第39話 大殿の最期

東の空は、あつい雲でおおわれていた。

まだ、昼後ではあるが濃い夕闇につつまれているようだった。おまけに霧もたちこもっているせいか、辺りは視界が悪く、何がどうなっているか分からない。

熊の毛皮を身につけた男は、ゆっくりと上半身を起こし、周囲を見渡す。あちこちで、呻き声や人の悲鳴がとびかっている。

一瞬で城が崩落したことだけは鮮明に覚えていたが、その後の記憶が思い出せない。

そのとき、ようやく男は気付いたのである。

顔面に裂傷を受けた人間が、ごろごろと転がっていることを。男は一瞬、ギョッとしたように立ちすくんだが無意識に右手を柄に添えていた。男は恐怖を覚え、胸の動悸が激しくなった。そのとき、ギャッ!と叫び声がした。つづいて、何かを突き破るような音が響き渡る。

男は抜刀し、構え、周囲を見渡した。そのとき、ふいに何者かが前に現れた。霧ではっきり見えないが、手に小刀を持っている人の姿があった。

男は眼を剥き、顔を強張らせたが、女であることに気付いた。

「な、なにやつ!」

と、声を上げて刀をつきだした。

女は、男の身につけた熊の毛皮を見つめながら何も言わず、少し間合いをつめてくる。

「な、何の真似だ」

鷲鼻で、顎のとがった顔が、憤怒と恐怖とで奇妙にゆがんだ。

「冥途の道行きの手伝いだ」

「な、なに。道行きとは何のことだ」

男は腰を引いて、後退り始めた。

一瞬、男は里の人間の押し込みと思ったが、女であることと、覡であることに気付いたらしく、その顔が引きつった。

「お前が、その親子を殺し、盗みまで働かせた愚かな人間だな。直接手を加える」

光は、この男を大殿と分かっていた。

「わ、わしを殺す気だな!」

覡の狙いを察知した大殿は切っ先を光の喉元に突きつけた。

ただ、異常に気が昂ぶっているらしく、両肩が上がり切っ先が小刻みに揺れていた。

イヤァッ!

裂帛の気合を発し、大殿の体が躍った。刹那、腰元から稲妻のような閃光が横に一文字に疾った。

光は、大殿の後ろにすばやく反転し、空気を切り裂く乾いた音と共に小刀を突き上げた。

大殿の胸に小刀を突き刺した。

グッと喉を鳴らして身を反らせたが、大殿は夜叉のような顔をして腕を伸ばし、光の顔につかみかかろうとした。だが、大殿の足元なら芽が生え始め、あっという間に大殿の体は木と一体化するかのようにのみこまれていった。

大殿の顔だけが木からでて、血の気が失せて紙のように白くなり、口を開けたまま絶命したのである。

「済んだようだな」

玉藻が、人間のひきちぎった手を加えたまま声をかけた。

「ああ、あとはお前の好きにしろ」

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