第42話 襲来

治兵衛を率いる男たちは、茂みの中にうずくまるように潜んでいた。

恐ろしい地鳴りが鳴り響く中、治兵衛は鉄砲を構えている。辺りは、濃い霧につつまれ、視界が悪いので状況をつかむには困難であった。

そのときだった。霧の中から巨大な熊の鋭い牙が治兵衛に襲いかかる。

熊の牙は、治兵衛の首筋を深くえぐったのである。

治兵衛は、首を前に垂らしたまま地面にうずくまり、首根から血を流していた。その凄まじい光景を眼にした男たちは震えていたが、ヒイイッ、という喉の裂けるような悲鳴を上げ、逃げた。

熊は逃げる男たちを執拗に追いかけていく。男たちの間から撒き散らした血が木々を赤く染めていった。




その頃、月霧の里では、城が崩落した光景を見た後、激しい地鳴りに耐えていた。

伊助たちは、治兵衛たちの帰りを待っていた。治兵衛達が森へ行った後、もう一度説得し、連れ戻すために遣いを出したのである。

そのとき、里の門手から何かを破る大きな音が起こった。皆、とっさに鉄砲や槍など武器になる物を手にとった。

侍の襲撃だと思ったのである。しだいに迫り来る巨大な足音は人ではないと察知した。伊助たちは、鉄砲を構えてから引き金を絞ると銃声が響き、弾丸は銃音を伴って乱れ飛んだ。

弾丸の間から、ぐわっと飛びかかるように獣達が襲いかかってきた。けたたましい破裂音と共に爆発音が鳴り響き、木材を切り破る音が混ざり合う。

「伊助、闇雲に撃つな! 引き寄せてから撃て!」

叱咤するような平八郎の声に、

「だが、この数ではキリがないぞ」

と、言いながら、また引き金を抜いた。耳を聾する炸裂音がすざましかった。

女、子供が逃げ回る中で、お花もその中にいた。むせるような血の匂いに思わず、口元をふさぐ。

お花は、ハッとして足を止めた。

そこは、おびただしい鮮血が雨のように降りかかる光景が瞳の中に映った。頼邑の血で血を洗うな、という言葉がまさに、このことだという事を思い知らされた瞬間であった

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る