08. Nature Force Intention

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 国防軍北部戦略中央基地。


 環境エネルギィ省の長官、大隈太一は、中央事務棟の七階、特別応接室に立っていた。


 部屋の奥に大きく設けられたガラス窓からは、広大な滑走路が一望できる。景色の足元には、戦闘機の格納庫を見下ろすことも出来る。


 たった今着陸したばかりの戦闘機が、格納庫に向ってゆっくりとタキシングしている。向かう先の格納庫には、既に二台の戦闘機が停まっており、キャノピィを開け放っている。恐らく整備中なのだろう。


 青い空から降り注ぐ陽光を弾いてどんよりと輝くマットグレーの丸みを帯びた機体、複雑な六角形をしたデルタ主翼、機体正面のエアインテークと平行になるよう傾斜がつけられた独特な垂直翼。三台とも、最近この基地に導入されたばかりのF-22ラプターである。空を超高速で駆け、敵を迎え撃つために、無駄なものを一切排除した精悍な姿。空戦おける最大の機能美を兼ね備えた、獰猛な野生動物然とした造形は、開発から数十年を経ても尚色褪せず、現役で実戦投入できるほどに高い戦闘能力を保持していることを力強く主張しているようだった。F-22ラプターは、キルジア軍と国防軍の誇る、優秀かつ最強のマルチロール機である。


 この基地は、つけられた名前の通り、国土の三分の一にあたる北部地域を防衛する重要拠点である。北部地域には、中央都市部や南部と比較して、山岳地帯や水源、農地等の資源地が多い。規模の大きな原子力発電所も複数配置されている。万が一、敵国からの攻撃やテロ等に晒された場合、国家全体が重篤な危機に陥る。そういった可能性を持つ重要拠点の防衛を任されている、ということに他ならない。その為、他の基地よりも優先的に最新鋭の装備が配備されることも多く、国防軍の中でも、今最も力が注がれている場所の一つでもあった。


 大隈は、数え切れないほどの回数、この基地に足を運んでいた。初めてここを訪れたのは、確か二◯六十年。基地の新規開設記念式典に出席した時だった。それからしばらく、約二十年以上もここを訪れたことはなかったのだが、まさかこんなに幾度となく、この基地に足を運ぶことになろうとは、当時まだ若かった大隈は、想像さえもしていなかった。


 大隈は、過去にこの基地を訪れた目的を頭の中で回想した。

 NARDSF設立。

 自然能力開発科学研究所の立ち上げ。

 幾度となく足を運んだ。


 そして、その度に……、愛咲誠一にも会った。当時は、彼に会いに来ることこそが、ここを訪れる主要な動機の半分以上を占めていたかもしれない。


 彼とはじめて会ったのは、もう十五年以上も昔。二◯八十三年の六月十二日のことだった。



 今でも忘れない。



 彼はあの日、この部屋の、この場所で、初対面にも関わらず、私に気さくに話しかけてくれた。生真面目で神経質そうな見た目とは裏腹に、とても明るく嬉しそうに、笑顔で将来の夢を語ってくれた。


 大隈は、当時、嬉々として夢を語る愛咲の表情を鮮明に思い出した。そして、自分でも驚くくらいに重苦しいため息をゆっくりと吐く。


(愛咲くん……)


 本来であれば、数年振りに、彼とこの場所で会っているはずだったのだ。けれども、彼はもうこの世にはいない。


 大隈が、愛咲誠一の訃報ふほうを受けたのは昨日の早朝。長い間、混迷を極めた暗い世界に、ようやく差し掛けた微かな妙光が、再びぶ厚い雲に閉ざされた瞬間だった。


 大隈は目を深く閉じ、自らの命運を呪った。


(やはり、一度でも狂い始めた歯車は、そう簡単には元に戻すことは出来ないのだろうか……)大隈は心の中で呟いた。


 神は、我々を、見放したのだろうか。

 もう二度と、この世界に光が差し込むことはないのだろうか。


 大隈が強く目を閉じ、怒りにも似た感情を湧き出させようとしたその時、入り口のドアが軽くノックされた。


「どうぞ」大隈は振り返り、十数メートルは離れているであろうドアに声をかけた。壁の時計は十時半を指し示していた。


「失礼します」声と同時に、廊下から二人の男女が入ってきた。


 一人は、目が覚めるような純白のワンピースコートの軍服に、タイトな黒のスカートに黒タイツ姿の女性。足元にも、黒いつや消しのショートブーツを履いている。頭の先から肩下まで、プラチナを思わせる艶のあるブロンドヘアが流れるように垂れ、長い前髪の隙間には目鼻立ちの通った少女を思わせる高貴な顔立ち。すらりとした長い足を自然にクロスした上品な立ち姿は出自の良さを感じさせる。


 彼女の着ている純白の軍服は、今年から正式に採用される新しいデザインのもので、将校以上の女性隊員に支給されているものだった。キメの細かい上質なメルトン生地が特徴で、植物のつたをモチーフにした優雅な模様が刻印された銀ボタンが、高めの襟首下から腹部にかけて縦に細長いひし形を描くように配置されている。ショーモデルが着るデザインと説明されても違和感のない洗練されたデザインで、知識のない者が一見すれば、まさかこれが軍人の着る服とは思うまい。


 もう一人は、純白の女性とは対照的な、見上げるほどに背の高い、汗臭そうに汚れた迷彩服を着た男性隊員だった。岸壁がんぺきのようなたくましい上肢じょうし、女性の太ももほどはあるであろう毛むくじゃらの上腕じょうわん、床に埋め込まれた金属の杭のように頑丈そうな下肢かし、野生的な光を灯した目から厚い頬にかけて付いた大きな古傷。その全てが、軍人としての長く険しい経験を物語っているようだった。


「後醍醐くん、ニーナくん、久しぶりだな」

 大隈は、険しい表情をかき消しながら満面の笑顔を浮かべた。毛足の長い絨毯を踏みしめながら、彼らに歩み寄る。 


 後醍醐、ニーナと呼ばれた二人も、入室して部屋の中央まで歩いてきた。


 大隈は、相手の目をしっかりと見つめながら、交互に固い握手を交わす。


 ニーナの手は、白くか細く少し冷たかった。柔らかくこちらの手を握り返す。


 後醍醐の熊手のような手は、大隈の倍以上はあり、逞しく、力強かった。汗で手のひらがねっとりと湿っているが、大隈は不快どころか、懐かしさを感じて嬉しくなった。


「元気そうで、なによりだ」二人の顔を交互に見た大隈は、低い声で言った。


「長官、お久しぶりです」ニーナは微笑み返す。


「お陰様で、この後醍醐蘭丸らんまる、元気でやっております。大隈長官こそ、ご無事でなによりです」後醍醐は、幅広で彫りの深いゴリラのような顔面を上げ、純真な目で真っ直ぐにこちらを見つめた。そして、すぐに体に似合わず俊敏な動きで敬礼した。


 一通りの挨拶が終わると、ニーナ振り返り、廊下の外に声をかけた。「入りなさい」


 すると、ドアの開け放たれた廊下から、士官学生の制服を着た若い青年が一人、部屋の中に入ってきた。彼は、両手でドアを丁寧に閉めてから、ゆっくりとこちらに近づいてきた。


「大隈長官、初めまして。自分は、海馬巧です」巧は緊張で強張ったままの面持ちで、ぎこちなく手を挙げ敬礼した。


「おお、君が……、海馬くんか」大げさに両腕を広げた微笑んだ大隈は、巧を歓迎するように右手を差し出し握手を求めた。


 巧は、差し出された皺深い手を見て一瞬戸惑った様子だったが、すぐに握手を交わした。


「長官のお話は、以前より、父、兄から聞いております。そして……」握手を終えた巧は、ほんの一瞬だけ言葉を詰まらせて俯いたが、すぐに大隈に視線を戻して口を開いた。「生前は、父の隼人、兄のカケルが大変お世話になりました」


 巧は、深々と頭を下げた。潤んだ目を見られまいとしたのだろう、と大隈は察した。


「どうか頭を上げて欲しい」大隈は、若い隊員の気持ちを慮るように、優しい口調で言った。「私は、彼ら二人の力に何一つなれなかった。本当に申し訳ない」


 大隈は言い終えると、頭を下げたままの巧に向かってゆっくりと頭を下げた。


「とんでもないです、長官」巧は慌てた様子で両手を振り、大隈を制した。「戦いに身を置く軍人である以上、父も兄も、残された母も私も、初めから覚悟は決めていたことです」


「そうか……」大隈は、ため息をつくように深く頷き、巧を見据えた。「確かに、我々は、常に死の危険と隣り合わせだ……」


 大隈は、在りし日の部下の面影を重ねるかのように、巧の顔を見つめた。


 一寸の曇りもなく、真っ直ぐにこちらを見つめる瞳は、晴れた日の湖の水面のように輝いていた。若さ故の脆さこそ感じたが、迷いや戸惑いのようなものとは一切無縁な、強い覚悟が滲み出ていた。混沌としたこの時代にも、まだこういった若い芽が育まれていることに、大隈は胸の膨む思いだった。戦いによって命を失い、死に去る者も多くいる中、こうした若いエネルギィが現れてくれることは、彼らの未来と将来を考えた場合、僅かな切なさを感じざるを得ないものの、それと同時に、大隈にとっては希望でもあった。


「今日、君にここに来てもらったのは、他でもない」大隈は、これから彼に言い渡さなくてはいけない厳しい現実に思いを巡らした。


「はい」巧は、覚悟を決めたような硬い表情で頷いた。


 大隈は、話を続ける前に、三人に、席に座るよう促した。


 部屋の中央、入り口のドア側に背中を向けて置かれた横長のソファに、奥から、巧、ニーナ、後醍醐の順で座る。大隈は三人と対面する形で正面のソファに腰掛けた。


「海馬君」大隈は再び話を切り出し、巧を見据えた。「ここに来る前に、もう話は聞いているね?」


 問われた巧は、少しだけ表情を曇らせながら頷いた。「はい、先ほどニーナ教官からお聞きしました……」


 彼が表情を曇らせる理由はただひとつ。大隈は、当然それを知っていた。兼ねてから切望していた空軍への入隊に向けて受けた航空身体検査の結果が不適合だったという事実に他ならない。彼は今朝、その事実を担当教官のニーナから申し渡されたていたのである。


 大隈と後醍醐も、検査結果は事前に知らされていた。優秀なパイロットの父を持ち、将来を有望視されていた末の結果だけに、検査結果を知った大隈と後醍醐からは、小さな落胆の息が漏れたのである。


 不合格の原因は、一年ほど前に発症した軽度の心臓病だった。


 それ以外は、文句のつけようがないくらいに完璧だった。 


 技術も、知識も、体力も、精神力も、判断力も。すべてが非の打ち所がない。まるでパイロットになる為に生まれてきたと言わんばかりの素晴らしい成績だった。それは、巧自身はもちろん、周りの誰もが認める事実だったろう。けれども彼は、たった一つの予期せぬ体調不良により、長年夢にまで見たパイロットの道を、たった今閉ざされたばかりなのである。


 軍隊の中でも、特殊な技能職であるパイロットは、視力や体調面等、たった一つの僅かな不良によって不適合となり、道を諦めざるを得なくなる例は少なくない。巧も、もちろんそのことを知っていた。けれども、まさか自分がそのフルイにかけられる身になるとは、夢にも思っていなかったのだ。


 ショックは大きかった。


 巧は、幼い頃からパイロットの父に憧れ、自分もいつかは同じ道をと、士官学校に入学した。父に続き、兄さえもが国防軍の戦闘機パイロットとして、数年間は活躍していたのである。


 けれども自分は、空に上がることさえ出来ない。


 父と兄が飛び、そして散っていったあの場所に、自分は行くことさえ出来ない。


 そのもどかしい思いが、今の彼の心に充満していた。


 巧にとって、この戦いを終わらせる為なら、死ぬことは怖くなかった。本気でそう思っていた。けれども、彼にとって空を飛べないことは、死よりも恐れることだった。


 自分の場所は空しかない。


 そう思っていた。


 だからこそ……。


「やはり、悔しいか」大隈は、言葉を噛みしめるように言う。


「はい……」巧は、自らの膝に置いた両手を強く握りしめ、俯く。「死ぬ事を恐れたことはありませんが、空を飛べないというのはここまで辛いとは思っていませんでした。もしかしたら、死ぬ事よりも辛いかもしれません」


 淡々と言葉を紡ぐ巧を、先達の三人はただ見つめ見守る他になかった。


「俺は……、父や兄が居たあの空を飛びたいんです。二人が見た景色を、自分も見てみたかった……」巧の絞り出す声は小さく掠れ、どこか震えていた。


 涙の雫が、巧の握った手の甲にこぼれ落ちた。


 三人は顔を見合わせ、息を漏らす。


 その様子を見かねたニーナは、片手をそっと巧の肩に当てた。「悔しさと怒りの気持ち、とても分かるわ。あなたの必死の努力を四年間、私は近くで見てきたから。でも、身体のこと、安全のことを考えたら……」


「残念ながら、これは規則だ」大隈は、ニーナの言葉を遮るように淡々と切り出す。「そしてなによりも、君の身の安全を考えれば、やはりパイロットとして空に送り出す訳にはいかないのだ。どうか、分かってもらえるだろうか」


 巧は俯いたまま、震える肩もそのままに無言で頷いた。


「できることならば、君には、父上やお兄さんと同じ道は歩ませたくない」


 大隈の言う『道』とは、飛ぶということではなく『死』ということだろう。巧はすぐに理解した。


「もちろん、航空身体検査に適合しなかったとはいえ、お前の心臓病は、日常生活や地上での任務には一切支障のない軽度なものだと医者も言っている。つまりお前は、十分に他の部隊で活躍できる。それだけの体力と知識、精神力を身につけているんだ。俺が保証するぞ」後醍醐は、まるでゴリラがドラミングするかの様に自分の胸元をドンと一発叩いた。


「ありがとうございます……」巧はゆっくりと顔を上げた。赤く腫れ上がった目をこすりながら、引きつった笑顔を向けた。


「男だったら、クヨクヨするな、泣くな! ドンと行けよ、がっはっは」後醍醐は、今度は両手で胸を何度も叩く。もはやゴリラである。「道は、一つじゃないんだからよ」


 ニーナは、後醍醐の様子を見ながら微笑み、巧の肩に置いていた片手でぽんと軽く叩いた。「あなたなら、できるわ」


「情けない所を見せてしまい、申し訳ありません」巧は、大隈の目を見ず頭を下げて謝った。


 三人は再び顔を見合わせ、微笑んだ。


「さて、ここからが本題だ」大隈は姿勢を正し、切り出す。「君には、来月から発足する新しい部隊に所属してもらいたい。そう考えている」


「新しい部隊……、ですか」巧は予想外の話にかなり驚いた様子で、腫れた目を大隈に向ける。


「その部隊はNature Force Intention、すなわち、『自然の意思』。そう命名した」


「自然の……、意思」巧は、大隈の言葉を復唱した。


 後醍醐とニーナの二人は、呟く巧の顔を見つめながら小さく頷いた。


「君は、後醍醐支隊長の率いる特殊支隊がどんな任務を行っているかは知っているね」大隈は眉を上げて巧に聞いた。


「はい。National Resources Defense Special Force、NARDSF。『国家資源防衛特殊支隊』、通称ナードスペシャルフォース」巧は頷いた。


「そうだ」後醍醐は満足そうに微笑んだ。


 巧は続けた。

「世界の核汚染が進み、あらゆる資源が枯渇しつつある中、国家戦略として資源の占有量、占有面積が重要視されていることを鑑み、我が国における重要な資源地である水源や山林、農耕地や発電所などを、国内外のテロ行為や攻撃行為から防衛し、保持・保全、醸成する為に編成された、環境エネルギィ省直下の特殊武装部隊……、と聞いています」


「その通りだ」大隈は嬉しそうに口元を斜めにあげる。


「お前、俺より詳しいな」後醍醐は再び下品な大声を上げて笑った。「まあ、実に教科書的だがな」


「それは問題ですよ、隊長」と、ニーナは後醍醐を軽く睨んだ。


「まあいいじゃねえか、ガハハ」と後醍醐は、ニーナの視線を笑い飛ばした。


「あの……、NFIというのは、一体どのような任務を行う部隊なのでしょうか」巧が、大隈を見上げて聞いた。


「NFIの今後の任務や活動領域を、現段階で言葉にして説明するのは難しい。だが、君たちも既によく知っている通り、今、我が国の資源地帯は、 聖戦ジハードの影響で世界中が汚染されていく中、非常に貴重で、希少性の高いものとなりつつある。その為、今後の政治的な外交戦略における貴重な材料となる反面、水面下では、国内外の敵対勢力からの攻撃や占拠、汚染といった様々な危険に晒されつつあるのだ」


「ええ……」巧は顎を引いて小さく頷いた。


「今は、一昔前みたいに、カネさえあればいつでもどこでも満足にメシが食えるっていう時代じゃないからな」後醍醐は、急に真剣な面持ちになり、補足を加えた。


「世界はそれだけ飢餓や水不足に悩まされているということでしょうか」巧は聞く。


「授業で教わらなかったか? 悩まされている、なんていうレベルじゃないぜ」後醍醐は声を潜めるように言った。「食料不足によって、もうここ十年で、何億っていう人間が死んでるんだ。世界中の国が必死に資源、食料を求めてる。それが、今の聖戦ジハードの実情だ。資源が底をついた国、元々資源の乏しい国は、どれだけカネを持っていても、他の国に統合されるか、侵略されて無くなるか……、大きく分けてどちらかの道を歩み始めてるっていう訳だ」


 後醍醐の弁に頷いた大隈は、話を引き継ぐように続けた。


「幸いにして、まだ我が国は島国という好条件もあって、大規模な敵国からの攻撃やテロの危険性に晒されたことはない。十数年前に起きた原発事故の影響を除けば、汚染地域もほとんど存在しない。同盟国であるキルジアの持つ軍事力の影響もあり、我が国は未だに戦乱から守られているという側面もある。だがしかし、今後もそれが続くという保証はどこにもない。世界の資源状況は、今後、悪くなることはあっても、良くなることはないだろう。我が国も、今後は様々な危険性に早急に対処しなければならない。これは、今、明確に分かっている事実だ」


「おっしゃる通りだと思います」巧は深く頷いた。


「ただ、勘違いして欲しくないことがある」後醍醐が言った。「俺たち防衛軍、NARDの最大の目的であり最大の仕事は、一体なんだと思う?」


「攻撃ではなく、防衛……、ということでしょうか」巧はすぐに答える。


「そう、名前の通り、防衛、国民の命を守ることだ」後醍醐は口を斜めにして頷いた。「誰かを攻撃したり殺したりすることが、俺たちの目的じゃあない。国民を守るためには、資源を守る必要がある」


「そう思います」巧は頷く。


 再び、大隈が後醍醐の話を継いだ。

「つまり、NFIも、NARD同様に、我が国の最重要国家防衛戦略として機能するべく立ち上げた。本来であれば、防衛庁の管轄である国防軍に対して、環境エネルギィ省の長官である私が、新部隊を立ち上げ、直接にテコ入れする事自体が異例なのだが、色々と、特殊な事案が発生していてな……」大隈は後醍醐を横目で見た。恐らく、大隈はその事案を既に知っている、という事だろう。巧はそう思った。


「そういう事情もあって、NFIは、防衛省ではなく、NARDSF同様に環境エネルギィ省直下の部隊となった。だが、国防軍の一部であることに変わりはない」大隈は巧を見据えた。「また近年、国内では、新興のテロ組織や正体不明のセクト集団などが活発に動き出している。そういった背景から、NFIはNARDと密接な連携を計りながら、国内の重要資源地や重要防衛拠点への防衛を中心に、少数部隊に優位な諜報活動や偵察活動も行ってもらうつもりだ」


 そこまで言い終えた大隈は一呼吸置いて、黙っていたニーナに視線を送った。そして、慎重な面持ちで言った。「そして、ニーナ君が、国防軍初の女性司令官として、NFIに配属されることすでに決まっている」


「ニーナ教官が?」巧は驚き、隣に座っている女性教官をまじまじと見た。


 ニーナは大隈の視線を受け止めた後、巧を見て頷いた。その表情には、その決断をするまでに至った強い意志が感じ取られるようだった。


「驚いた?」ニーナは、いたずらをした子供のようにおどけた顔で巧に言った。


「ニーナくんは、現在我が国に帰化しているとはいえ、キルジア出身だ。この人員配置についても、防衛省はもちろん軍内部からもかなりの反対があったことは事実だ。だが、この人事についても、とある事情故に、反対を押し切って、私の一存で決めさせてもらった。これも、異例中の異例だ」


「そうなんですね」巧は、深く頷くことしか出来なかった。


 自分の航空身体検査の結果と入隊後の配属についての話をすると聞いていたはずが、予告もなく長官の大隈の前に連れ出され、ただでさえ緊張で面食らっている中、途方もなくスケールの大きな話が展開しているため、話の内容を理解しようとするだけで精一杯だったのだ。


 ただし、話を聞いている中でひとつだけ分かったことがあった。それは、大隈長官が、一軍人でしかない自分には知り得ない、なにか特別な事情の中で、公には出来ない目的と動機があって動いている、ということだ。


 大隈は、そんな巧の心中を察知したのか、矢継ぎ早に続けていた話を自ら区切ってこう言った。


「すまない、話が横に逸れて長くなってしまったようだな。もう一度言おう……」


 大隈が話を切り出そうとした時、突如として部屋全体が低い唸りを上げて震え出した。


 戦闘機の出動。そのエンジン音である。


 ジェットエンジン特有の、鼓膜を揺さぶる甲高いノイズが、室内の会話をかき消すほどの大音量で建物の外から聞こえてきた。エンジン調整を終えた機体が離陸準備に入ったのだろう。巧は、エンジン音の様子だけで、機体が今どんな状況にあるかを察知していた。


 大隈は苦笑いをして目を閉じ、音と振動が遠のくのを待った。周りの三人も、気まずそうに苦笑いする。後醍醐が、嬉しそうな顔でなにか呟いたが、猛烈な爆音にかき消され、なにを言っているのかまったく聞こえなかった


 甲高いエンジン音が、徐々に腹の底に響く轟音に変わっていく。

 タービンが急激に回転数を上げる。


 機体が速度を上げて、滑走路を走り始めたのだろう。

 部屋の窓ガラスが、ジェットエンジンの爆音に揺さぶられ、微細に振動する。


 全身がむず痒い。


 加速だ。

 機体が空気を切り裂き進む音。姿が目に浮かぶ。 

 衝撃。

 轟音。

 離陸。


 檻から解き放たれた鳥の様に、空の彼方に霞んでいく機体の姿が目に浮かぶ。 


 爆音が空に吸い込まれるように、少しずつ収束していった。


 部屋には、再び静寂が訪れた。


 大隈はゆっくりと目を開き、巧を見つめて言った。

「君には、NFIのリーダとして活躍してもらいたい」

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