解説「消費増税の隠し要素」

 解説の続きです。

 今回は第八章の『屋上の討論会』で討論された、消費増税について解説したいと思います。


『消費税』は皆さんが最も身近に感じる税金かもしれません。

 日本においては1989年(平成元年)4月1日から3%の税率でスタートしました。


 国民、特に家計を預かる主婦層が日々直面する税金なので、消費税導入について審議を始めた当初は国民の同意を得るのが非常に困難であり、『消費増税を推し進めれば選挙に負ける』とまで言われていました。


 3%の税率でスタートした消費税は段階的に増税され、現在は民主党野田政権時代に締結された民主自民公明の『3党合意』に基づいて8%になりました。本来は今年2017年から10%になる予定でしたが、国内外の経済状況を見据えた自民党安倍内閣の判断によって、2021年に先送りされています。


 さてそんな消費税ですが、その必要性については日本国内でも大きく意見が分かれています。消費税が無い方が景気が良くなって税収が増えるとか、消費税があったからなんとか社会保障を支える為の財源が確保できているとか様々です。


 消費税が無い方が景気が良くなって税収が増えるという意見は、主にネット上で多く見られますが、その原因の一つは、最初の消費増税の時期がバブル崩壊(1991年)と近しいからだと思います。


 現在のカクヨムでは画像データなどを添付できないので、個々人で『税収 推移』などとググって頂き、財務省のグラフなどを見てもらうとよく分かると思いますが、1991年以降、税収でガックリ落ち込んでいるのは主に所得税と法人税です。


 多くの人が勘違いしていますが、この時期(バブル崩壊)を境に何が落ち込んだかといえば、実は消費じゃなくって『所得』と『インフレ率(物価上昇率)』なんですよね。むしろ消費税収は、税率上昇に合わせてかなり想定通りに伸びています。だから、消費増税していなければ社会保障を支えられなかったという意見も多い訳です。


 だけど、消費増税は前述の通り国民に嫌がられます。消費増税を推し進めると内閣を一つ犠牲にしなくてはならないとまで言われています。この辺の事情を考慮して経済ニュースを見ていくと、現在の政権がどうして『賃金上昇』や『デフレ脱却』を経済改革のメインテーマにしているのか? 何故、景気を悪くするといわれる消費増税を『与党経験のある』自民公明民主(現在民進党)が共同で実行しようとしているのかが見えてきますね。この辺は、白川が屋上で剋近にぼやいた通りです。政治家は政治家であり続ける為に、結構大変なんですよ。



 さて、解説のタイトルにある『消費増税の隠し要素』について説明していきましょう。


『第八章 屋上の討論会』で剋近が主張した通り、景気低迷中の増税は基本的には悪手です。ですが、それでも増税する必要があると白川が主張したのは、日本の国債(国の借金)の発行量があまりに大きく膨らんでいたからです。もしこの状況で消費税がないままに、今のように日銀が異次元レベルの規制緩和を行えば、日本の『円』という通貨に対する信用が揺らぎかねませんでした。


 日本が発行している国債の殆どは、通常時は銀行が保有しています。では銀行がどうやって国債を購入するお金を捻出しているかといえば、我々が日常的に銀行に預けている『預金』が使われているのです。つまり、国が借金を返せませんという最悪の事態に陥った時に、どこのお金に危険が及ぶのか? といえば、『我々が銀行に預けているお金』が危険に晒される訳です。


 最近では、国民一人当たり~~円の借金がある、などという表現がまかり通っていますが、正確に言うと、国民一人当たり~~円のお金を『国に貸している』と表現すべきなのです。そして、国家財政が破綻すると『お金を返してもらえなくなる(預金が消滅する)』かもしれないんですよね。


 もし国民全体がこの事実を知れば、いずれは


国の借金が莫大に→国が借金を返せないかも→銀行が国債を大量保有しているらしい→自分達の預金が消えるかもしれない→銀行から預金を引き出す人や企業が殺到する→各銀行は国債保有量の少なさを競い始める→チャンスとみた海外ファンドが国債に売りを浴びせる→円の信用が落ちてハイパーインフレ→国内金融大パニックへ


 なんて事態にもなりかねません。

 ですが消費税率が例えば10%確保されていれば、剋近が瞬時に理解したように、


もし消費税率が0%の場合は、仮に1000%のインフレが起こっても消費税に限定すれば税収に変化がない。しかし消費税率が10%だった場合、年間の消費税収が20兆円だったと仮定して、1000%のインフレが起こった場合は――200兆円の消費税収が発生する。


 という構造が理論上発生する訳です。

 これだと『インフレが加速するほどに、政府の返済能力が上昇する』ので、ハイパーインフレには構造上起こり得ないのです。理論上は。


 このように白川は、景気だけでなく国債の発行量や日銀の異次元緩和政策まで想定して、『消費増税はすべき』だとの意見を展開したんですね。白川も凄いですが、これを数秒間で理解した剋近も十分スーパー高校生ですね。多分経済学部の大学生でも、ピンと来ない人の方が多いんじゃないでしょうか。


 上記説明を見ていると、世界中の国が消費増税すべきなんじゃないのか? と安易に考えてしまいそうですが、残念ながらそれはちょっと厳しそうです。


 日本の国債はその殆どが日本国内で運用されています。日本は世界一の債権(お金を海外に貸している)国家であり、海外からお金を借りる必要性が殆どありません。国の借金も、国が国民から借りているのであって、親が子供から借金しているようなものなのです。


 ですが、海外はそうはいきません。ジンバブエドルが消滅したように、国がむちゃくちゃに乱用する通貨なんか信用できるかと、誰もがその通貨を使わなくなってしまうのです。そしてそんな国には、お金を貸してくれる人もいません。


 因みに、この辺の隠し要素まで想定して消費増税を掲げたのは、今のところ野田内閣と安倍内閣くらいじゃないかなと思っています。野田元首相は元財務大臣。安倍内閣では、一貫して麻生財務大臣が財政健全化に腐心していますね。


 さて、今回の説明は国債の話まで入ってたので、結構難しかったかもしれません。図を使って説明とか出来れば、もう少し解説し易いのですが、一応ここは小説サイトですからね。消費税が単純な税金ではないという事だけでも、ご理解頂ければ幸いです。

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