うらやましがりな泥棒の物語(1)

 それは、とても純粋で、とてもうらやましがりな泥棒の物語――

 僕はその日もまた、早起きしてゲームにいそしんでいた。長い長い大学生の春休み、サークルもやっていなければ彼女もいない僕は、バイトとゲームだけで一日を塗りつぶす生活を繰り返してきた。……別にそれが悲しいとかそういうわけじゃない。むしろ、毎日がゲームによって充実しているし、その合間に挟まれるバイトも、ゲームで疲れた身体をリフレッシュさせるという素晴らしい役割を果たしている。

 なんてったって早起きをしている、ということがポイントだ。春休みなのに早起きをしたくなるような何かを、果たしてどれくらいの人が見つけられるというのだろう。僕にもし彼女が出来たって、彼女のために早起きするのはゴメンだ。だから、僕の毎日にはなんの不満もない。

 いや、それは嘘か。一つ不満があるにはある。母が、ゲームばかりやってていいの、と毎日のように僕に言ってくることだ。「ゲームはいけない」という、特に論理的根拠のない、けれど世間一般に浸透している言い分。パチンコのようにお金が必要以上に消えるわけでもない、女遊びのように意図しない子供ができたり、エイズ感染率が増えたりもしない。むしろ、なんて理想的な時間の使い方だろう、と褒められてもいいくらいなのに。まったく、大人の頭はカチコチで手に負えない。

 そして僕は、昼の12時になって一旦コントローラを手から離した。朝9時からぶっ続けでやっていたから、少し疲れてしまった。ずっと同じ画面に注視していた目を、窓の外に向ける。そのとき僕は、ガラスに映った自分の顔を見て少し驚いた。涙を流していたからだ。

 ……多分、瞬きを忘れるくらい夢中になってプレイしたせいで、想像以上に目を酷使していたのだろう。そういう、身体的な理由だ。決してこの毎日のせいじゃない。いけないいけない、これからゲーム中は、意図的に瞬きをして目を潤さなきゃ。いや、むしろ目薬とか買ってきたほうがいいのか。そんな事を考えながら、目をこすりこすり、そして開けた時、窓ガラスに僕以外の人影が写っているのに気が付いた。

「なんだよ母さん、またゲームに対する文句でも言いに来たの?」

 そう言いながら僕が振り向くと、そこには母さんはいなかった。サンタクロースみたいに大きな白い袋を背負った、背の小さな男が、代わりにそこに立っていた。

 それはとても不思議な風貌の男だった。とにかく真っ白な服に、季節外れのニット帽。顔はどこかふっくらと丸く、年は30代ぐらいだろうか。ただ、その丸っこくてキラキラ輝いた目だけを見れば、まるで少年のようにも見える。どこかちぐはぐで、非対称な印象の男だった。

 僕は当然のように、不審に家に侵入してきた男に怯えた。なんでいきなり入ってきた? 今流行の通り魔殺人だろうか? ……僕は殺される? そしてコイツは、TVのインタビューで、「殺すのは誰でも良かった」とか言うのだろうか?

 その男はゆっくりと近づいてきた。僕はあまりの恐怖で声もだせずに、ただ部屋の奥にあとずさりした。しかし男はそれ以上僕のほうに向かってくる事はなく、なぜかゲーム機の電源を切った。そして、TVと接続しているケーブル、電源と接続しているケーブルを丁寧に外し、コントローラ、ゲーム機本体、ケーブルの順に白い袋に放りこんだ。

「なに……してんだよ。それは……俺、のゲーム……」

 僕は言葉を搾り出した。がちがちと震えて、前歯がぶつかって音を立てた。男はゲームを入れ終わると、僕のほうに近寄ってきて、突然――僕の両手を握った。

「夢中なの、うらやましかった。だからもらう。ごめんね」

 彼はそう言って、にこりと、まるではじめて母親に玩具を買ってもらった子供のように無邪気に、笑った。そして、ゲーム機が入った袋を重そうに抱えたまま、そっと去っていった。

 僕はその光景をただぼんやりと眺めていた。不思議な事に、手を握られた時に恐怖ははらりと消えてしまっていた。何も考えられないまま、僕はどこか穏やかな気持ちで、空っぽな気分で、部屋の角をぼんやり眺めていた。

 その日から、僕はゲームをしなくなった。

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