Broken.
カチッ、カチッ、カチッ、カチッ。
壊れたチャイムが無機質な音を鳴らしている。何度押しても、その音は真っ暗な部屋の中心には届かない。その部屋の中央で、カーテンを閉めて日の光を拒絶した部屋で、ただひたすら、パソコンの淡い光を浴びている女の子には届かない。やがて、声が響いてくる。
「キョウコ、キョウコ、いるの? いるんでしょ! 開けなさいよ! どうして突然学校にこなくなったの?」
その声はやっと、部屋の中にまで届く。それに伴って、「どんどん」と玄関のドアを叩く音が聞こえる。それがかなり長い間続いた後、やっとキョウコは、重い腰を上げ、ドアを開けた。
「キョウコ! やっと開けてくれた……。って、どうしたのよ、その顔……」
キョウコの顔は酷い有様だった。肌はぼろぼろで、目は真っ赤に充血し、その下には赤に対比するような真っ黒いくまができていた。友人は変わり果てた姿になったキョウコを見て、立ちすくんだ。
「用事は何……。わたし、見なきゃいけないものがあるから」
キョウコはそれだけ言うと、友人に背中を向けて、部屋にひき返えそうとする。友人は閉じられそうになったドアに慌てて足をかけ、それを静止した。
「ちょっと、キョウコ。学校にも来ないし、メールの返事も無いし、電話をかけてもつながらないし、心配してたのよ」
彼女はそれには答えない。ドアを閉めるのをあきらめて、部屋に戻っていく。友人はそれについて行く。
「あんた、ちょっとヤバいよ。何があったの……? そんなにやつれて、目が真っ赤で……」
彼女はそれには答えない。代わりに、マウスカーソルを更新ボタンに合わせて、何度もクリックした。
カチッ、カチッ、カチッ、カチッ。
乾いた音が暗い部屋の中で響く。部屋の中はモノが散乱していて、腐敗臭がした。パソコンの前に体育座りしたキョウコの傍で、友人は鼻を押さえて、立ちすくんでいた。
「おとといからヒロキがずっと更新しないの。私との最後のつながりだから、なるべく毎日更新してって言ったのに」
「ねえやめて、もうやめて。おかしいよ。キョウコ、やめてよ」
カチッ、カチッ、カチッ、カチッ。
「どうしてかな。何度もこうして、更新ボタンを押してるのに」
「……もうやめてよ!」
友人はキョウコの肩をつかんで揺さぶった。キョウコのぼさぼさ頭から、真っ白なフケが落ちてパジャマに付いた。
※
そしてキョウコは病院に入院することになった。キョウコは診察の結果、心の負担の原因になるとして、携帯電話とパソコン、その両方を取り上げられ、ブログから隔離された。病院に着いてからの彼女は、特に異常な行動を見せることもなく、おとなしくベッドに座っていた。
※
夜の病院。看護師の女が、夜の見周りとして廊下を歩いていた。はあ、今日もあのうるさいおじいさんの相手が大変だったわ。彼女はそうやって一人で愚痴りながら、診察室の前で立ち止まった。
カリッ。
彼女はその部屋から聞こえてくる物音に気が付く。院長は、こんな時間まで仕事をしているのかしら。けど、電気もつけないで何をしているのかしら。彼女は不思議がって、部屋の中に入っていった。
うつろな目をした女が、パソコンの前に座って、こっちを見ていた。
カリッ、カリッ。
彼女は与えられた睡眠薬をひとかじりすると、パソコンに向き直って、そのディスプレイを覗き込むように見た。
「眠れない。ヒロキ、眠れないよ……」
カリッ、カリッ。カチッ、カチッ、カチッ。カリッ。カチッ、カチッ。カリッ。カチッ、カチッ、カチッ、カチッ、カチッ、カチッ、カチッ。
「あ、あなた……何、やってるの……。そんなに睡眠薬を飲んじゃ、だめ……」
看護師の女は、彼女の手からむりやり睡眠薬をひったくると、「ここにいなさいよ!」と彼女に声をかけ、院長を呼びに走り去った。
院長と看護師、二人が診察室に着いた時、そこに彼女の姿はなかった。
診察室の窓から風が吹き込んで、カーテンがひらひらとはためいていた。
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