アダムスキー型の何か
数日後。
本日からからいよいよ全学年が「選挙期間」に入り、明後日には体育館で全学年一斉投票が行われる。私は各学年の選挙状況ついて調べてみた。
3年生は中村という男子と、小宮山という男子と、沢井という女子の3人による対決となっているらしい。例のイケメン先輩こと白川先輩の名前が3年生候補者の中になかったので、こういうことには興味がないのだろうか? とも思ったが、それは全くもって私の勘違いだった。
何故なら白川先輩は現在、既に役職を持っていたのだ。その役職がなんなのかというと、驚くことなかれ――――なんと『生徒会長』である。各学年を取り仕切る運営委員会でさえ、組織図的には生徒会の下になるらしい。つまりは全校生徒のトップが、あのイケメン先輩こと白川先輩だった訳である。
さて、続いて2年生の選挙状況についてだが、現在、望月という全国的にも有名な水泳部女子と、岸という美術部女部長の対決になっている。このままいけば、女子生徒同士の一騎打ちとなるだろう。
全日本選考会にまで参加したことのある望月先輩と、2年生になりたてなのに美術部部長を務めている岸先輩。事実上の体育部と文化部のカリスマ対決という構図になることから、かなりの注目を集めているようであった。
さてさて、肝心の我々1年生の選挙状況ついてだが……。結論から言えば、我々1年生の選挙は『実施されない』ことになった。選挙活動も投票も無しだ。
理由は実に単純明快である。
候補者が女市弥生子しかいないためだ。
では対立候補者が誰もいなかったのかというとそういう訳ではない。笹熊とかいう、地元加工業者の2代目が立候補していたらしい。その笹熊がどうして立候補を取り下げたのかというと、どうやら選挙前に女市弥生子のことを調べて萎縮してしまったらしい。
まぁ、その気持ちは分からんでもない。
なぜなら、ここ東野高校生徒の半数は東野付属中学校の出身である。その付属中学校で生徒会長を務めていた女市弥生子は、当然高校にステージが移っても名の知れた存在なのだ。彼女はその外見も内面も破格の完璧ぶりであり、他の中学校から来た生徒達までをも虜にしつつある。……まぁ、私もその1人であるが。
更に彼女には、元大蔵大臣の孫という背景まであるので、下手に一般生徒が競い合おうとしても、引き立て役になれるかどうかさえ怪しいのだ。
とくにかくまぁ、そういう訳で。
本日から、2年生と3年生だけが選挙期間入りした。
◇
私が学校へ到着すると、早速校門に並んで挨拶をする女子達が目に入った。タスキに書かれた名前からすると、3年生の沢井先輩とその応援者達のようだ。生徒が通るたびに一斉に頭を下げて「おはようございます」と挨拶している。
私は他の生徒の陰に隠れるようにして校門を通過したのだが、よくよく考えると投票権があるのは同学年の生徒だけなので、校門前での挨拶は非効率な気がする。その辺を理解しているのか、下駄箱まで行くと3年生の中村先輩と小宮山先輩が挨拶だけではなく、3年生1人1人に握手や声かけまで行っていた。
同じく2年生側の下駄箱前では、望月先輩が明るい声で同級生に挨拶している。
私はそのひときわ目立つ望月先輩の容姿を、私は遠目でじっくり観察してみた。
外ハネしたショートヘアに茶色い髪色、僅かに日焼けした健康的な笑顔が実に魅力的だ。身長は少し高めで、体型はスラリとしている。しかし、体を動かす度に筋肉が流動していることから、実に引き締まった機能的な肉体の持ち主であることが分かる。
え? なんで筋肉の動きまで分かったかって?
それはずばり、望月先輩の格好のおかげである。
望月先輩の格好は、競泳水着に下はジャージというもの。ジャージの横、腰骨あたりの肌がチラチラと見えるあたり、競泳水着はスパッツタイプではなくハイレグタイプのようである。
後で先に登校していたクラスの男子に聞いてみたところ、自分が女子水泳部であることをアピールするために競泳水着を着て挨拶をしていたら、教師から注意されてしまったのでジャージの下だけを穿いたらしい。
(ぐぬぬ……私ももう少し早く登校していれば……)
どうやら私の惰眠は、三文以上の損失を出してしまったようである。妙に明るくてお調子者な印象を受ける望月先輩に、私はなんだか好感を持った。これは今なお見えるピッチリ競泳水着の影響では多分ない。はず。
そうして私が望月先輩を眺めながら歩いていると、突然、2階の方から大音量で音楽が鳴りだした。
「デデンッッ! イヤーッハァーッ!」
(――な、なにごとだっ?)
そう思って咄嗟に2階の窓に視線を移すが、特に変わった様子でもない。しかし大音量で音楽は鳴り続け、「ジィン、ジィン」と小気味よく窓ガラスを揺らしている。この曲は聴いたことがある。確かフライングアダムスキーとかいう怪しいパンクバンドの曲だったと思う。
曲のサビの部分が終わると音楽は鳴り止み、辺りは再び平穏を取り戻した。
(一体なんだったんだ……?)
そう思いつつ上履きに履き替えて教室へ向かっていると、今度は階段の辺りで大音量で別のなにかが鳴っているのが聞こえた。今度は――――何やら怪しげな呪文のようだ。
(流石にこれは選挙とは関係ないだろうな……?)
2階で一体なにが起こっているのだろうと不思議に思いつつ、私は教室に到着する。
教室について気づいたのだが、望月先輩の対抗馬である岸先輩の姿を見なかった。実際の選挙においても、選挙カーの音がうるさ過ぎて、何度も回ってきた候補者の対抗に一票入れてきたという話を聞いたことがある。ひょっとして美術部長の岸先輩は、挨拶や握手をうざったく感じる生徒達からの票でも狙っているのだろうか?
◇
その日の昼休み。
少し遠回りになってしまうが、私は2階に上がり、2年生の教室前を通って購買部へ行くことにした。
その理由を述べるなら、選挙活動は登下校時と昼休みに許可されている。今は昼休みなので、運がよければまた望月先輩の選挙活動を見られるかも知れないと思ったからだ。
いやいや。
勘違いしないで頂きたい。
望月先輩の水着姿をもう1度見たいとかいう下心はほんの少ししかない。冷静に考えて、もう水着を着ていることはないないだろうが、屈託なく明るい先輩を拝見できれば、それだけで活力をもらえそうな気がするのだ。
そんな思いを抱きつつ2階に上った私であったが、階段を上りきる手前辺りで、2階廊下を支配する『異様な様子』に気がついた。窓に暗幕がかけられ、何やら奇怪なオブジェが飾られているのである。一体、何が起こってるのだろうか。
廊下の先を見ると、長い廊下の全てに見慣れない多種多様なオブジェが並んでいた。とりあえず警戒しつつも、私はすぐ近くの怪しげなオブジェを観察してみた。
(これは……なんだ……?)
古い円柱形の郵便ポストのようにも見えるが、各接合部分から枝のようなものが生えている。その名状しがたい冒涜的オブジェの色はどぎつい赤であり、血のような塗料は地面にまでたれていた。
なによりも気持ちが悪いのは、漆黒の闇からこちら側を探るかのように、怪しい触手のようなものが、投函口らしき隙間からはみだしていることだ。しかも、触手の根元辺りの色彩がおかしい。恐らくブラックライトかなにかがオブジェの中に仕込まれていて、中から光がもれるようになっているのだろう。
私は僅かにベトつく触手を指で抑えながら、その名状しがたい冒涜的オブジェの投函口を覗き込んでみた。暗闇の中、深淵からこちらをうかがうかのように、1つの眼球のようなものが見える。そのあまりのリアリティに一瞬ドキリとしたが、すぐに冷静になってそれが作り物だと理解した。
眼球の周囲には、ブラックライトに照らされるようにしてなにやら文字が書いてある。ブラックライトに照らされると光る類の蛍光塗料だろうか?
読みにくい文字であったが、なんとか読むことができた。
以下がその内容である。
ポストは変わった 時代も変わった しかし私の思いは変わらない。
郵政は民営化された 手紙は携帯電話でも送れる だが私の声は届かない。
こんな時代だからこそ 届けたい思いがある 美術部部長の岸に清き1票を。
(――選挙活動かよっ!)
私は強く目を瞑り、右手で頭を抱えた。
芸術というものがまったく分からないわけではない。むしろ私は前衛的な表現にも寛容な方だ。しかし…………これはなんだ?
オブジェの意味も文章が、なぜ隠れたところに書いてあるのかも理解しがたい。芸術的価値がどうこうというよりも、これが芸術なのか選挙活動なのかさえも定かではないのだ。ひょっとして岸とかいう美術部の女部長、まじめに選挙する気がないのではなかろうか?
私は眉をしかめながら、オブジェの前から立ち去った。半ばお化け屋敷と化している2階の廊下を歩いて購買部へ向かう。
(まったく。何を考えているんだ、岸という先輩は……)
しかし、よせばいいのに、ひょっとして他のオブジェにも何かしらのギミックが施してあるのだろうか? という怖いもの見たさに似た好奇心を抱いた私は、再び近くにある別のオブジェを観察してみることにしてしまった。
(これは……なんだ……?)
足元には、なにやら汚らわしい毛玉のようなものがある。灰色や紫のモップのようなもので覆われていて、このオブジェもまた見た目からして気持ちが悪い。
一体なんなのかと私が周囲を回りながら観察していると、突然――――スイッチが入ったような音がした。まさか、センサーまで設置してあるのだろうか?
音がして間もなく、毛玉全体が怪しくうごめき始める。驚きと見た目の気持ち悪さから、私の体がビクリと反応する。しかしこの毛玉、うごめくだけで特に害はないらしい。
しばらく怪訝な表情で私が眺めていると、毛玉のうごめき方が急に速くなり出した。爆発でもするのではないかというくらい、うごめくというよりもむしろ激しく痙攣し出したそれは、とうとう甲高い音を発し始めてしまった。
金属を引っ掻くようなキーンと高い音だが、よく聞くとそれは音ではなく、なにか言葉のようにも聞こえる。
「……に……と…………さぃ。……うしに……と、お……き……い」
甲高くてなにを言っているのかが聞きとれないが、毛玉の痙攣がおさまるにつれて少しずつなにを言っているのかが分かるようになってきた。
「うひょ……よ…………は……とおか……さい。と……ひょ……に……とおかき……」
毛玉の痙攣が静まっていくのに合わせて音は人間の声に近づき、そしてとうとう普通の女性の声となって、その言葉をはっきりと聞きとることが可能になった。
「……投票用紙には、岸とお書きください……」
言葉の意味を理解した瞬間、私は少し変なテンションなり楽しくなってしまった。
「んふふふふっ……」
思わず鼻で笑ってしまう。
もうそのまま女性の声のままで終わってしまえばいいのに、毛玉が発する声は痙攣の速度が遅くなるにつれて、更に重く、遅くなっていった。
「とぉうひょう用紙ぃには、きぃしとおかきぃくださぁぃ。とぉぅひょぉぅょぅしにはぁぁ、きぃぃしぃぃとぉぉぉぉ……ぉ…………ぉ………………ぉ」
まるで、プライバシー保護のため音声を変えてあります(男性用)、のような声は止まり、それと同時に毛玉も動かなくなった。
(……死んだか……?)
そう思い私が油断していると、毛玉は再度ビクッと跳ねた。
私の体もそれを見て再度ビクッと反応する。
……それ以降、毛玉が動くことはなかった。
まるで怪異に直面した後のような心境である。しかし、この廊下に並ぶオブジェ全てがなにかしらの機能を備えていると考えると、ちょっとした感動のようなものさえある。
(でも、やっぱり選挙には関係ないんじゃないか?)
そう思いながらも私は…………本当にもうよせばいいのに、これが最後だと心に誓って、この中では一番まともそうなオブジェを観察してみることにしてしまった。
(これは……なんだ……?)
メタルラックのような台の上に、液晶モニターのようなものが乗っている。普通の液晶モニターに比べればデザインが少々奇抜だが、これは芸術的と呼べる類のものだと思う。
ただ少し気になるのはモニターが反対側、つまり廊下の窓側を向いているということだ。モニターは人に見せてなんぼであろうに、窓側に向けるというのはおかしい。
私は窓とモニターの間に入って、モニターを正面から覗き込んだ。すると私に反応したのか、直ぐにモニターの電源が入った。
(またセンサーか?)
そう思いながらモニターを見ていると、なにやら文字が表示された。
『画面にタッチしてください。10秒以内にタッチされない場合は、少々大きめな音量でアレが流れます。途中停止不能なのでくれぐれもご注意ください』
表示された文字の意味は理解したが、10秒というのは短過ぎではないだろうか?
私は一瞬、そのアレとやらを聞いてみたい気もしたが、今までのオブジェの凝り具合から考察すると、この少々大きめな音量というのはとてつもない音量だと予想される。その証拠に、メタルラックの下にはライブ用の巨大スピーカーが設置されているではないか。
(これはっ――――放置したら絶対ただごとじゃすまない!)
そう想った私は、慌ててモニターに人差し指で振れてみた。
その瞬間、モニターに美人と言っても過言ではないが、なんだか不思議な髪型をした女性の姿が映し出された。
髪色は漆のようにしっとりと黒く、白くやわらかそうなもち肌、控えめな泣きぼくろとおっとりとした表情が独特の魅力を際立たせている。なにより特徴的なのは髪型であり、どうやっているのか、昔絵本で見た天女のように2つの輪っかのようなものを髪で作っており、それが更にフワフワとした印象を高めていた。
体格は――――というと、上半身しか見えないにも関わらず、なかなかに出るべきところは出ている様子であり、柔和な雰囲気と相まって膝枕をお願いしたくなるようなタイプである。
現在、モニターに映った女性は、私が触れている人差し指と同じところを押している。その様子は、まるで画面を介して、宇宙人と地球人が友情を確かめ合っているようだ。
その不思議な髪型をした女性は、私の方を見つめるとニッコリと微笑む。驚いた私が人さし指を離すと、女性が触れているように見えた手も引っ込んだ。マシュマロのように柔らかそうな笑みを浮かべながら、女性は口を開いた。
「モニターの向こうから失礼します」
私はその言葉を聞いて、二瞬程ドキリとした。
一瞬目のドキリはモニターの中に人がいるという、まるでゲームか漫画か妄想かが現実化したような錯覚を覚えたからだ。
そして二瞬目のドキリはそんなはずがないと冷静になると同時に、今度はこの女性がカメラかなにかで、現在、私の姿をモニタリングしているかも知れないと考えたからである。
「私は美術部部長にして、今回運営委員長選挙に立候補した岸と申します」
(こっ――――これが岸先輩かっ! なんだ……意外に美人だな……ん? さっき皆さんと言っていたな? ということは、やはりリアルタイムでこちらを見ている訳ではないのか。それにこの声、さっき毛玉から一瞬聞きとれた女性の声と同じみたいだな……)
私が驚きの中あれこれ考察していると、モニターが急に時計回りに回転し出した。
「あ、あれれ……?」
モニターの中の岸先輩も声を上げて、驚いたようなリアクションを取っている。普通モニターは『横に長い』ものだが、このまま行くと『縦に長い』感じになってしまうではないか。
「画面が……傾いてきちゃったよっ? …………きゃっ!」
モニターの中の岸先輩が、元は画面の右辺であった部分、そしてモニターの回転によって現在は下辺になった部分に滑り落ちる。まるで加速度センサー付きのスマートフォンのようだ。
「えへへ……」
縦長になったモニターの中で、照れるように笑う岸先輩は悔しいが可愛い。
顔を上げたモニターの中の岸先輩は、少しの間なにかを思いだそうとしていたが、もう満足してしまったのかこう言った。
「えーっと……彼氏も募集中ですっ!」
そう言うと、恥ずかしそうに愛嬌を振りまき、両手を振ってバイバイをした。
私は呆気にとられる。
(彼氏もって……自己紹介しかしてないじゃないか……)
もはや声なくつっこむことしかできない。
呆れ果てる私を他所に、モニターに映る岸先輩は両手をフルフルしながらフェードアウトしていった。
画面が暗くなると、再びモニターは時計回りに動く。最初に見た状態からすると、現在は逆さまになっているはずだが、これでも問題なく映像が見られるのだろうか?
少々気にはなったが、再び起動されても困るので私はモニターを覗き込むのをやめて購買部へ向かうことにした。早くしないとカツサンドが売り切れてしまう。
(最後のやつも、やっぱり選挙には関係なかったな……)
気づけば昼休みも半分ほどが経過していた。
急ぎ足で購買部へ向かう途中、私はなぜ最後に見たオブジェが反対側を向いていたのか? という謎を、意外にもあっさりと解くことができた。
(あのモニター、毎回反応するとうざったいから誰かが向きを変えたのか……)
2年生は個性の強い生徒が多いらしい。
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