第15話 生の問い
頼邑は介抱している男と共に森を抜けようとしていたが、足が覚束ない。もうすでに煙を大量に吸って、喉に違和感を覚えていた。
……無事にふたりは抜け出せたろうか。
さっきの正体は、殺生石というものだった。人が煙を吸えば、たちまち喉が焼けてしまうほどの毒煙である。
森を枯らすために里の人を利用したことに頼邑の胸に激しい憎悪の炎が燃え上がった。
そのとき、介抱していた男の首がガクッと後ろに反り返り、体がぐったりとなっている。
そして、頼邑の肩から男の手が、だらりと落ちた。
頼邑は、すぐに男を横たえたが、もうすでに遅かった。
頼邑の脳裏に目の前で死んだあのときの女を思い出した。また、目の前で救えなかった命と対峙してしまったことに身を震わせた。
ー 人は みな 死ぬー
……名も知らぬ者も、大切な者も。
ー みな等しく死ぬー
ー例外はない ー
ー 誰もが それを 知りながらー
ー 眼を逸らして日々を生きているー
頼邑の胸に答えることができない問いが生まれる。
せめて、この男の亡骸を里に連れて帰してやりたいと思い、男を背負うとしたとき、ふいに足の力が抜けたように、その場に倒れてしまった。
なぜ、倒れたのか分からなかったが、頼邑の顔は土気色をして顔に脂汗が浮いていた。喉も焼けるように熱い。しだいに意識も朦朧としてきた。 怒りでここまで症状が悪化していることに全く気付かなかった。身を起こし、何とか歩き始めたが、その足取りは重く、どこを歩いているのか分からない。薄暗らい森の中、木々の黒い輪郭を浮かび上がらせていた。意識が薄れる中、何とか、まだ識別できる。
そのとき、頼邑が歩いてきた周辺からふいごが荒々しく作動しているような音が聞こえてくる。 それは巨大な生物の呼吸音にちがいなかった。荒い息が頼邑の口からもれ、額から頬へと流れる汗がひかっている。傾斜の三十メートルほど上方に太い幹の傍に枯草の集落のようなものが見え、それがかすかに動いていた。
頼邑は、うつろな目でそれを疑と見ていたが、脇刀を添えると茶褐色のものが動きをとめると、急に盛り上がった。うるみをおびた小さな眼が、焦点の定まらぬように光って見えた。
頼邑は、その巨大さに眼をみはった。それは馬体よりもはるかに大きく逞しい体をした熊。
その茶色いものは一瞬硬直したように動かなくなったが、その毛が膨れ上がると、突然、地面を蹴散らしながら不気味な地響きと共に駆け下がってきた。
頼邑は瞬時に刀を投げ、熊に傷を負わせたが、熊はもろともせず、頼邑の左大腿部を鋭い爪がえぐりとった。
痛みのあまり足の感覚を失った後、山林の傾斜を反転しながら頼邑は落ちていく。頼邑に転がっていくときの痛みは虚しくも感じることはなかった。
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