School Scroll.




 001


 朝。そして月曜日。

 それは大半の学生に対して特効属性が付与される概念魔法、とかなんとか。

 それはなにがあろうと毎日毎回飽きもせず、生きとし生ける者全てに規則的に必ず訪れるもの。

 勿論、この学園警察、更にはトップチームだろうとそれは悪魔のように襲いかかる。

 まぁしかし既に目覚め、当番制である朝食の用意をしている鈴。同じく珈琲を淹れながらなにやら書類に目を通す梓。

 きっちり準備を終え、かたかたと電子端末を触る沈。

 と、基本的にはスーパーエリートの部類に入る彼らはそんなもの意に介さず。特効属性だろうがなんだろうが極耐性を持っているので▽こうかは いまひとつの ようらしい。

 少し離れた位置でエルは一応ちゃんと起きて、そのままの格好で目をぐしぐしこすりながら、何度も何度も欠伸を繰り返す。

 そして、未だに個室で寝息をたてているのはリーダーであるところの、エヴァンスロード・アルフィーネ。

 ▽こうかは ばつぐんだ である。

 カチリ、とあらかじめセットしておいた時間になった瞬間に枕もとの時計が爆音とともに暴れだす。


「ん、んんんんんん、んーー」


 などと唸りながら、時計を止める、寝起きが良い方ではある、のだが。


「ねむてぇぇぇぇ、学校行きたくね

ぇぇぇえ、急に学校爆発しろぉおおお、隕石落ちろよぉ、あぁでもそしたら出動要請でるわぁあ、なんかうまいことぉおおお」


 と、面白い姿勢で嘆くヴァン。学園警察だって一学生、前日にどれほどの仕事をこなし、疲れていようが、皆と同じように登校しなければならないし、勉学に励まなければならない、それが学生だ、学園警察だろうが学生なのだ。

 寧ろ学生警察という以上、規律を守るという役目は勿論のこと、学生たちの模範となり、目標とならなければいけないのだ。学力の面でもエリートたらなければならない。


「んぐぁあ、後五分、いける、寝れる」


 割とぎりぎりまで寝るタイプの彼にそんな余裕などないはずだが、かちかちとアラームを五分後に設定し、再び寝ようとするも。


「駄目ですよ、兄様」


 と、いつの間に部屋に入ったのか、梓にもう五分先延ばしにすることを先読みされ、派遣されてやってきた鈴ががばりと布団を剥ぎ取る。


「うわぁああ、やめろぉぉ、さむいぃいい」


 がたがたと凍えながら猫のように縮こまるヴァンを見て、悪魔のように微笑む鈴、続いてカーテンを全開にする、暗かった部屋にこれでもかと朝日が差し込み、ヴァンに更なるダメージを与える。

 寝起き、月曜日、布団剥ぎ取り、太陽光の格ゲーマーもびっくり鬼コンボ、その威力は計り知れない。


「ぐおぉぉお、まぶしいぃ、灰になるぅぅ」

「貴方は吸血鬼かなにかですか……」


 言いつつ攻撃の手は緩めない鈴。今度は窓全開アタック。篭った空気が外の新鮮で、澄んだ冷気と入れ替わり、一気に室温を下げる。


「うわぁぁぁあああ、しぬぅぅううう」

「死にません! いいから早く起きてください! 遅刻しますよ!」


 呻きながらも一向に起きようとしないのでゆさゆさとヴァンを揺する鈴、しかし起きない、起きないのだ。


「はぁ、分かりました、最終手段です」


 と、鈴は机に置いておいたコップを手に取る。中には冷気を立ち上らせる、からからと小気味のいい音を鳴らす氷ときんきんに冷えた水が満杯に入っていた。


「お、おい、それはなんだ」

「水ですよー。氷ですよー。キンッキンに冷えてやがりますよー。うふふふふふふ」

「まて、わかった、やめ、やめろ、うわぁぁあああああ」



 002


 美味しそうな朝食が並ぶ食卓、この時点で既にエルと沈は登校していて、残るは三人。もうほとんど準備が出来ており、余裕を持って朝食を食べている梓と鈴。

 そして、勉強道具などは全て学校においているタイプなので手ぶらだが、未だに寝巻き姿であるヴァン。


「もう、早くしなさいよー」

「まっふぇ、もーふょい」

「こら、ものを口に入れている時は喋ってはいけませんよ兄様」


 こくこくと頷くヴァン、寝起きは本当に頭が回らないしダメ人間。そもそもが回りに甘えれる人間がいると無意識にパフォーマンスが極度に落ちるタイプなのだ。


「では、私もそろそろ。行ってまいります、兄様、姉様」

「はい、いってらっしゃい」


 ふりふりと手を振り合う二人、慌ててこくんと口の中のものを飲み込み。


「いってらっしゃい、気ぃつけてな、今日も頑張ってこい」


 器官に詰まったのか、どんどんと胸を叩きながら、手を振るヴァン、くすくすと笑いながらも嬉しそうに手を振る鈴。


「ほーら、私たちもそろそろ行かないと、遅刻するわよ」


 と、この二人は学校が一緒で、しかも他の三人とは違い、ここからとてもとても近い。三人はそれぞれ交通機関を使うが、二人は全然徒歩圏内なのである。

 ややあって準備を終え、本部を出る、勿論出る時には、ちゃんと振り返ってから。二人一緒にわ、


「「行ってきます」」


 と、言うのであった。



 003


 比翼グループ付属、星立北斗総合高等学校。Bランク、準二等星の学園。特記事項なし、あらゆる分野において平均的。

 梓とヴァンはそこに通っていた。


「ふぅ、ぎりぎりセーフ」


 がらりと戸を開け、中に入るヴァン。


「アウトだよ馬鹿野郎」


 と、目つきの悪い女性にきつい言葉を浴びせられる。


「ほら、まだチャイムの余韻が残ってたから、ふわっと、りぃーーんて」

「残ってねーよ、完全に鳴り終わってたわ」

「分かった、じゃあチャイムは鳴り終わってたかもしれない、でも俺は遅刻していないかもしれない、それでどうだろう、真奈美ちゃん」

「なにいってんだこいつ、後その呼び方すんなって言ってんだろ、さっさと席に着け」


 少し厳つい、身長が175ほどあるヴァンより少し小さいくらいの長身のこの女性はこのクラスの担任、雨波 真奈美あまなみまなみである。生徒からはまなちゃんまなちゃん真奈美ちゃんと親しまれているが、本人はこれでいいのかと割かし真剣に悩んでいる。


「今日もいちゃいちゃ登校しやがって、いいですな、彼女持ちは」


 ややあって席に着くヴァン、隣の席の男にからかいを入れられる。


「うっせ」


 と、軽く流す。公私はこれでもかと分けるヴァン、学校でのノリはかなり軽めである。

 ちなみに梓は別のクラスなのだが、なんだかんだ遅刻をつけられていなかったりする。

 


 004


 一時間目 語学。


「で、あるからして、この文章には…」


 ヴァン、爆睡。



 005


 二時間目 数学。


「……ここには公式が当てはまるわけで…」


 ヴァン、爆睡。



 006


 三時間目 体育。


「うおおおお、ヴァンがまた決めたぁああああ!!!」


 湧き上がる拍手喝采雨霰。運動場に描かれたサッカーコートを囲うように、W杯ホーム戦かというぐらいのサポーターたちの熱量、それもそのはず、その中心には。


「ハッハァーーー!!!! テメェら凡人どもが束になってもこの俺に膝を付かせることすらできはしまいッッ!!!」


 なんちゃって魔王が降臨していた。そして対するは。


「クッ! だが、だが! まだ負けられない! そうだろ皆!!!!」

「「「「応ッッ!!!」」」」


 何故かリーダーとして先導する、体育教師4年目、この星で、元ユースに所属していた。ジーク坂本。呼応するように、このクラスのサッカー自慢連合軍(サッカー部含む)11人VSヴァンという終末超次元蹴球決戦が執り行われていた。


「クカカカ、眩しいな地を這う虫けら風情が、誰一人我のファイナルバーストストリームを止めれるものはいない!!」


 ※力いっぱいシュートしてるだけのあれ


「いいや、人間を舐めるなよ! もうすぐ、もうすぐ貴様を倒す必殺シュートが完成する!!」

「戯れ言を!! かかってこい!!!」



 007


 四時間目 科学。


「何故、ここでこの反応が起きたのかというと」


 ヴァン、爆睡。



 008


 昼休み。


「いやはや、好きでやってるとはいえ、ほーんと学業との両立ってのは難しいもんだな、眠い眠い、ねむいぞー」


 学園のちょうど中心に位置する、巨大な巨大な針葉樹の木陰、ここは学生達の憩いの場。近くには購買や噴水があり、テーブルや椅子もたくさん用意されている。そこでヴァンと梓はお弁当(本日は鈴が作成)を広げ、昼食を摂っている。


「そうねぇ、でももっと過酷な環境でも勉学に励んでる人もいるし、組織内でも凄い人たくさんいるわけじゃない? 私達なんてふっつーに学生してるだけよねー、まぁ大多数の他の人たちと違って私たちはここが母星だから、皆ほど学びたいって意志は強くないしねー」


 なんて吹き抜ける風を気持ち良さそうに浴びながら、やだこれ美味しいなんて呟きながらだらだらと話す梓。

 個人的にはいやあんたは両立できてないし、どーせ寝てたんでしょ? 公私はしっかり分ける? はぁ?

 なんて突っ込みを期待していたヴァンだったので、考えてた以上に真面目な回答で少し戸惑う。


「お、おう、そうだな」


 結局気の利いた返しができず仕舞い。

 ちなみにオルフェウスにおける他の三人は三人で、きちんと学びたい意志を持ってこの星に来ているので、努力していい所には通っている。

 例えば飛 鈴鳴はお嬢様学校、中々有名な学校で、特に貴族の生まれといった訳でもない彼女が通っているのはとても珍しい。女性として振る舞い、女性であるから出来ること、それを見つけたいそうだ。

 武の家系に生まれ、幼少よりそれを叩き込まれた彼女だからこその発想かもしれない。

 例えば泉乃 沈。本が、書物が、文章がなによりも好きな彼は、物書きにもなりたいし、文学も修めたい。歴史的な本の貯蔵や、修繕などにも興味があって。それらを専門とする特殊な学校に通っている。

 例えばエルレイン・D・ライオンハート。偉大な魔女の血筋である彼女は、尊敬する母が通っていた学星寮で最難関かつトップクラスの魔法学校に通っている。

 それぞれがそれぞれに夢、やりたいことを胸に抱きこの星に来ている。

 立場上も年齢的にも彼らより上でありながらも、特にやりたいことがあるわけでもなく。学業に全力を尽くしきれてはいない二人は、ほんの少し劣等感というほどでもない何かよく分からない感情に時折苛まれたり、苛まれなかったりしているので。今回の梓の発言に至っていたりするのだ。


「はぁーあ、部活でもやろうかしら」


 こくりと喉を鳴らし、パックのジュースを飲み干してから、そんなことを呟きながらに大きな大きな空を見上げる梓。


「部活なぁ」


 学生生活十二年。やりたいことがなかったとはいえ、決してパッシブな訳ではない二人は何度か部活に入ってはいるものの、諸々の事情でまぁ、長くは続かなかった。


「高校ラストイヤーじゃなかったらなあ」

「そうよねぇ」


 ぐだぐだと会話をする二人に差し掛かるぽかぽかとした日差し、気持ちのよい風が辺りの自然の香りを運び、鼻腔を、肌を撫でるようにくすぐっていく。

 ちなみにお昼休みは後数分もないが二人は全く動く気配がない。固そうに見える梓も単位、評定などの面から卒業が確定してしまった現在、割とサボりがちではあったのだ。



 009


 五時間目 美術。

 

 ヴァン、凄まじく独創的な作品を創り教師の頭を悩ませる。


 010


 六時間目 歴史。


「で、だな、この星間戦争が起こした利益というのが」


 ヴァン、爆睡。



 011


 授業終了、ショートホームルーム。


 真奈美による、簡単な明日以降の行事予定の説明があり、本日もこのクラスは特に異常も無く終わりを迎える。掃除当番の振り分けやら、なにやらがあって、解散。

 帰宅部のスーパーエースと幻の六人目であるヴァンと梓は、特に放課後の校舎になんの予定も無いので、普段通りに帰路に就く。

 二人は、肩を並べて歩きながら、各々切磋琢磨し鍛錬に励み、まさに青春を謳歌しているのであろう生徒達を、うっすらとした羨望の眼差しで見つめる。


「「はぁ…」」


ほとんど同じタイミングで、これでもかと憂いを含んだ溜め息を吐いたので、少しおかしくなり、二人して笑いがこぼれてしまう。

そんないつも通りのゆるやかな時間だったのだが。



012


「きゃああああああああああ!!」


 と、心地のよい時間を切り裂くような、甲高い女性の叫び声。

 二人は明確なコンタクトを取るような仕草すら無しに、叫び声の聞こえた方へ駆け出していく。

 一瞬たりとも速度を落とさずに、柵や段差を軽く越え、続々と集まり始める野次馬達の隙間を綺麗に抜けていく。


(空気中の力場の乱れがひどいわね)

(大気の成分に不規則な魔力が含有されてる、魔法、魔術の暴走か)

((にしては色々不自然・・・))


 思考を巡らせながら駆け抜ける二人、たどり着いたのは第二校庭、東側大広間。

 既に大勢のギャラリーが集まっている大広間、野次馬たちの中心には煌々と燃え盛る炎に飲み込まれてかけている男性と、その男性を前になす術なく崩れ泣き喚いている女性がいた。


「学園警察だ、のいてくれ!」


 その一言で、ざわついていた生徒達が一気に静まり、道が開く。


(おい、見ろ、ガッケイだ)

(ヴァンだ!)

(梓さんもいるぞ)

(ガッケイがきたからもう安心だな)


 静まりながらも、同校生にしてこの星トップクラスの到着に、ぼそりぼそりと陰口が増える。


「あ、ああ、お願いです、レンを助けてください!!」

「ええ、任せて、でも大丈夫よ。見た限り初級の基本魔法でしょう? いくら暴走してるからって」


 狂乱状態の女性に優しく声をかけながらも、周囲のちょっとした情報からの状況、状態の把握。

 そう普通であればこの手の魔法などは範囲指定やターゲットの指定をよほど間違わないかぎり、いくらその現象の渦中に身を置こうとも、己の炎で自らの身を焦がすことなどはないはずなのだ。ましてや初級、その辺りのコントロールも簡単なのだが。


「……いや、そうでもねーみてぇだぞ梓」


 明らかに少し前と纏う雰囲気が格段に変わっており、言い終わるやいなや、地面を思い切り蹴りぬき、次の瞬間には炎の渦を突き抜けていた。


「大丈夫か?」


 小脇にはレンと呼ばれていた男性を抱えていた。なんとかレンが大丈夫と答えようとした瞬間。


「ヴァン! 後ろ!」


 梓が叫ぶ。

 ゴゴウッと意思を持ったような炎がヴァンを襲う。梓の声に咄嗟に反応し、レンを抱えたまま跳ぶ。


(暴走したとは言え、たかが基礎魔法が完全に発動し終えた後に、ターゲット指定されてないヴァンを狙った?)


 《分割思考》†《専門知識:魔(上級)》†《アドヴァイス》


 梓は考察する。

 周りに乱雑に散りばめられている基本的な魔法の教科書と、地面に書かれた魔法陣から簡単な炎魔法と推測したのだが、なにかがおかしい。

 その間もヴァンは迫り来る炎から逃げ続ける、全力を出せばすぐに振り切れるものの、事態の解決のため、梓が何かしら特定するのを待つ。

 レンを抱えたまま上手く大広間内を一定の距離を保つ。


(あぶねぇな、上手く見計らってこいつを早く降ろさねぇと)


 と、ちらりと抱えたレンに視線を落とした瞬間に。


「ダメ、多分それはその子を狙ってるわ!!」


 叫ぶ梓。ヴァンはやっぱりな、と軽く舌打ちをする。

 続き梓は思考を加速させる、見る、観る、視る。観察し視察し、巡らせ、探す。捜査する、捜索する、答えを。

 ある程度そうした後、目を、瞑る。


(引っかかってたのはあまり感じないタイプの空気中の力場の違和感、それが原因? それでここまで異常が出るもの?)


 感覚を研ぎ澄ます、違和感の先を突き詰める。


(違う、何か、裏にある、でも今の状態じゃ分からないわね、ただ、原因は掴んだ!)


 固く結んでいた目を見開く、すると指先にうっすらと冷たそうな蒼い光が灯り。ぶつぶつと何かを呟きながら、腕を振り、冷ややかな光の軌跡で空中に陣のようなものを描いていく。


(お、何か分かったのか)


 空を舞い、まるで炎と遊ぶようにかわし続けながら、梓を見る。傍らにはこれでもかと目を回しているレン。


「これで、どう?」


 陣を書き終え、手を振ると蒼い光が一瞬ふわりと広がる。その後、何かを確信しこくりと頷くと。


「いいわよヴァン! 陣ごと潰して!!」

「待ってましたあ!!」


 梓の声と同時、校舎の壁を蹴り上がりながら、空中でレンを梓の方へ放り投げ、ぐるりと綺麗に重心を移動させ、体勢を上手く整えてから。ヴァンから離れたレンへ襲いかかろうとする炎に向かって。


「おらぁあっ!!」


 《戦闘熟練:素手(疑似絶級)》†《全力踵落とし》


 足を一直線に振りぬく。

 凄まじく轟くのはただの蹴圧。それはまるで大きく口を開いた獲物を狩る鯱の如く、盛る炎を丸呑みし、空間ごと抉り取りながら地にぶつかり爆ぜる。炎の元であった魔法陣はヴァンより発せられた牙により削り取られた。


「っし、終わり」


 華麗に着地、タイミング同じくして、隣で梓が不思議な力でふわりとレンを受け止めていた。



013


 二人の安全を確認、状況の報告等を済ませ、もう一度帰路に就きながら事件を振り返る。


「で、原因は?」

「ごめんね、よく分からないわ……あー、それにしてもよく我慢したわね、割と冷や冷やしてたわよ」

「まぁ隣にお前いたし、学校だしな」


 ここでのよく我慢したという言葉が指すのは、炎がヴァンを向いた時にすぐに壊しにかからなかったこと。

 術、魔法などあらゆる力が様々な観点、概念で蔓延るこの星において、暴走したそれを原因もつき止めず、力だけで捻じ伏せるなど無謀もいいところで。どのようなバックファイアが起こるかは分からない。勿論この男にとっては些細な問題ではあるのだが、あの状況下では無謀を冒さなかった。

 が、しかしだ、報告と、後始末は終えているので、再び学生モード。

 下校といえば寄り道、寄り道と言えば買い食いである。

 現在、彼らが歩くのは、学校より少し歩いた先。ビッグスロープの中心を真っ直ぐ突っ切るように作られた、巨大商店街。

 神祭橋区。通称レッドストリート。

 美味しそうに、串に刺さったトリルチキンの肉を頬張りながら、二人はあるいていた。


「あふ、うまー」


 はふはふと熱に耐えながら、もぐもぐと口を動かす梓。ヴァンも同じものを食べている、が、かなりの猫舌であるヴァンは梓に比べペースが遅い。


「今日も人多いわねぇ」


 食べ終わったらしく、口の端で串をゆらゆら揺らしながら、見渡す限りの大衆に視線を移しながら。


「いつものことだろ」


 やっと食べ終わり、道の端々に設置されているダストボックスに通りすがりざまに串を捨てる。右も左もどこまで行っても店が立ち並び、店の数以上の人が歩く。平日のこんな微妙な時間だとしても、だ。

 更には、あらゆる人が入り混じるここでは、辺りを見渡せば、例えば楽器を演奏している人がいたり、パフォーマンスを見せてくれたりするので。歩くだけでも一日を潰せてしまったり。

 が、そこは商業の街、ましてや相手はほとんどが多感で何だって欲しがる学生たちとくれば。


「なにあれ!? 買う!!」


 と、こんな感じにすぐ釣れる、エリートだのなんだの言っても梓も女子高生。

 ちょろいな、と心の奥底で笑う店主の気持ちなど知らずになんだかんだとこの商店街にお金を落としていく二人だった。



 014


 一本の商店街、少し道を外れれば、公園など、憩いの場が点在していて、街が赤く染まり始めた今、二人はベンチに腰をかけ、人気のクレープを片手に雑談を交えながら一服していた。

 ほどよい疲れも溜まり、ちょうど今から帰ればいいタイミングで夕食にありつけそうなので、最後の一口としてクレープをぱくりと口の中に放り込み、そろそろ帰ろうと二人して立ち上がった瞬間。

 ビー! ビー! と警告音のようなものが発せられた。

 刹那、バリィイン、と立派な広告塔の液晶を含めた辺り一帯のコマーシャルビジョン目的で設置された様々な液晶が砕け散り、大量のガラス片が降り注ぐ。

 一瞬たりとも間を置かず、互いに背を向け、力を振るい、なんとか目に見えた範囲のガラス片の滅却に成功。間髪いれずに梓とヴァンの耳元の通信機器が鳴る。


『沈です』


 聞こえてきたのは沈の声、どうやらもう帰宅していたらしい。


「おう、このタイミングでってことは事態は把握してんのか」

『はい、神祭橋のEからKエリア内においての不可解な機械トラブルが連続して発生しています。今連絡しようとしてたんですけどちょうど今お二方のエリアでも何かあったみたいですね。二人は民間の安全確保をお願いします。エルがEエリアで動いてるので後ほど合流してください』


 了解と言ってから通信を切り、互いに目を合わせる二人。


「多分、これが今学星寮のあちこちで起きてるやつかしら。とうとうこっちまで来たって訳ね」

「まぁ、そういうのは後だ、仕事すんぞ」


 ぽんと胸に手を置き、瞬間的にガッケイ服に着替えてから、別れて行動する。

 大きな影がすこしづつ伸びていることを、この時、二人はまだ意識できていなかった。



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