耳にしたことがあります。それは悲しい予言でした」



「それは私の不徳の致すところでございます」



「けれど、私はあえてそれに抗いたいと思い。だれか、思いを共有してくれるものはないかと、そう願ってしまったのです。そのとき彼女がいてくれて、ついてきてくれたのです」



「お母さんはボクが山へ行って水蛇と仲良くなる、なんて言っても信じないでしょう?」



 正確には水蛇ではなかったのだが、それはまたおいておいて。



 また張り手がくるかとアレキサンドラはヒヤヒヤしていたが、言いたいことだけ言ったのでそっぽを向いていた。



「あなたは立派よ、国の誉れよ、よくやったわ、と言えば良いのかしらね」



 アレキサンドラははっとした。母の目には涙がにじんでいた。



「だけどね、アレキサンドラ。おまえは一言、どこへ行くのか、この母には言っておくべきだったのよ、わかる?」



 母の小言は大言になってしまった。



「備えはちゃんとしていた? 困ったことにはならなかった? 結局おまえは何も考えていないじゃないの」




「考えてはいる……さ」



「いいえ、おまえに一人前の考えが備わっているとは思えません。今日だってそうだった。おまえはいつもそう」



 リリアの剣幕は収まるところを知らない。

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