第五章 運営委員会

馬の骨と風紀部長

 弥生子さんと私。

 この2人が運営委員会のメンバーだ。2人っきりの運営委員会である。


 その事実を前にしても、私の心は異常なほどに正常さを保っていた。ひょっとしたら、あまりに急激な状況変化に対応できていないだけかもしれない。


 しかしまぁ、現実問題として運営委員会も、このまま弥生子さんと私の2人だけでは絶対に機能しないだろう。だから、これから人材を集めていかなきゃいけないのだ。だが、残念なことに私には全くもってあてがない。


 一応、今日の登校中、私は自分が運営委員会入りしたことをサダに伝えてみた。サダは驚きつつも、概ね喜んでくれていたのだが、その直後に自分も幾つかの部に入部する予定があると告げてきた。多分、将棋部か囲碁部辺りだと思われる。あいつは卓上ゲームがとにかく強いのだ。


 なんにせよ、この会話の流れから察すれば、サダは運営委員会に積極的に参加したい訳ではなさそうだ。将来は大物政治家の秘書になりたいと言っていたサダは、見かけによらずできる人間だったのだが……。


 この学校に知人の少ない私では、やはり人材探しは難しいようだ。





 そして迎えた放課後。

 初めて副委員長として運営委員会に参加する時間である。


 私はカバンに荷物をまとめて、緊張しながらも弥生子さんの机へ向かおうとした。しかし、弥生子さんの方へ視線を向けると、大量の女子生徒が弥生子さんの周囲を囲んでいる。このまま私が単身で弥生子さんの机に近づくのは困難に思えた。


 どうしたものかと遠目から眺めていると、弥生子さんが私の視線に気づき、回りの女子達に声をかけてからこちらへと向かってきた。沢山の人の話を聞きながら私の視線にまで気づく様子は、まるで最近教科書から消えかかっていた聖徳太子である。


「ごめんね、剋近さん。先に運営委員会室に行っててくれる? 私は学級委員長の仕事もあるから」


 私に向かってそう言う弥生子さんの手には、日誌のようなものが持たれている。


「ああ、先に行ってるよ。やっぱり大変そうだね」


「ううん。役職者は鍵を職員室に取りにいけるから、先に行って委員会室の換気でもしておいて」


「うん、分かったよ」


 私の返事を聞くと、弥生子さんは自分の机に戻って行った。なにやら女子数名が私の方を見ている気がする。恐らく、付属中学校出身でもない私が弥生子さんと話をしているのが不思議に見えるのだろう。


 やれやれ、彼女に迷惑を掛けないためには、やはり色々配慮する必要がありそうだ。そんなことを思いながら、私は運営委員会室の鍵を取りに行った。





 運営委員会室の中に入った私は、とりあえず窓を開けて換気する。昨日弥生子さんと2人で掃除したので部屋の中はまずまず綺麗だ。


 特にやることもないので自分の席、つまり副委員長の席に腰をかけた。こうして席に座ってみたはいいが、やはりこれから自分が副委員長としてなにをすればいいのか見当もつかない。


 机の上に両手を伸ばして倒れこむようにもたれかかり、今まで人の上に立つことを避けてきた自主性のない人生を悔やむ。


「なーにをっ、すーればっ、いーいっのっかなぁー♪」


 などと調子よく口ずさんでいると、間髪入れず。



『ガラッ』



 と入口のドアが開いた。


 早くも弥生子さんが来たのかと思って、ビクリと身を持ち上げるが……。

 入り口には、なにやら見知らぬ女子生徒が立っていた。


 女子生徒はおもむろに委員会室の中を見渡している。

 私もそんな女子生徒の様子を観察する。


 女子生徒の髪型は少し長めのショートボブであり、髪の色は純粋な黒というよりは深みのある濃い藍色、先ほどまで水中を泳いでいたかのような真っ直ぐでツヤのある髪質から、清潔感とともに活動的な印象も受ける。顔つきは端整でありながらも、やや線が細くて涼しげ。長身でスラリとした体型であり、スカートから伸びる細くて長い脚は実に健康的だった。


 少なくとも、私と同じA組の生徒ではない。

 長身の女子生徒は部屋の中に入り、こちらを訝しげに見つめながら言った。


「きみは誰だ?」


 私は即座に女子生徒に尋ね返す。


「それは私のセリフだ。きみは誰だ?」


「人の名前を聞く前に、まず自分から名乗るのが筋ではないのか?」


「それも私のセリフだ」


 私の返しになんだか高圧的な口調の女子生徒は眉をひそめ、私と私の座っている席をチラチラと見ている。一体何なんだ?


「私はL組の観堺みさかいだ。きみは誰で、そこで何をしている?」


「私はA組の河芝だ。特に何もしていない」


「弥生子はどこだ?」


「いない」


「なぜだ?」


「おいおい、質問が多いな」


「答えろ」


 この女子生徒、いちいち態度が高圧的だな。しかし、運営委員会初めての来客だ。副委員長としてぞんざいな態度を取るわけにもいかないだろう。私は相手のペースに合わせて会話を続けた。


「弥生子さんは今、学級委員長の仕事をしている」


「終わったらここにくるのか?」


「ああ、そうだ」


「何故きみがそれを知っている?」


「弥生子さんのクラスメイトだからだ」


「A組のか?」


「そうだ」


「中学は?」


「は?」


「どこの中学だった」


「おい、待て」


「なんだ?」


「私がいつまでもきみの一方的な質問に答えるとでも思っているのか?」


「どうした、何か答えられない理由でもあるのか?」


「いやいや、そもそも私が答えなきゃいけない理由があるのか?」


「……ちっ、やはり怪しい奴め。何がしたいんだ? 何でここに居る?」


「だからそれは私のセリフだっ!」


 観堺と名乗った女子生徒は、少し苛立たしげに再び私を観察している。

 私もなんだか少し焦れてきたぞ。


「では、そのポーズはなんだ?」


 観堺の質問を受け、私は自分自身のポーズを確認した。


 突然の来客に驚いたのか、左手をまっすぐ伸ばし、右手は机の上に三つ指をついて首を傾けたなかなか前衛的な体勢をとっていた。確かにこのポーズはまだ少し早いかもしれない。


 私は身を起こして普通の姿勢に戻した。


「特に意味はない」


「そうか。では、ここにはどうやって入った?」


「ここ?」


「運営委員会室だ」


「普通に鍵を開けて入った」


「ピッキングか?」


「普通じゃないだろそれじゃ」


「なら鍵はどうやって盗んだ?」


「なぜ盗んだことになっている!」


「脅しとったのか?」


「いちいち私を犯罪者に仕立て上げるな! 鍵は職員室から普通に借りてきただけだ!」


「嘘をつけ。この部屋の鍵を取りにいけるのは役職者だけだろう」


「だから、普通に取りにいったんだよ。私はここの役職者だ!」


「ふざけるな!」


「きみこそふざけるな!」


 なんだこの会話は。話が全然見えてこないぞ。

 一体何が目的でこの女子生徒は私を問い詰めているのだ?


「なら中学は?」


「だから、どうしてそうなる? 尋ねるなら先に――」


「私は東野付属中学校だ」


 東野付属?

 ふむ、弥生子さんと同じか。


「ぐぬ……そうか……。私は二羽ふたわ中学校だ」


「どうりで見たことがない訳だ」


「私もきみを見たことがないな」


 僅かな間の後。

 ふぅと軽く息を吐いた後で、観堺は再び質問した。


「それで、そんな奴が役職者などと誰が信じる」


「私にとっても信じがたいが事実のようだ」


「役職は?」


「副委員長らしい」


「なっ、ふざけるなっ!」


「きみこそふざけるなっ!」


 俄かに表情を荒げながら、観堺は私を凝視した。


「きみは弥生子のなんだ?」


「だからクラスメイトだ」


「ただのクラスメイトが、なぜ副委員長になる?」


「それは……私にもまだよく分からない」


「きみはそんなに成績優秀なのか?」


「成績は……良く無いが、ちょっと待て」


「なんだ?」


「成績の良さと、私が副委員長としてここに居ることに一体何の関係がある?」


 直情的で威圧的に見えた観堺だったが、漸く何か考える素振りを見せた。

 彼女は視線を泳がせながら少し考えた後で、視点を定めて短く説明した。


「弥生子はこれ以上なく優秀な生徒だ……。優秀な人間の傍には、優秀な生徒が集まるべきだ」


 ふむ、なるほど。

 そういうことか。


 この言葉から推測するならば、この観堺という女子生徒、弥生子さんに相当強い思い入れがあるようだ。恐らくは、私のように素性不明な人物が弥生子さんに近づくことを警戒しているのだろう。


「なるほど、私が弥生子さんに接近するに相応しい人物なのか、きみは疑問に思っているんだね?」


「全くその通りだ」


「観堺、きみの気持ちはよく分かった。しかし、こういう考え方も出来ないか?」


 軽く息を吐いた後で、私は観堺の説得にかかった。


「きみはカレーライスは好きかな?」


「はぁ? カレーライス? ああ、好きだが」


「ではトンカツは?」


「トンカツも好きだが……一体何の話をしている?」


 ふふふ。

 さて、見事説き伏せてみせようぞ。


「そもそもだな、必ずしも優秀な者同士が一緒になって大きな力を発揮する訳では無いんだ。例えば、カレーライスとトンカツがあったとしよう。この2つはきみがそうであるように好んで食べる人が多く、これをメインメニューに掲げる店も多い」


 突然始まった私の例え話に観堺は眉を顰めたが、そのまま言葉の続きを促した。


「……それで?」


「しかし、カレーライスとトンカツを合わせた『カツカレー』はどうだろうか? 主役級と主役級がタッグを組んだにもかかわらず、メインメニューとしての地位から脱落してしまっているじゃないか。その証拠にカレーライスやトンカツに比べて、カツカレーの専門店は少ないだろう? 明らかにカツカレーは、前者2名に比べて格落ちしている!」


 私の背景に『ドンッ』という効果音が浮かびあがってそうだ。

 しかし、私の言葉を受けた観堺は、一瞬考える素振りを見せた後で反論した。


「ほう。しかし、その解釈は間違っている。カレーライスとトンカツを合わせたということは、美味しさが拡大すると共に、専門性が向上しているからだ」


「専門性……だと?」


「そうだ。カレーライスもトンカツも、その両方が大好きという人が好んで注文するメニューだ。カレーライス単品やトンカツ単品が持つ間口の広さに比べると、より専門性が増すので、主役級のメニューになり難くなるのは必然だ」


 くっ……! こいつできるぞ。

 私は慌てて反論した。


「しかし、間口が狭くなり、需要総数が減るのだから価値は減少するはずじゃないか!」


「何を言っている。価値が減少するならば、市場原理に則って価格が低下するか、メニューから消滅するはずだ。しかし、カツカレーは通常のカレーライスよりも高い価格のままメニューに記載され続けている」


「そ、それは原価が上がっているだけだろう!」


「そう、その通りだ。当然普通のカレーライスよりも、トンカツをトッピングしたカツカレーの方が原価(材料費)が上がる分、商品価格が高い。しかし、それにも関わらずカツカレーを注文する客が一定数いるのだ。つまり、人によってはカツカレーの方がカレーライス単品よりも、高く代金を支払うだけの価値があるということだ」


 この観堺という女子生徒は何者なんだ? 私の安易な例えを、悉く潰そうとしている。観堺は更に続けてこう言った。


「価格が高いのに、メニューとして成立している。それはカレーライスとトンカツが合わさったことによって、新しい市場を開拓し、消費者からその存在を許容されたということだ。きみはカレーライスやトンカツの間口の広さから総需要数の大きさを訴えたかったのだろうが、その両方を同時に売ることが出来るカツカレーと、カレーライスやトンカツ単品を比べるのは公平ではない」


 ぐっ、やばい。なんだか押されているぞ。このままじゃ駄目男の烙印を押されてしまうじゃないか。私は敗北を認めずに、素早く別の例えにシフトしようとした。


「いいや違うね。やはり優秀な者同士を合わせたからといって、必ずしも望ましい結果が生じるわけじゃない! 例えばハリウッドとドラゴンボ――」



「別の例えに逃げるなっ!」



 話を摩り替えようとした私を、観堺は一喝する。


「美味しいものと不味いものより、美味しいもの同士を合わせた方が期待値は大よそ高くなる。高級な店ほど、高品質な食材同士を合わせて料理を作るようにな!」


 ぐぬ……。こいつかなりの論者だぞ。畳み掛けるタイミングもばっちりだ。このまま同じような例え話をしても押し切られる!


 私は別の例えに逃げることなく、少し角度を変えて反論した。


「おーけー、分かった観堺。認めよう。私は確かに優秀な人間ではないかもしれない。だが、こう考えてみてはどうだ? 私は『ラッキョウ』だと」


「……ラッキョウ?」


「ああそうだ。ラッキョウ単品では決してメインを張れない。主食にはなりえない。だが、カレーライスとセットになることにより、その真価を発揮する!」


「……きみ。弥生子をカレーライスに例えるつもりなのか?」


「ああ、カレーライスは素晴らしいからね。例えば、某国の特殊部隊員がジャングルで活動する場合、カレー粉を常備しておくことによってジャングルで調達した不味い食材でさえ、美味しく食べることができるらしい。そして、そのカレーとピッタリなのが我が国の主食であるご飯だ。死地においても愛され、平和な我が国の日常生活にもおいても愛される。そんな万人に愛される存在は、まさしく弥生子さんではないかっ!」


 カレーに例えたことはともかく、弥生子さんを賛美したことが嬉しかったのか観堺は少しだけ納得したような表情を見せた。


「ふむ、それで?」


「そんなカレーライスに出会うことによって、ラッキョウは多くの人に食べて貰える機会が得られるんだ! 万人に愛されるカレーライス、そして個性的なラッキョウ。そう、そんな2つがコラボレーションしたカレーライスonラッキョウは、カレーライス単品の価値を上回ることができる!」


 勝った!

 完全論破だ!


 そう思った次の瞬間。

 熱く語った私に向けて観堺は冷酷な言葉を吐く。


「私はラッキョウが入っているの嫌いなんだが」


「……え?」


「確かに、お店でもカレーにラッキョウや福神漬けが入っていることがしばしばあるが、どうして甘酸っぱいものを添えるんだ? どうしてカレーのスパイシーな特色を破壊するんだ? 私はどうしてもあれが解せない、許せない」


「そっ、そんなのただの個人の好みの問題じゃないか!」


「ああそうだ。だが、1を見て10を知れとは言わんが、せめて2を知るくらいの努力をしてみたらどうだ? 折角のカレーライスにラッキョウが入っていることによって、『カレーライスを食べる人の笑顔が曇ること』だってあるのだと」


 私は自分の背景に落雷が落ちるのを感じた。


「ラッキョウとカレーを合わせる事によって生じるデメリットは、恐らくカレーライスが単品のままであることより大きい。ラッキョウが必要な人は、必要な分を別途投入すればいいじゃないか」


 そして観堺は、私にトドメをさすようにしてこう言った。


「いいか? カレーライスとラッキョウは、『別々に隔離』されていた方が良い。その方が予め一緒になっているよりも、消費者のニーズに合う」


「……くっ……」


 俺はその言葉に、何も言い返すことが出来なくなってしまった。


「どうしたラッキョウ男。随分小粒だな。もうお終いか?」


「へっ、変なあだ名をつけるな!」


 なんてこった、こちらから仕掛けたディベートなのに完敗してしまっている。この学校にこんな生徒が、しかも女子に居たなんて……。


 この観堺という女子生徒、一体何者なんだ?

 私は軽い畏敬の念を抱きながら、恐る恐る彼女に問う。


「き、きみは一体何者なんだ?」


観堺みさかいだ」


「いや、それはさっき聞いた。その……弥生子さんの何なんだ?」


「弥生子の幼馴染だ」


「……え? そ……うなのか?」


 なるほど、そういうことか。幼馴染だからこそ、ここまで弥生子さんのことを強く思っていて、そして突発的なディベートにも対応できたのか。


「さあ、分かったならさっさとここを立ち去るんだな。副委員長などと身分を偽ったことは、今なら不問にしてやる」


「待て待てっ。私は嘘なんか言っていない。私を疑うなら、観堺だって私から見れば、自称幼馴染に過ぎないんだぞ!?」


 一瞬、苛立ちからか観堺の目尻がピクリと動いた気がした。


「ほぅ。どうやって証明すればいい? 弥生子との思い出話でもしてやろうか?」


 弥生子さんとの思い出話だと……? 正直聞いてみたいが、聞けばまた会話のペースを握られてしまうだろう。私は冷静に質問を重ねた。


「いや、それはまたの機会にしてくれ。それで、観堺はここには何をしにきたんだ?」


「弥生子に呼ばれてきた」


「どういう理由で?」


「聞いていない」


「ほら、それだと私と同様に疑わしいじゃないか! いや、私は全然疑わしくなど無いんだがな、条件は同じという意味だ!」


「違うな。きみだけが十分に疑わしいのだよ。弥生子がきみのような――」


 その時だった――。




「あら、一美かずみじゃない。入り口でなにしてるの?」




 突如、入り口から聞こえる声が1つ増えた。

 この麗しき声は弥生子さんである。


「ん、弥生子か」


「なにしてるの? 中に入っていいわよ」


「それが不審な男が中にいるんだ」


「不審な男?」


 弥生子さんは観堺の脇をすりぬけ、部屋の中を覗き込む。

 私は弥生子さんに軽く手を上げて挨拶をした。


「あら一美ったら、剋近さんは副委員長よ」


「――なっ! それは本当なのかっ?」


 私の言うことはさっぱり信じてくれなかったのに、弥生子さんの口から同じ情報が出てくれば観堺は即座に信じている。やっぱり信用って大事だね。


「ええ、そうよ。さあ、剋近さんこちらにいらして」


 ふぅ。

 何はともあれ、この長かった観堺との不毛なやり取りは終わりのようだ。


 さてさて、弥生子さんにいらしてなんて言われて行かない訳にはいかないな。

 いらしましょう。

 私は2人の傍に歩み寄る。


 弥生子さんと観堺が2人並んでいるが、それにしても少し……というか、大分観堺の身長が高い。


 弥生子さんは決して小柄ではない。女子の平均くらいはあると思う。観堺が長身な上に細身だから高く見え過ぎるのかとも思ったが、近づいてみるとこの女、私と比べても身長に差がない。むしろ私よりも高くないだろうか?


 因みに私の身長は174センチである。これは男子の平均より少し高い。その私と同じくらいの身長となると、女子の中ではかなり高い方だと思う。私が観堺の身長について考えていると、弥生子さんが2人の紹介を始めた。


「剋近さん、彼女は観堺みさかい一美かずみよ。小学校の頃からの友人なの」


 次に弥生子さんは、私の方を指しながら言う。


「一美、この人が……」


「河芝だろ?」


「あら、知っていたの?」


「さっき彼が言っていた。弥生子、彼の名前はともかく副委員長というところに疑問がある。こんなどこの馬の骨かも分からない男に、役職を与える理由を説明してもらうぞ」


「おいおい、さっき出身中学から今のクラスまで説明しただろ? 私を馬の骨扱いするな」


「だが、成績はよくないのだろう?」


「ぐっ……今はだ……」


「良かった時期はあったのか?」


「……こ、これからだ」


「弥生子、やっぱり考え直せ。彼は馬の骨だ」


「落ちついて一美」


「これが落ちついていられるか、副委員長は弥生子の代理を務めることもある役職だぞ? 彼が失敗すれば、その失敗がお前の責任になるなんて、私には――」


「落ちついて、一美」


 弥生子さんの口調が少し厳しくなると、ハッとしたように観堺は言葉を止めた。


「一美が今言ったこと、私が分かっていないと思っているの?」


「それは……」


「私が彼を副委員長にしたのも、私があなたをここへ呼んだのも、個人の能力を評価したうえで決めたことよ。分かる? 一美が幼馴染だから呼んだ訳じゃないの」


「…………」


 なんてことだ。あの観堺が口ごもっている。

 あのって言うほどよく知らないけど。


「私のことを疑ってる?」


「そんな……私は弥生子を疑ったことなど……」


 弥生子さんは観堺の顔をジッと見つめる。

 強い意志のこもった視線。

 今まで私に何度か向けられたものとは、また何か違うものだ。


「すまない……。弥生子の信じた彼を、私も信じよう」


「うん。ありがとう、一美」


 そう言うと、弥生子さんは心配そうにこちらを向いて言った。


「ごめんね、剋近さん。一美が酷いこと言って」


「いや、全然気にしてないよ」


 そう答えた私の目の奥を、静かに弥生子さんは見つめる。


 私が言った「気にしてない」という言葉は本心だった。私はサダにロリこん呼ばわりされた頃から、弄られキャラになることが増えた。しかし思ったほどにそれは苦痛ではなく、相手に害意さえなければ、適当に弄られているのも楽しいものである。またそれによって、周囲が正常に機能することにも気づくことができたのだ。


 暫くすると、私が本当に気にしていないということを察したのか、安心したような表情を微かに見せた後で、弥生子さんは向きを変えた。そして。


「それじゃ2人とも、こっちへきて」


 そう言って、委員長席に向かって歩き出す。

 2人は弥生子さんに続く。

 委員長席まできた弥生子さんはそのまま席に座り、我々2人に向けて指示した。


「剋近さんはそっちの席へ、一美はそっちの席に座って」


 指された方の席に2人はそれぞれ座った。私と観堺が向かい合うような位置関係である。私が座っているのは副委員長の席だ。だとすると、観堺の座っている席はなんの席だろうか?


 観堺は着席すると、なるほどという表情をして弥生子さんの方を向いて言った。


「そうか……。私は風紀部長か?」


「そうよ。よくできているでしょ?」


「ああ、少々複雑な心境だが、とりあえず納得しておく」


「やってくれるのね?」


「ああ、私が1年生の、そしてここの風紀を守るということだろう? それならば、よく分からないやからが混じっていても警戒できるからな。やってみようじゃないか」


「そう……。ありがとう、一美」


 よく分からない|族って誰のことだよ。


 しかしまぁ、なにがなんだか分からないが、どうやらこの瞬間に2人の間で同意が成されたらしい。つまりは、観堺が『風紀部長』という役職に就いたのだ。


 これで運営委員は、早くも3人となった。




 そしてその日のうちに、3人で他の役職候補者についての話し合いが行われた。


 幾つか出た名前のうち、観堺が出して弥生子さんが絶賛した名前があった。それは神宮かみみやという生徒である。


 神宮はE組の生徒らしいが、名前からしてなにやら厳格そうな印象を受ける。弥生子さんは神宮という生徒を推していたが、観堺はなぜか実力は認めるが採用に難色を示しているようにも見えた。2人の意見で一致していた点は、神宮という人物の能力が高いという点と、会計部にその能力が適しているという点だ。


 つまり神宮が『会計部長候補』という訳だ。


 因みに、私は殆ど2人の意見を聞いているだけである。

 やはり仕事がない。

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