校内報道

 そしてその日の昼休み。

 私は購買部へ昼食を買いに行く前に、『あるもの』を確認しようと思った。


 午前の授業中、私はずっと選挙結果のことばかりを考えていた。


 選挙結果を知らせる朝の放送によって、この学校内における組織図の骨格が決定し、白川先輩を頂点として各学年を中村先輩、望月先輩、そして女市弥生子の3人が管理することになった。そして、それぞれの組織の長が与えられた権限を駆使して独自の組織を作り上げていく……。この一連の流れが、現実社会のシステムによく似ていると私は感じるのだ。


 普通の学校だと生徒会が可能な範囲で管理するものだが、この学校程に生徒達に権限が与えられることはないし、生徒会が注目されることもあまりないだろう。


 しかし、この学校では、生徒会と運営委員会を合わせると4つもの教室が生徒自身による自治のために与えられ、生徒会長には生徒会の、運営委員長には運営委員会の人事権が与えられている。


 更に特筆すべきなのは、運営委員が部分的に新たなルールを作ることも可能ということ。つまり、この学校の、或いは学年の『法』を作ることが出来るのである。


 教室の使用許可や、役職を任命出来る権限を持つ、というと、私はなんだか総理大臣をイメージしてしまう。ご存知かもしれないが、内閣総理大臣に任命された者は、総理大臣官邸や公邸の使用権限と、大臣を任命する権限を得る。そうして組閣内容や政治運営の方針が逐一マスメディアによって報じられ、国民はその動きを知っていくのだ。


 この学校にそれを当てはめるなら、官邸や公邸の使用権限に当たるのが専用教室の使用権限であり、大臣を任命する権限に当たるのは生徒会や運営委員の人事権ということになる。


 それでは、政治の動きを伝えるマスメディアは、この学校においてどこが該当するのだろうか?


 そう。


 私が購買部へ行く前に確認したいもの。それは我が校のマスメディアである報道部が、午前中に書き上げた『壁新聞』である。


 教室から1番近い掲示板へ行ってみると、既に10数人の生徒が群がっていた。私は生徒の合間を縫って少しずつ前に進み、壁新聞全体を確認できるポジションを確保して新聞を見上げる。内容は選挙に関することが殆どなのだが、報道部の作り上げた壁新聞の作りはなかなかの拘りようであった。


 見出しは『当選者発表 各学年の運営委員長が決定』であり、学年によって枠が分けられ、各学年の記事の横には四コマ漫画まで描かれている。


 私は冒頭から記事を読み始めた――。




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 『当選者発表 各学年の運営委員長が決定』



 3年生にとっては最後となる、運営委員長選挙が終わった。

 3年生は元2年生の運営委員であった中村なかむら哲次てつじ(3年C組)と小宮山こみやま正平しょうへい(3年J組)、そして今回予想外の健闘を見せた沢井さわい晴香はるか(3年A組)の3名による接戦となった。結果は中村の僅差による勝利である。


 今回の選挙に最も早く立候補を届け出たのは沢井であり、二日後には中村が、その翌日には小宮山が出馬を表明した。更にその翌日、柴田里美(3年J組)が立候補を届け出ていたことが判明したが、候補者届出の期限が切れて間もなく柴田は出馬を辞退した。


 ・ポスト白川、学年ナンバー2から学年ナンバー1へ返り咲き


 中村は1年生の頃から運営委員会に関わっており、1年生の時には運営委員長、2年生の時には白川しらかわさとる(現生徒会長)の元で副委員長を経験している。その仕事振りには隙が無く、最近では『ポスト白川』『白川の女房役』と呼ばれる程に、皆から信頼されていた。


 常に白川を立てようとするその姿は印象深く、白川が出馬した生徒会長選挙には立候補せず、白川が出馬しない運営委員長選挙にのみ立候補した。その献身ぶりは先生達からも評価が高く、既に企業から就職のオファーまで来ているという話だ。(本人は進学を希望)


 本校の名物である討論会においても、白川以外の生徒に圧倒されたことはなく、正確なデータを元に正確な結論を導こうとするスタイルは、討論の詰め将棋とまで呼ばれている。


 今回中村が運営委員長になったことによって、より学年ルールが細かくなるという噂もあるが、白川が作成して実績のある旧ルールを中村が大きく改定することはないだろうとの見方もある。


 生徒からは、一番まともな人が運営委員長になって良かった、とする好意的な意見と共に、面白味のない1年になりそうだという否定的な意見も聞こえてくる。接戦を制した中村が、こういった否定的な意見とどう向き合っていくのかが注目されている。


 ・兄貴、僅差、惜敗


 小宮山はその豪快な性格から、兄貴というニックネームで幅広く慕われていた。

 小宮山の豪快な性格は、今回の最終演説において選挙活動と平行してカレー部の部員を募集していたことからも見て取れる。しかし、ただ豪快なだけかといえばそうでもない。小宮山は2年生の時には運営委員会にて会計を担当し、自身が数字に強いことも証明している。


 得票数が示す通り、小宮山は決して中村に人気や実力の面で劣ってはいなかった。

 あえて小宮山の敗因を挙げるなら、比較的真面目といわれる現3年生達が大学受験や就職活動に意識を向け初めており、今年は熱い高校生活よりも、安定した高校生活になるよう望んでいたことだろうか。


 ・モブ子、モブらしからぬ大健闘


 この沢井の存在により『モブ』という言葉が、学校内でよく使われるようになった。モブとはモブキャラクターとも呼ばれ、漫画やアニメ、映画やゲームに用いられる単語であり、ありふれた存在や、群集、エキストラ、背景キャラクターのことを指す。


 沢井がなぜモブと呼ばれているかというと、普通のクラスメイトという沢井の人物像が、優秀な生徒ばかりが出馬する運営委員長選挙において、生徒達の目には異色に映ったためである。


 初めにモブと呼び始めたのは一部の男子生徒達だったが、モブという言葉の意味を知る人が増えるに連れて3年生の中で定着していった。売れないアイドルを応援するようなノリで沢井を手伝う男子生徒達が現れると同時に、沢井をモブ呼ばわりすることに反感を持つ沢井の友人達が現れ、お互いに対立しながらも沢井を盛り上げていく様子からは、新しい民主主義の形さえも垣間見えた。


 常に努力が空回りする様子から沢井のファンは増え続け、当初の知名度からは考えられない100票越えを達成した。モブ(沢井)に票が奪われなければ、兄貴(小宮山)が勝っていたという声さえ出ている。何にせよ、沢井が今回最大のダークホースであったことは間違いないだろう。



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 流石報道部、短い記事でありながら、3年生の選挙においても色々あったのだということがよく分かった。それでいて、何が選挙の明暗を分けたのかもきちんと考察されている。


 中村先輩の記事にイケメン先輩こと白川先輩の名前がちらほら出ている辺り、白川先輩の学校内における存在感が際立っている。あの人やっぱり、凄い人だったんだな……。


 沢井先輩の最終演説の時に生徒達から聞こえた「モブ可愛い」という声の意味もやっと解った。確かに沢井先輩の空回りっぷりは、見ていて何だか応援したくなる。


 ふぅむと頷いてから、私は更に記事を読み進めた。




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 ある意味3年生以上に注目されたのが、この2年生の選挙結果である。


 現2年生の中には、旧運営委員会に反感を持つ生徒が多かった。

 旧運営委員の度重なるミス、運動部を中心とした一般生徒達との衝突、盛り上がらない体育祭などが重なり、とうとう運営委員会の決定事項や、設置ルールまでをもボイコットする生徒達が現れだす。


 このボイコット運動が広がると、運営委員会に役職をもつ生徒個人にまで非難が及び、運営委員の役職を辞退する生徒が続出した。結果として2学期半ば頃には、運営委員会は所属する委員の数を半分以下に減らし、その組織機能のほとんどを失ってしまう。


 当時の運営委員長は頑なに拒み続けたが、一般生徒からの要望が絶えなかったため、やむをえず生徒会が強制介入することを決定。生徒会指導の下、旧運営委員会はなんとか任期満了まで活動を続けることができた。


 このような経緯が過去にあったことから、次にこの学年の運営委員長に立候補するのはどういう人物なのかと、学年を超えて注目されていたのである。しかし困ったことに、旧運営委員への批判の強さからか、新しく運営委員長に立候補するものがなかなか現れない。


 委員長空席の可能性さえ噂された頃、果敢にも立候補を表明したのが全国的に有名な競泳選手であり、女子水泳部副部長の望月もちづき真文まあや(2年C組)であった。翌日には、望月に対抗する形で美術部部長であるきし彼方かなた(2年E組)も出馬を表明。これにより、女子生徒同士の一騎打ちが決定した。


 ・ハイレグは文化だ! 望月の大胆演説


 選挙日初日にハイレグ競泳水着で選挙活動を行い、教師から注意を受けたという望月。その大胆さは、全校生徒の前で行う最終演説においても注目されることとなった。


 自身が全日本選考会に出場した際、当時の運営委員会がまったく理解や興味を示さなかったことが原因で、多くの生徒が応援にさえ行けず、選考会出場後にその偉業を知ることとなった忌まわしい前例を引き合いにだして、旧運営を非難する。


 その後、全校生徒の前でハイレグの良さが理解できないものは文化的ではない、とまで言い切り全校生徒を唖然とさせた。体育部と文化部がお互い理解し合うことの重要性を説き、今年の体育祭の成功を約束。皆が一生懸命汗をかいて、楽しい1年を送れるよう努力したいと述べた。


 旧運営に対して悪印象の強い2年生の多くは彼女に投票し、一部の文化部の生徒達も彼女を支持したことが、我々報道部の出口調査から判明している。


 この出口調査から望月の圧勝が早期に予想されてはいたが、51%という有効投票率の低さには驚きの声も。体育部を中心に大きな支持を集めたが、文化部の多くが組織的に白紙票を入れたとも噂されており、体育部と文化部の軋轢が今後も懸念されている。


 また有効投票率の低さは、生徒達の運営委員会への期待の低さが原因であるとする説もある。いずれにせよ運営委員長となった望月にとっては、これから待ち受けている道のりが困難であることに変わりはない。水泳で見せるような、美しくも粘り強い運営活動に期待したいところである。


 ・東野の魔女、謎の選挙活動を展開するも大差で敗れる


 他の候補者達のように、登下校時に下駄箱や校門に立つことをしなかった岸であったが、2年生で彼女の選挙活動内容を知らない生徒はまずいないだろう。


 選挙期間中、2年生の廊下は奇怪なオブジェで埋めつくされていた。

 歩行の邪魔にギリギリならない程度に設置された数々のオブジェは、操作次第で激しく光りだすものや、大音量で音楽や謎の呪文が流れるものがあったため、教師から授業に支障をきたすと判断され、オブジェの半分ほどが選挙期間中に強制撤去された。


 岸の奇行は最終演説にまで及び、マジック的な要素まで散りばめた不可解な演出や、モニターとスピーカーから繰り広げられた病的なまでに整合性や協調性に欠ける演説は、更に多くの生徒達を遠ざけた。このようなつかみどころのない性格や風貌から、彼女を東野の魔女と呼ぶ生徒達もいる。


 獲得票数は59票であり、今回の選挙において唯一の2桁。この数字が多いのか少ないのかについては、意見の分かれるところであろう。


 出口調査において、文化部に所属する生徒でさえ「体育部の連中は嫌いだが、アレ(岸)はない」などと答えており、岸の存在が今回の有効投票率を下げた主因ではないかとする見方まである。



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 随分辛口である。

 特に岸先輩に関しては……。


 記事を読むだけで、2年生には個性の強い生徒が多いという印象を受ける。

 というか、望月先輩の競泳水着姿の写真が掲載されているのだが、これは大丈夫なのだろうか? 壁新聞ごと持って帰りたくなる生徒も(私を含めて)少なからずいるのではないだろうか。


 選挙結果に関しては、望月先輩の当選発表があった時には歓声のようなものも聞こえた。望月先輩はあんな感じの人だから、きっと祝福してくれる生徒も多いのだろう。


 それに対して、あれだけ色んなことをしていた岸先輩は、この結果を知って悲しんでいるのだろうか? それともなんとも思っていないのだろうか? 岸先輩は2年生達から好かれているのだろうか、それとも嫌われているのだろうか……。


 あの時モニター越しに映った、あざとくもどこかあどけない彼女の顔が、今どんな表情をしているのかが少しだけ気になった。


 私は次の記事に目を移したが、1年生は自動当選で選挙が行われなかったため、記事は女市弥生子を特集する内容になっていた。あの女市弥生子について、報道部がどのように報じているのかは実に興味深い。




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 ・良家ご令嬢、早くも王者の風格を見せる


 多少家柄や血統が良かろうが、この東野高校では通用しないというのが定説である。しかし、この女市弥生子(1年A組)に関しては、どうもそれがあてはまらないらしい。


 周囲に漂うオーラにはどこか人とは違う貴人のものが感じられ、それでいて全ての生徒に親しく接する彼女の存在は、女子生徒達の間では半ば信仰の対象にさえなりつつある。


 1年生の選挙は、よく考えずに票を投じる生徒が多いため、結果が荒れることも多いという。しかし、入学したてにも関わらず彼女の人気は既に1年生の大半を掌握しており、どこの誰が相手であっても当選は確実だとみられていた。


 さて、最強の1年生である女市は如何にして現在の立場を確立させたのだろうか? 


 ご存知の方も多いと思うが、女市弥生子は大物政治家である女市源十郎元大蔵大臣の孫にあたる。これだけでも一般生徒とのスタートラインに差があるのだが、彼女の場合は学力、信頼度、実績など本人の上昇志向により生みだされ続ける後天的な優位性も極めて高い。


 女市は小中と東野付属学校を進級してきたが、学級委員長が設置される小学5年生から現在に至るまで、全てのクラスで学級委員長を務めている。中学3年生の時には当然のように生徒会長になり、学業成績においてもトップを走り続け、高校は海外へ留学するのではないかとさえ噂されていた。東野高校生徒の約半数は付属中学校出身であることも手伝い、彼女の圧倒的アドバンテージは保たれ続けている。


 実は今回の選挙、当初の候補者は女市だけではなかった。

 しかし、対立候補者が立候補を届け出た数日後にそれを辞退してしまう。対立候補者が辞退した理由もまた、女市に勝てる見込みがないからというものであった。戦わずして勝つという、まさしく王者の戦いを女市は実現したのだ。


 しかし、東野商業高校は小学校や中学校とは違い、討論会や役職ポストの争奪、権力の行使などが実際に行われていく。そこで生じる熾烈な争いは、時として旧知の間柄さえ引き裂くことがあるという。


 失敗を知らないエリートほど、挫折した時の反動は大きいそうだ。運営委員長となった女市が、これからどのような学園生活と運営活動を送っていくのか、報道部は今後も注目して取材を続けていきたいと思う。



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 どうにも後味の悪い記事だが、ほぼ全面的に女市弥生子のことを称賛している。


 私もこの記事を見て、彼女に関する新しい情報を得ることができた。

 小学生から今に至るまで学級委員長であり続け、学業成績でもトップを走り続けてきたということ。そして留学が噂されていたということだ。


 私は一目見た瞬間に女市弥生子を完璧だと感じた理由が、少しだけ分かった気がした。彼女は偶然完璧に生まれてきたのではなく、完璧な人生を送ってきたからこそ完璧であり続けているのだ。適当に義務教育課程を経てきた私には、溜息しかでない……。


 壁新聞の記事はまだ他にもあったのだが、すでに昼休み時間をかなり使っている。


 私は記事を読むのを切り上げて、慌てて購買部へと向かうことにした。

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