第31話 里と分裂
頼邑たちはお満を連れ、女たちが集まっている場所に連れて来ると一人の女がこちらへ駆け込んでくる。
お静である。お静の後ろを追いかけるように女たちはお満を心配そうに名を呼んでいる。
頼邑は集まった女たちに、
「大事ないが、少し休ませてやってくれ」
と、声を大きくして話した。
三人は、男たちが集まっている場所に戻り、事の詳細を話した。
男たちの表情が一変とし、血の気が引いている。長老は家臣に裏切られ、命長は自害しようとしたことに里の者たちは言葉もなく立ちつくすし、ただ互いの姿を見て不安を抱いた。
中には、全て覡のせいだ、という者までいた。
「そなたたちの怒りや憎しみは分かる。だが、その想いは身を朽ち果てることになる。どうか、血を出す前に身を引け」
そう、緊迫した空気の中で落ち着いた口調で皆を諭した。
男たちの眼には卑屈なひかりが浮かんでいた。沈黙が、ふたたび彼らの間に広がる。
「けど、おれたちに残された道はどこにもねぇ」
男の一人が不安に堪えきれぬように頼邑の顔をうかがった。
「だからこそ、生き延びる道を選べ」
頼邑が不安を押し払うように答えた。
いま、ここで彼らが引かなければ、この里もあの女がいた村のようにぬる。あの村だけではない。
いくつもの村や里が朽ち果てていくのを頼邑は見てきた。せめて、この里だけは食い止めたいと思ったのである。
「頼邑さまの言う通りかもしれねぇ」
伊助は、自ら言い聞かすように言った。
男たちは、無言でうなずいた。彼らの顔から不安の表情が消え、少し気持ちがまとまりつつあった。
そのとき、誰かの怒鳴る声が聞こえた。
「そやつの言葉に耳を傾けるでない!」
治兵衛が、怒髪天を衝くが如くの形相で向かってくる。
治兵衛は鋭い瞳で頼邑を睨みつけ、
「余所者の貴様が口出しすることではない。いずれにせよ、我らは元より命を捨てる覚悟でここにいる」
と、恫喝するように叫んだ。
「皆、よく聞け。これより我らは大殿、覡を討つ!」
治兵衛がそう叫ぶと、男たちは心をひとつにしたかのようにいっせいに、叫び声や掛け声が起こった。まるで、鍋をひっくり返したような光景になっていく。
頼邑は、唖然とすると共に腹から怒りが込み上げてきた。
「そなたの眼は盲点か!」
頼邑が憤慨して上げた怒鳴り声に一同は動きを止めた。
烈火の如く怒る頼邑に治兵衛は、
「貴様の話など聞きとうないわ! 所詮、余所者ではないか。我らの苦しみなど見えぬもの」
と、太刀を抜き、切っ先を頼邑に突き付けた。
「そなたは憎しみのあまり、見えるものが見えていない…。今なら間に合う。どうか、その刀を納めてくれ」
その言葉に場が凍りついていく。
治兵衛は怒気で顔を豹変させた。治兵衛は目尻をつり上げ、歯を剥き出し、足を踏ん張って、
「もう遅いのだ。かつては大殿と約定を交わした仲だったが、今や呑み込まれるオチだ。我らにはこの道しか他あるまい。邪魔立てするなら、貴様の首も討つ」
と、太刀を切っ先を頼邑の咽喉元につけた。
「考え直していただけるというなら、この首、喜んで差し出す」
頼邑は、治兵衛の眼をそらさず、続けて言った。
「これ以上、無用な血を流さないためにも。お考え直しを願いたい!」
怯えも迷いもない気迫に迫る頼邑に余計、治兵衛の怒りに触れてしまった。
治兵衛は、叫び声を上げ、太刀をさっと横に払い、鞘に納めた。男たちは、思わず眼をつむった。
その場が、しんと静まり返り、男たちは眼を開けると頼邑の首すじうっすらと切れ、血がしたたれているだけであった。
「皆、行くぞ」
と、治兵衛は言い残して、その場を立ち去った。
男たちもそれに続き、ぞろぞろと後にし、取り残された頼邑たちは苦渋に満ちた顔をした。
「頼邑さま、大丈夫ですせぇ?」
伊助は、自分の手縫いで頼邑の首の血を拭いた。
頼邑は暗い眼をして小さな声で言った。
「何としてでも止めたかったのだが…。ふたりはどうするつもりだ?」
その問いにふたりは声をつまらせ、逡巡した。
「迷っているなら、皆の元へ行け」
その声にハッとしたような表情をした。何を言おうとしているのか口元が動いているがら何を言っているか分からない。
そんなふたりに頼邑は、
「あの者たちが戦いをやめぬなら私も戦う。血を血で洗う戦いをやめる戦いをする」
そう言うと、不死の森に眼を向け、行かねば…とつぶやいた。
ふたりには、その言葉に聞き返す暇もなく、頼邑は去っていった。
ふたりは、その姿を見送るようにただじっと立ちすくむしかった。伊助、平八郎と頼邑の間に越えられない一本の線で区切られた瞬間だった。
頼邑は、アオにまたがるとゆっくりと進んだ。 里の出口にさしかかると、
「頼邑さま!」
と声が聞こえた。
お花が駆け寄ってきた。そばまで来ると、ほんの少し視線を落とし、
「止めはいたしません。ですが、分かってほしいのは皆、頼邑さまを大切に思っております」
と、言った。
「私も同じだ。だからこそ、ここを守りたかった」
頼邑の眼には刺すようなひかりが宿っていた。見る者を竦ませるような凄みである。
頼邑の決意は揺らぐことはないと感じたお花は、
「どうか、愚かな私たちをお許しにならないで下さい。どうか…」
と、涙ぐむような眼で頼邑を見つめた。
「お花さん、里を想う気持ちを大切にしてほしい」
アオが足を踏み鳴らしたら瞬間、頼邑は凛としたおもむきとなると走り去っていった。
お花はその姿をしかと、焼き付けるかのように見つめていた。
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