Ending.
彼のブログはだんだん、あからさまに片思いを匂わすようになっていった。彼の文章の行間からにじみ出るユリへの思いは、私を大いに混乱させた。私はまた彼のmixiメールに返信をしていた。あくまで物分りの良い女として相談に乗りつつも、さりげなくユリの嫌らしいところを指摘してうんざりさせてやるんだ。私はメールの文面を何度も何度も推敲した。絵文字がいっぱいの可愛らしいメール。これが二時間もかけて書かれたものだと知ったら、彼は一体どんな顔をするだろうか。そうして送った私のメールは、一時間もせずに返ってきた。
「本当にありがとう☆ 君とのメールを見ると勇気がわいてくるよ。あ、俺の携帯のアドレス教えとくね。なんかもうすぐユリちゃんと会う約束が出来そうなんだ。今が大事な時だから、相談したいことも多くてさ。これでユリちゃんと付き合えたら、マジで君に感謝だよ。」
そして私は彼のメルアドを手に入れた。最後にメールを送ったあの日から変わってなかった。それ、もう、知ってるんだけどな。おかしくておかしくて、私はディスプレイの前で、声に出して笑ってみた。あはは、あははははっ。……すぐに気持ち悪くなって止めた。それにしても、ヒロキはバカ。あれだけユリの駄目出しをしてるのに、あいつは天然なふりをした最高にいやらしい女だって教えてあげてるのに。何で気付かないんだろ。
次の日、私は携帯をもう一台手に入れて、彼にメールを送った。彼のブログのファンで、物分りの良い女の子として。私とは別の誰かとして。新しい携帯には、ヒロキのアドレスしか入っていない。まるで、恋人同士が持つ二台目の携帯みたいに思えた。
「オフ会としてじゃなくて、個人的にユリちゃんを誘うのは難しいなあ>< ねえ、カコちゃんだったら、最初のデートはどこがいい?」
ヒロキはもう完全に、もう一人の私に心を許していた。私にはヒロキの状況が手に取るように分かった。それにしても、いい加減、相手の女に愛想を尽かせば良い頃なのに。一体ヒロキは何を見てるんだろう。私はもう、微妙に匂わすことを諦めかけていた。もう直接言わないと駄目なのかな。ヒロキって本当に鈍感だから。私はカコとしての携帯から、適当に最初のデートにオススメの場所をメールすると、古い携帯――本当の私の携帯から、久しぶりにメールを送った。
「ブログ読んでいると分かるよ。オフ会のユリに恋をしたんでしょ。あいつはやめたほうがいいよ。ヒロキには合わない。」
メールのやり取りを拒絶されたあの日から、初めてのメール。カコがヒロキと繋がっているから、キョウコは大胆になれたのかもしれない。もちろん返事は返ってこなかったけれど、思ったより辛くはなかった。
それから、私は二つの携帯から正反対のメールを送るようになった。物分りの良いカコは初デートについての相談に乗り、私はひたすらユリの意地汚さを語った。あのブログの記事見た? 絶対あの子ナルシストだよ。自分が可愛くて仕方がない女だよ。ヒロキは自己主張の強い女が嫌いって言ってたでしょ。だんだん私は、自分の脳が二つに区切られているような妙な感覚を味わうようになった。
私の脳には二つの部屋がある。それは高い高い壁に区切られている。一つの部屋にはカコ。物分りの良い女の子。一つの部屋にはキョウコ。私。ヒロキのことが今も大好き。私は視点を変えるようにして、脳の二つの部屋を交互に訪問した。正反対の内容を持ったメールが、私の中に積み重なっていった。カコはいいよね。キョウコはカコみたいに、ヒロキから返事をもらえないんだ。ヒロキのことを考えて言ってあげてるのにね。あ、またカコの携帯にメールが来たみたいだよ。
「今度また東京に行くよ! ユリちゃんと○○大の大学祭に行くんだ! マジここまで来れたのはカコちゃんのおかげだよ。ありがとう!!」
……去年の秋。私とヒロキでその大学祭に行った。とりあえずヒロキを東京に呼んだはいいものの、うれしすぎて何もプランを考えてなかった私に、やさしくヒロキは言った。そういえば、○○大の大学祭やってるんじゃない? とりあえずそこに行こうぜ。大学祭はにぎやかで楽しかった。ヒロキの高校の友達、四、五人に会って、ヒロキの友達が多いことを誇らしげに感じたりした。歩き疲れて座った、構内のベンチで、私は大好きなクレープを食べた。その時ヒロキが口に付いた生クリームをそっとぬぐってくれたっけ。
そのベンチで今度はユリに告白するのだろうか。
そもそも、いずれこうなることは分かっていたのに、どうして私はメールを続けていたんだろう。久しぶりの繋がりが嬉しくて、最悪の結末を予感しながらも、ずるずるメールを続けてしまった。間接的に気付かせるのを諦めた時点で、もうカコとしてメールする意味なんてなかったのに。もう嫌だよ、ヒロキが東京に来るのも、私との大学祭の思い出を、ユリへの告白で上書きするのも。やめてよ。来ないで。もういいよ。
「東京に来るのはやめて。これ以上私を苦しめないで。」
私はそうやってメールを送って、そのままベッドに倒れこんだ。とめどなく涙が溢れてきた。ベッドの上を転げ回ると、二台の携帯が床に落ちて音を立てた。どれだけ枕に顔をうずめても、一向に眠気は襲ってくることがなく、ただいやに大きくて速い心臓の音が耳にこもって響いた。
一週間後の、彼のブログ。日記のタイトルは――「彼女が出来ました!!」。ユリと学園祭でデートして、付き合うことになりました。これからもこのブログをよろしくお願いします。これが私の選んだ結末。私が避けようとしても、決定的に避けられなかった結末。コメント欄は、祝福のコメントで溢れかえっていた。……そうだ、私も祝福のコメントを入れなくちゃ。私は物分りの良いカコだもの。カコはヒロキを祝福するの。私はヒロキの携帯に、カコとしてメールを送った。「おめでとう☆」
すぐに携帯が震える。ヒロキはよっぽど嬉しいんだろう。一分も立ってないのに返信が来た。
「次の宛先へのメッセージはエラーのため送信できませんでした。」
……理解できなかった。カコのメールが送信できない。確かに私はキョウコとして、ヒロキをイラつかせるメールを送ったかもしれない。でもそれはカコとは関係ない。物分りの良いカコは、あなたのデートのために親切にアドバイスをしてあげてたじゃない。仮にメールアドレスを変えたとしても、カコには教えてくれるはずなのに。
私はおめでとうが言えなかった。おめでとうを言わなければいけない気がした。ここでおめでとうが言えないようじゃ、私は心の狭い女にされてしまう。またヒロキに嫌われてしまう。私はせめてもの気持ちでコメント欄を開いた。HNはカコで。「おめでとう☆」……コメントは拒否されて、ブログに反映されずに消えた。
私は震える手でブックマークからmixiに飛んだ。mixiメッセージでなら送れる。マイミクが極端に少ない、カコのアカウントから、一人マイミクが消えていた。ヒロキはマイミクから消えていた。ヒロキのアカウントを検索すると、アクセスが拒絶された。
私の胃がこれまでで最大限の力で締め付けられて、息ができなかった。カコ、ヒロキと繋がれる唯一の私。それが今、絶たれた。胸を押さえながら、床を転げまわった。別におかしくなったわけじゃない。ただ、胃の痛みに耐えられなかった。痛い、痛いよ。
胃腸薬を飲んでも、気休め程度にしかならなかった。私は枕に顔をうずめて声を殺して泣き、その後泣きやんで少し冷静になって、二台の携帯電話の送信済みメールを眺めて、また感情の高ぶりが抑えきれずに枕に顔をうずめて声を殺して泣いて……を何度も何度も繰り返した。押さえつけすぎた目が痛んで、びしょびしょの枕には涙の匂いが染み付いた。
分かったよ、ヒロキ。私が「東京に来るのはやめて」とキョウコとしての携帯から送った時に、気付いてしまったんでしょう。なんでキョウコが、カコしか知らないはずの俺の東京行きを知ってるんだって。そして、キョウコ=カコという事実に気付いたあなたは、カコという繋がりをすべて消すことに決めたんでしょう。
……でも、コメントまで拒否しなくたっていいのに。一体いつ、拒否したの? あの、「元カノ」ってHNで私がコメントした時? そっか、やっぱりあのコメントは私が自分で消したんじゃなくて、消されたんだね。あの時からずっと、あなたにとって私は「消したい過去」だったんだね。
なんにしろ、ヒロキと私のつながりは、こうして、彼がユリと付き合い始めた日にすべてなくなったのだった。
私は二台の携帯電話を放り投げた。それらは、モノが散乱した私の部屋の中で、いろんなモノにぶつかって大きな音を立てた。
あーあ、壊れちゃった。
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