うらやましがりの泥棒の物語(2)

 それはとても純粋で、真っ白で、自分をなくしてしまった泥棒の物語――


「ゆーくん、そろそろ帰るわよー」

「ねえ、あのね。さっきね、知らないおじさんに会ったよ」

「知らないおじさん? ゆーくん、もしかして何かされてないわよね!」

「別に僕は何もされてないけどね、そのおじさんは、服とかすごく真っ白でね、それでね、僕が作ってた砂のおやまをね、じろじろ見てきたんだ」

「危ない人ね……。お母さんまーくんのお母さんと話すのに夢中で気が付かなかったわ……」

「それでね、僕は、今日ずっとがんばって作ったおやまだからね、トンネルも作ったんだよ、だから『欲しいの? でもあげない。これは僕のものだよ!』って言ってやったんだ!」

「そ、それでどうなったの?」

「そうしたらそのおじさん、ものすごく悲しそうな顔してさ、それで僕の頭をなでて言うんだ。『ゴメンな、ゴメンな』って。そんでね、持ってた白くて大きな袋の中に、僕の作った砂のおやまを、手を使って詰めはじめたんだ」

「完全に変質者ね……。家に帰ったらすぐに学校に電話を入れておかなくちゃ」

「砂のおやまは袋に入れると砂に戻っちゃうんだけど、それでもおじさんはがんばって必死に入れててね、だから僕も手伝ってその袋に入れてあげたんだ! それでね、全部入れ終わったらその袋を持って、おじさんはいなくなっちゃったんだ」

「一体何がしたかったのかしら。別に何もされてないわよね?」

「うん! ねえ、今日の晩御飯何?」

「……まあ何もされてないならよかったわ。今日の晩御飯はね、あじの開きと、ひじきの煮物と」

「ひじききらーい、べー」

「あ、待ちなさい!」



 日光の力で濁った白に変色してしまった、あるマンションのドアが夕焼けを受けて赤色に染まっている。そして今、それに影の黒が重なる。主が帰宅したようだ。

 ドアの前に立ったその男は、とても不思議な佇まいをしていた。とにかく真っ白な服に、季節外れのニット帽。顔はどこかふっくらと丸く、年は30代ぐらいだろうか。ただ、その丸っこくてキラキラ輝いた目だけを見れば、まるで少年のようにも見える。どこかちぐはぐで、非対称な印象の男だった。

 男は「ただいま」と言いながら玄関のドアを開けた。返事はない。そして、「たからものおきば」という札のかかった部屋に一目散に向かい、そのドアを開くと、背負っていた大きく薄汚れた袋(まるでサンタクロースの袋だ)を置いた。

「おかえりおかえりおかえり」

 その部屋には手当たり次第にいろんなものが投げ出してあった。高そうなネックレス、安物の指環、女の子が写っている写真立て、奇妙な形をした服、CDラジカセ、MDコンポ、レコードプレイヤー、たくさんのパソコン、そして今声を発したオウムが入った鳥かご。

「なにをなにをなにをぬすんでぬすんでぬすんだ?」

 まるで呼びかけるようにオウムが言葉を発する。そのオウムに、男は近づいていって、袋の口を開いて、中身がオウムにも見えるようにした。オウムはまた喋った。

「くだらないくだらないくだらない」

「……くだらなくなんかないよ」

 男は初めて言葉を発した。オウムと会話しているのだろうか? 男は返事のないオウムに構わずに言葉を続ける。

「今回はたくさん収穫があったんだ。このCDをみてよ。ぼろぼろ。こんなに傷が付くまで聞かれてたんだよ。すごいよね。この卒業アルバムも、ほら、毎日開いて、毎日同じページで涙を流してたからしわしわでくしゃくしゃ。あ、この下のほうにたまってる砂はね、小さい子がずっと脇目もふらず、僕がそばに立ってもまったく気付かずに、作り続けてたおやまだったんだ」

「くだらないくだらないくだらない」

「うるさいな! ……まあ、君には分からないさ」

 男はとりあえずその中のものを部屋に取り出した。砂埃が部屋中に舞って、男は何度もくしゃみをする事になった。やがて砂埃がおさまると(おさまるまでオウムはずっと「てきしゅうてきしゅうてきしゅう」と叫んでいた)、男はCDを適当なCDプレイヤーに入れて、鳴らした。


♪夕暮れ時を二人で走っていく 風を呼んで 君を呼んで

東京の街の隅から隅まで 僕ら半分 夢の中


 いつのまにか真っ赤な夕焼けは地平線の向こうに沈んでしまい、明かりをつけていない部屋は薄暗くなった。何かの拍子に積み上げられていたパソコンが、床に落ちて大きな音を立てた。男は首をかしげて、「僕にもよく分からないや」とつぶやくと、CDプレイヤーのコンセントを乱暴に抜いて電源を切ってしまった。もうかごの中のオウムは一言も喋らず、薄暗いガラクタの部屋の隅っこで、少し床がざらざらしてる部屋の隅っこで、男はじっと、長い間うずくまっていた。

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