第29話 過ち
秋夜がしだいに濃くなっていた。森が闇につつまれ、木々の隙間から月光が弱々しくまたたいている。
そこは、人の気配を感じることはない。そんな中で月明かりをたよりに闇の中を歩いている男がいた。
覆面で顔を隠した若い男が木箱を抱えながら先を急ぐように歩いている。男は、しきりに辺りをきょろきょろ見ながら慎重に足を運んでいる。
「やってしまった。もう戻れねぇ」
そう何度も息を吐くようなこもれびで言っている。
……誰か来る!
男は、背後から来る足音を聞いた。振り返るが辺りは暗く、顔は見えない。男は、眼を細めると暗闇の中に月光がその者を浮かび上がらせた。
その姿は月光と同じ髪と眼をした少女である。殺気があった。
……間違いねぇ。覡だ!
男は、里で聞いた覡の風貌と同じだと確信した。相手は、五間ほどの距離を置いて足をとめた。
そのとき、男はさらに複数の足音を聞いた。眼をやると右手の木々の陰から巨大な狐と熊が、それぞれ走り寄ってくる。
男は、ヒィッと引きつったような悲鳴を洩らした。男は咽喉をつまらせたような悲鳴をあげ、必死に逃げようとしたが、恐怖で竦んでしまったらしく、腰が抜けた。それでも、悲鳴を上げながら地を這って光から逃れようとした。
その男に光は上からおおいかぶさるように身を寄せ、左手で男の襟元をつかんで、引き寄せた。
「た、頼む。見逃してくれ」
男の顔が恐怖でゆがみ、激しく震えだした。
「そんなに命が惜しいのか」
光はつぶやくような声で言った。
男は、蒼ざめた顔で激しくうなずいた。いっとき、光が黙考していると、男の頬の汗を手の甲で拭いながら、
「見逃してくれるのか」
そう言って、歩き出そうとした。
「待て!」
光がとめると、男が振り返った。
「その木箱の中身から血の匂いがする。命が惜しいお前が、命を奪ったのか」
光がそう言った途端、男は、ヒィッと引きつったような悲鳴を洩らし、駆け出そうとした。
刹那、男の足元にある竹竿のように細い物が首を貫通した。次の瞬間、夜陰に黒い帯のように血がはしった。男は、首から血を噴きながら、数歩走り、そのまま深い闇の中に突っ込むように俯せに倒れ込んだ。
夜陰の中で、血の流出音がした。その音もすぐにやみ、辺りは深い静寂につつまれた。闇の中に横たわっている男の輪郭が、かすかに認別できるだけである。
光たちは、男の死体を川まで運び、川面に投じた。
いっときすれば、男の死体は里の川へ流されるであろう。
「朝になれば、里の人間の晒者になるだろう」
光は川面を見つめて言った。
光は、男が持っていた木箱をそっと開けた。
中身を見つめ、
「憐れだな。だが、お前が悪い。全ての過ちを見届けろ」
と、静かな口調で言った。
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