from GalaxyAcademiaPolice!?



 001


「ちくしょう!! なんだってんだ!!」

 

 ぜっ、ぜっ、と荒く切れた息をこれでもかと吐きながら、屈強な男は顔を青ざめさせる。大粒の汗をスプリンクラーのように散らし、汚い路地裏を粗暴に、横暴に駆けて行く。

 男の名前はシュウ、ラストネームなんてものはない、すこしだけ訳ありな十七歳の男。

 ここら一帯のいわゆる不良と呼ばれる輩たちを、その持ち前の恵体と、少しばかりの異能で、瞬く間に彼らをまとめあげる。ここらのドロップアウト界隈においての新星。付近ではそこそこ名も知れていて、喧嘩を売ってくるような奴もこの頃は少なくなってた。

 彼は、普通の人より少しばかり力があった。楽しそうだから、と始めたラグビーが功を奏し、呼応するように大きくなる身体、そしてより力をつけた彼は、まぁ、有り体に言えば調子に乗った。

 色々ありラグビーという道を挫折、彼は荒れた。暴れた。結果、人を傷つけた、しかし、反省だの後悔だの懺悔だのをたったの一度足りとも彼は行わず、より増長する。悪という訳でも外道という訳でもない、この星じゃあド直球のあるあるネタといった経緯の上、彼は今現在、ちょっとどころの騒ぎではないほど身に余る【正義】に、追いかけられていた。


 「ちぃっ、流石地理じゃ叶わねぇな! 逃走ルートしっかりしてやがる!! 梓ぁ!!」


 やや後方、いくつか壁を隔てた地点でシュウを追いかける真っ青な髪の少年。胸に掲げた白百合のマークは学園警察の証。それもポラリス星団はチームオルフェウスのリーダー。名を、エヴァンスロード・アルフィーネ。通称はヴァン、歳を十八歳。

 肩を激しく上下させているシュウよりも少し早いぐらいのスピードで走っているにも関わらず、彼の息は全く乱れてはいない。一糸乱れぬ、とはよく言ったものだ。


『はいはーい、えっとそこ左ね、で、そん次右、うん、左ー、そこも左ー、その次右っ。あ、ヴァン、言っとくけど壁とか壊したら承知しないわよ!! 今月予算やばいんだからね!! ちょっと、聞いてる!?』


 ヴァンの耳元の通信機から流れる声の主はオルフェウスの第二位であり、オペレーター『凍てつく射手座アブソリュートサジタリウス』ことあずま あずさだ、これまた先日十八回目の誕生日を迎えてたところ。


「はいはい聞いてる聞いてるー! 」 


 ヴァンはその指示に従いかくかくと曲がりながらもぎゅんぎゅんスピードを上げていく。一歩一歩が地面にダメージを与えるぐらい、そんな威力でコンクリートを蹴りながら加速、加速。


「って、おい、行き止まりじゃねーか!! まぁ梓のことだろうから間違いってのはないんだろうけどっっ!」


 勢いを殺さずに、トトンッと軽く壁を駆け上がり、軽く五メートルはあったはずの壁は、壁としての役割を果たすことは出来ず、跨ぐかのように乗り越えられてしまう。


「うし、ビンゴっ!!」


 スタリ、とちょうどシュウの進行方向を塞ぐ形の位置に着地する。唖然とするシュウを前ににやりと笑ってから、胸の白百合の紋様に手を当て、叫ぶ。


「あー、ごほんごほん! 超銀河比翼学園グループ統括理事直属、超時空学園警察天津十三星団はポラリス所属! チームオルフェウス。リーダー『極光北極星』エヴァンスロード・アルフィーネ、遍く銀河の星の下、小さな正義を執行する!!」


 と、学園警察官が業務を執行する際には必ず身分、役職を口上する、というルールを則ってからもう一度シニカルな笑みを浮かべ。


「あー!しまったぁー!!」


 と、わざとらしい声をあげると同時に通信機の電源を切る。きっとその向こう側では梓と呼ばれた女性は大層慌てふためいているか、もう呆れ諦め、後処理の準備を始めているだろう。


「あー、あー、梓ー? ………よし、なあ、そこのお前、今さ、回線切ったからここで俺を倒せばちょっとぐらいは時間稼げるぜ?」


 と、楽しそうに問う。未だ頭上にインテロゲーションマークをこれでもかと浮かべながら、現状を把握できていないシュウ。ヴァンは少しため息をついて、もう一度。


「簡単に言うぜ? 今出張ってるの俺だけだから、俺を倒せばしばらく追っ手はこねぇって言ってんだよ、ま、場所は割れてるからそこからどうするかはお前次第だけど」


 挑発するようにり、あ、りぃ??  とわざとらしく付け足して。

 ようやく頭の追いついたシュウだが、理解したところで混乱する。わけがわからない。なんだこいつは。ガッケイだろうこいつは。


「お前、頭おかしいのか?」

「まぁ、よく言われるし否定はしない、で、どうすんの? 素直に捕まるの? やるの?」


 にやにやとファイティングポーズを取って、煽る、煽る。が、言い終わったその瞬間。


「しね」


 《身体強化》†《瞬動:初級》†《豪腕》


 刹那、シュウの拳はヴァンの顔面にめり込み、そのまま振りぬく。撃ち抜かれ弾丸のような速度で壁に激突、が勢いは収まらず、壁は崩壊しがらがらと音を立てヴァンに襲いかかる。


「・・・? なんだよ、雑魚じゃねえか」


 ぽかんとしながらきらきらと輝いている自分の拳を見つめるシュウ。手応えがあった、完璧に入った。手心は一切加えていない、殺すぐらいの気持ちでやった。あれ? 勝った? だ、なんて、愚かな愚かな思考を巡らせる。


「が、ガッケイもたいしたことねーな、びびって損したぜ、あいつリーダーとか言ってたよな? そいつ倒した俺超強くね? やべ、どうしよう」


 興奮冷めやらず。徐々に徐々にやったことを実感し始め、アガる。しかし、このシュウという男、調子に乗ると必ず破滅するタイプらしく、背後からどかぁん!!! と爆音、轟音。


「いいじゃんいいじゃん、いいパンチ持ってんじゃーん」


 瓦解した壁の破片の山を片手間に退けながら、ゆらぁりと立ち上がる。悪役かのような表情を浮かべるその顔を見てまさかついさっき全力で殴られたと思う人などいないだろう。もちろんのこと、無傷だ。


「お、おまえ! なんで」

「なんでって、なにが?」


 震える声、滝のように溢れ出る汗。先ほどのの何十倍もの疑問符が浮かび、暴れまわる。その様を楽しそうに眺めながらゆっくり、ゆっくり近付くヴァン。


「なんで効いてないんだよ!!」


 ついつい語気が荒くなる。叫んでしまう、後退る。萎縮する、畏怖、恐怖に体を支配される。


「うんにゃ、効いたぜ? いい威力してるじゃねーか、所属なしでそれなら大したもん大したもん。トーシロでそれなら四等星クラスだな、胸はっていーぜ」


 一切の言葉に装飾といった飾り立てはせず。ただだだありのままを伝える。この星では等星で段階評価されている異能、その四の強さを表すなら、まぁ不意に喰らって無傷で笑える人間なんてものがいれば、それは化け物だのの類だろう。


「う、うわあああああ!!!!」


 怯え、脳が正常に回らなくなり、あろうことか特攻を仕掛けるシュウ。肩から右腕にかけて輝きを放ち、紫の光を纏う拳。ぎゃりぎゃりと地面を抉りながら凄まじい速度でヴァンへ駆けていく。


「おお、いい度胸。じゃあ、俺も一発な」


 突撃してくるシュウに対し、ふわりと笑って、ゆるやかに、ゆるやかに構えてから。


 《戦闘熟練:素手(疑似絶級)》†《星の子》


「おらぁっ!」


 ただまっすぐ、突く。

 

 時刻は昼過ぎ。

 その日。そのいと高き空に、一番星を待たずして息を呑むほど美しい流れ星が、蒼窮を穿ち駆け上がるように流れたという。

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